奇跡ってあると思いますか?
奇跡ってなんですか?
俺は俺で奇跡を体験することになります
そして俺の人生はサッカー命から神様一番の人生へと変わっていくのです・・・・

家族がもうぼろぼろになって
なんとか毎日を乗り切る日々になった
そんな時
弟が夢を見た
赤ちゃんが我が家に生まれる夢
それも二度、三度
しかも男の子みたいだったと言っていた
ぼろぼろになっていく時
一応大学進学は考えていた
サッカー部キャプテン
成績も学年2番までなった
この時1番の奴があとで俺だけに正直に告白したのだけれども
カンニングをして成績1番になったそうだ
だから実質学年で1番を納めたことである
でもそのカンニングは誰もにも言わなかったので
彼は1番のままだった
まぁ
とにかく
文武両道でやってきたので
大学は推薦を受けたって入れるくらいにはやっていた
あとはお金が勝負
家は貧しいからどこでも入ればいいってもんでもなかった
だから無理なく入れる範囲で進学を考えていた
高校受験は3ヵ月の勉強でほぼ大丈夫だったので
大学なら1年前からやれば間に合うと思っていた
そんな矢先
明日から受験の為の勉強をしようと思う頃
父が俺を一人部屋に呼んだ
俺はてっきり
あ!
エロ本かなにかばれたかなと思った
以前に彼女とのことで注意されていたので
ドキドキで部屋に入った
すると
父が何を言うかと思えば
「赤ちゃんができたみたいだ」
んんんんんん??????
赤ちゃん?
この日は弟が夢を見て俺にその話を聞かせた
次の日だったか次の次の日くらいだった
え?
テレビ的に言う「やらせ」かと思った
あまりにもタイミングが出来過ぎやしないか?
大学に行かす金がないから
もう親も子供ができたといえば
家計を助ける為に働いてくれるとでも思ったのか?
しかし
親父の話は本当だった
祈りは神に届いているか
それが俺の1番大事なことだった
前の日記で書いたように
人生を決める祈りを前にしていた
赤ん坊が生まれると家計は大変
だから
生むか生まないかどうしようかと言うことになった
でも
この話は
俺にとって
一つの明るい兆候だった
子供ができたということは
夫婦関係が取り戻される為になにかしらの努力があった証拠だ
それから
俺たち一家は
悩める日々を過ごした
そして
いよいよ
1995年9月5日
弟が誕生した
名前は「光」と名付けられた
それはうちら家族にとって光の存在となり
うちらみたいな大変な状況の人達にとって
光となる存在になってほしかったからだ
聖書ではそれを「世の光」と言ったりする
俺の祈りの実が結ばれ始めたのが
弟が生まれてからだった
それまで
心が素直になりきれなかった
両親も
うちら兄弟も
赤ん坊という純粋な存在をとおして
心がくだかれていった
素直な気持ちにすぐに立て直せるようになった
家族が一つになりつつある時
和歌山県のある宣教師から手紙が来た
和歌山に来て教会を手伝ってくれないか
家族は赤ん坊を通して一つになっていた
俺もいよいよ進路を決めなければならない時もきていた
先生も再三大学進学の道を色々提示してくれた
しかし
どうも
その当時の教育のあり方に納得が行っていなかった
みんなが大学に行くから俺もいくような
そんな動機の奴らが多くて
俺はそれが嫌だったし
そんな余裕をぶちかませる裕福な家庭でもなかった
とにかく
もう一度本当に自分がしたいことって何か考えなおしたかった
だから担任にも他の先生方にも
もう一度色々考えなす為にも
家族を支える為に一度働いて
今後の進路をゆっくり模索してみますと答え
卒業生の中で唯一、進路が「未定」のまま
高校を卒業し
いよいよ和歌山県に一家で引っ越すことになる・・・・・
祈りは神に聞かれたと俺は確信した
その神の為に家族を支えることをしばらくしよう
神と俺の絆を結ぶ
和歌山
それは俺の人生を大きく変える大事な場所となった