憐れみが深い人は幸せって
そんな絵に描いたような憐れみ深さって
持てるようで持てない
憐れみ
憐れむ心ってどうやって培われるのだろうか?
憐れむって
かわいそうに思う心とか
慈悲とか
同情とか
簡単にいうとそんな意味ですが
この辺で思い出すのが
昔流行った、「家なき子」
安達祐実さんの代表的な出演作
その名文句です
「同情するなら金をくれ」
本当にこの言葉分かる気がします
口だけで感情も行動も伴っていない人に分かった振りされると
嫌な気持ちになったりもします
でも
憐れまれないで誰からも相手にされないのもまた寂しいものです
多感な思春期や反抗期の時代
あんまりかまわれるのは嫌だけど
だからといってほっとかれるのもまた嫌みたいな
人間のジレンマを味わう時代ですが
海外の人に言われた日本人の良さで
「憐れみの心を持っている」なんて言われた事があります
金だけ出して行動しないなんて言われ続けた日本にとっては
ちょっと励みになる言葉でした
今日本は戦争でも
災害でも金だけ出して実際は動かないなどと非難され
そうじゃないぞと逆に力入りすぎていないかなって思う今日この頃ですが
まずは個人レベルで身近な人達に憐れみを深く持つことの大切さを考えたいです
今までに心のこもった憐れみを受けたことありますか?
本当に自分が大変なとき
自分と同じ気持ちになってくれて
多いに励まされたことはありますでしょうか?
同喜同哭(どうきどうこく)という表現をつくった人がいまして
意味は一緒に喜び
一緒に泣くことを言います
バイブルに喜ぶ人と共に喜び
悲しむ人と共に悲しみなさいという言葉があります
そこから作られた四字熟語です
僕らは本当に辛いとき
分かった振りされるのが逆に理解してもらえていないことを
感じてしまうのかもしれません
人と全く同じ経験など誰もできないのですから
辛いとき
僕らはどうされたら憐れみを感じるのでしょうか?
ま、人それぞれ憐れみを感じる行為って色々あるのでしょうが
僕は言葉よりも
何よりもその辛い中で
友達として関わり続けてくれて
一緒にいてくれるという中に大きな憐れみを感じます
自分が深く憐れみをもって接してもらっていることを
感じるとき
人は誰かの為に深い憐れみを持ち始めようと
誰かの気持ちを大切にして関わろうと思うのかもしれません
憐れみ深い人は幸せです
その人は憐れみを受けるからだと言います
人の気持ちを踏みにじらないで
寄り添える人になりたいのものです
※※
愛についていまみんなで考えていますが
これをただの自分たちの幸せだけに終わらせたくない
愛が広がり
自殺する人が一人でも
殺人が一件でも経る為に
実に愛が具体的に形になってほしいです
どうかこのブログを読んでくださったみなさまには
ともに祈って欲しいです
祈りを重ねて行きたいです
自殺がゼロになり
殺人がゼロになるその日を信じて僕は祈りを積んで行きたいです
せめて愛の小さな一歩が実践されて
自殺が一件でもへり
殺人が一件でもへるならば
本当に嬉しいことです
あなたの1分をブログのあとに祈りとして一緒に捧げて欲しいです