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心のごはん ⑰  愛シリーズ 「敵を愛する」

バイブルの言葉の中で

最も有名な一つがこれです

キリストが言った「あなたの敵を愛しなさい」

わお!

敵って・・

それは頭で分かっても

感情で嫌に決まっているでしょう

ではどうやって

不可能が可能になるのでしょうか?

バイブルの主人公であるイエスキリストは

敵を愛し

しかも迫害する人の為に祈りなさいと言いました

これは

かなりの究極の愛です

実はかつて

イラクで首を切られて殺された

福岡県出身の香田証生さんの実家に行かせてもらったことがあります

事件を知り

お母さんのコメントを聞いて

もしかしてこの人はクリスチャンではと思い

アポイントもなしに飛び込みで福岡に会いに行きました

ちょうどそのころ僕もイラクに行こうと考えていましたから

どうしても会いたいと思ったのです

しかも

以前ケニアに行った時に神の変わらない人類への差別の無い愛を伝えたくて

タンザニアに行った時旅を共にした韓国人牧師もイラクで捕まったのでした

それを日本でテレビのブラウン管で見ただけに

イラクに行くことは「自分もいつか」と思っていましたし

今でも思っています

さて

香田さんのご家族と会った時

お父さんが言われた言葉が今でも忘れられません

「赦さなければならないのは分かっているけど

 感情ではテロリストを赦せません」

そりゃそうです

殺人という行為自体赦せるものではありません

ましてや

我が子をライブで映像を流され

首を切られて殺されるのですから

平気な人がいるならば

恐らく心をもう一度見つめ直したほうがいいでしょう

敵を愛せよという時

こんなに大変な人を愛しなさいというだけではなく

普段の日常生活の中で嫌いな

または苦手な人達も含めてそうです

殺すような殺人犯から

となりにいる生理的に苦手な人まで

まぁ人それぞれ

敵のような存在はいるかもしれません

どうやったら克服できるのでしょうか?

一人克服した方の実話を紹介します

僕が勉強した聖書学校の何人かいた理事の中のある方の話です

在学当時に理事は娘さんを事故で亡くしました

10tダンプに轢かれ

命を失いました

感情的には赦せるはずもありません

しかし

その夫妻は赦すことに決意しました

そして謝罪に来た運転手に

もう娘は戻ってこない

そのことで、もうどうこうしても意味がない

けれども

あなたにも家族がいる

だから

その家族の為に

もう一度心を入れ替えて

しっかり生きてくださいと

赦しの気持ちを伝えたのです

できますか?

あなたの最も大切な人が殺されて

それでも

赦すということを

事故や避けようのない状態なら

なんとか心を治めることができるかもしれません

意図的に殺された場合にはどうなるでしょうか?

以前に日本のアラブ季刊誌の雑誌の副編集長と話をしたことがありました

テロについて語り合いました

僕はその人にテロは絶対駄目だと伝えました

でも

テロリストにさせられてしまう人達の生活状況をよくまず知る必要があるかもしれませんね

と話し合いました

もしかしたら極度の貧しさや

教育を受けていないかもしれない

罪は憎まなければならないけれども

人間はやりなおすチャンスが必要だと思っています

自分にとって赦しがたい人はいるでしょうか?

バイブルは殺人も

人を憎むこともようは同じだと言います

小さな憎しみの種がいずれ

殺人という悲しみの結果を生み出すからです

だから

バイブルはその種が自分の中にあることを気付いたら

それを取り除く為にとりかかりなさいとあります

敵を愛せるか愛せないかの問題の分かれ目は

自分も

大小違えど非を持つものであることを認めることだと思います

自分は間違いなく

正しくて

いや正しくはないけれども

あいつよりはまだマシだわ

なんて思ってしまいがちです

自分はひどい人じゃないと誰でもそう思いたいです

でも

事件や問題を起こす人も

誰でも最初から極悪人など一人もいないのです

何かのきっかけがあり

積もり積もって人からみたら大きな事件を起こしてしまうことがあります

現代の悲しい事件はまさかこの人がと思えるような人でさえ

殺人などをするのですから

誰だって最悪の結果に陥るのだという可能性があることを気付かされます

よく考たいです

何度も自分の胸に手をおいて

自分にとって敵だと思う人がいるとして

自分は誰かの敵になったことが一度もないのでしょうか?

気付いてなくても

気付いていても

誰かにとって嫌な人の一人になっていたことがある

また

なっているかもしれません

とすれば

人のことばかりを言ってはいられません

人はその人の言葉と行動が一致していない限り

耳を傾けないでしょう

僕らは人に言う前に

自分自身が実際にそうできているかを振り返り

それをまず実践しなければ

誰かを指差したり

評価したり

または判断したりなど

するべきではありません

そう言う人はお前もそうだろと言われるのがおちです

だから

敵を愛するために

まずは自分を見つめ直すことが本当に大事です

難しい困難を乗り越えた人は

自分の中にある似たような部分をしっかりと認めているのです

バイブルは

自分を愛するように人を愛しなさいとあります

だから

自分の非を認め

それでその非を持つ自分を受容するなら

非を持つ誰かをも

受容することができるのではないかと思います

自己受容をできればできるほど

また更に難しい人を愛することができるかもしれません

バイブルでは

キリストは裏切られましたが

裏切った人を赦し、愛しました

なぜなら

神にとって人類は子供のように大切だからです

その人間にひどい仕打ちを受けたイエスキリストは

それでも愛を示しました

そして

あなたの敵を愛して欲しいと語ったのです

※※

愛についていまみんなで考えていますが

これをただの自分たちの幸せだけに終わらせたくない

愛が広がり

自殺する人が一人でも

殺人が一件でも経る為に

実に愛が具体的に形になってほしいです

どうかこのブログを読んでくださったみなさまには

ともに祈って欲しいです

祈りを重ねて行きたいです

自殺がゼロになり

殺人がゼロになるその日を信じて僕は祈りを積んで行きたいです

せめて愛の小さな一歩が実践されて

自殺が一件でもへり

殺人が一件でもへるならば

本当に嬉しいことです

あなたの1分をブログのあとに祈りとして一緒に捧げて欲しいです

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