4月12日だから熊本を選んだのだ
旧暦では2月28日
天草出身の益田四郎 通称 天草四郎は
天草の地で生まれそして天草を拠点に37000人を率いて命を捧げたのだ
その370年目のこの日に天草のライブハウスでゴスペルライブができるなんて
なんて嬉しいことだろうか・・・・その朝からもう・・・・

(天草四郎乗船の地)
天草と島原に来ることで
参加者はみな勇気づけられたり
考えさせられることになるだろうとは思っていた
19人の参加者がそれぞれどんな思いで帰るのだろうかと思っていたが
実際
自分自身が行きと帰りで変化するかが楽しみだった
このツアー前まで
本当に俺はきつかった
人生で1番きつい時期をいま経ている
特にこの2年間は本当に苦しみを幾度となく経験して来た
もう駄目かと思うそのギリギリのところで
神は奇跡を起こしてくれた
だから
もう自分ではどうしようもなくても
必ず神は道なき場所に道を作ってくれると信じて来た
そうは言うものの
大きな苦しみの波が押し寄せて来ていて
どうその波を乗りこなすか考えている中で
殉教記念日の朝に
俺は今経験している現実をまるでひっくり返すかのような
逆転的思考を持てるきっかけをもらった
改めてこの俺たちが泊まっている教会
名は天草中央キリスト教会という
いまの牧師は二代目
この教会は奇跡によって始まっている
鹿児島から虹を追いかけて来たある牧師が
その虹の最終的でたどり着いたのが今教会が建っているこの場所だったのだ
虹の牧師は追いかけてきた虹の端っこの降り立ったその地主に
教会を建てたいから、早速交渉した
もちろんなんのこっちゃわからない地主は断る
ところが
その夜から地主は眠れなくなったのだ
そして
土地を売ってもらうことになった
土地と建物含めて一億円の教会を建てた
ところが
お金が足りない
あと3000万円残り4日以内に支払わなければ
せっかく建てた教会は建築会社の寮として使われるという
そこに2代目の南牧師がやって来るのだ
2代目も神の思し召し(おぼしめし)を感じて天草に来た
事情を把握して
なんとか色んな人にお金を借りて埋めようとした
全て断られ
そんなやって金を借りて教会なんてやっても駄目だと人々に言われた
そこで
駄目元で最終的にお母さんにお願いをした
するとすんなりお母さんがお金を出してくれて
1000万円を建築会社に支払った
そして教会は彼らのものになった
二代目の南牧師は
神がここに自分を導いたのだと信じていたので
初代牧師が残した3000万の負債を抱え
そしてこの一連の騒動で教会のメンバーは誰もいなくなったのに
この場所で教会を再開することを決意し
負債を返しながら
今年で13年になるのだ
しかも前任の牧師と仲良く未だにやっているのだ
僕も実は人の負債を抱えさせられていた
どう対応したらいいか考えていた
そんな中で
きっと俺もこのツアーで励ましを受けると信じては来たが
まさかまさかで
ライブ前の朝の時間で励まされてしまうとは・・・・
そう、僕らは目の前の状況に動かされるのではなく
神を信頼して生きるそれがキリストを信じる者の生き様
実に心がすっきりした
大きく勇気づけられた
前進するのだと後押しを頂いた
そのあとみんなで
殉教した37000人のうち3333人の首が持ち帰られた
その頭蓋骨を埋めた千人塚と処刑場跡をみんなでまわった
供養費として建てられて碑は供養どころか見せしめのためだった
江戸幕府がやったキリシタン撲滅運動の影響は未だに日本に影響を及ぼしているのだ
処刑場跡も草ぼうぼうでしばらくほっておかれたそうだ
14、5年前にようやく手をかけられ始めた
しかしその処刑場跡の碑は初めて来た人には誰にも気づかれないような
そんな場所にひっそり建っていた
歴史とは自分たちの都合の良いものだけ残し
不都合なものは隠される傾向にある
時には権力者によって書き替えられることもある
戦争に関しては勝った立場からしか
歴史など書かれない
だから
僕らは歴史をどう見るかが問題だ
どの立場で見るか
僕らは神を信じる者として
神の前に人類は平等
良いことは良い
悪いことは悪いのだ
それは将軍だろうが天皇だろうが総理でも知事でも悪いことは悪い
良いことも誰においても良いことは良い
実に胸が熱くなり
さっそくラブレボリューション天草のイベント会場に向った
そして・・・・ラブレボが始まる・・・
続く・・・