映画でも有名な「十戒」
モーセと言えば歴史上の人物で
イスラエルのもう欠かせない人ですが
十戒シリーズいってみたいとおもいます
10戒とは
10のいましめ
大事な10のルールですが
まぁ現代でも不可欠な真理です
まず初めに
えええ?
というお題です
厳密に言うと
隣の人の家をほしがってはいけない
すなわち
隣の人の妻、男奴隷、女奴隷、牛、ロバ
すべてあなたの隣の人のものをほしがってはならない
とあります
これは何千年も前の時代を理解する必要があるので
現代だと
車やバイク、家電製品などでしょうか?
とにかく
人のものをほしがっちゃいけませんということです
子供のころ
言われたことありません?
人のものほしがるなって
僕の親父はおばあちゃんに
人は人
うちはうちと言われ育てられたそうです
現代社会ではあまり大事なことと位置づけられてはいない
誰かのものをほしがるということをバイブルでは禁じていること
もちろん
ほしがるのは駄目なの分かります
そこから盗みやねたみやそねみや
色々なことに変わっていく可能性がある
でも子供の頃なんて特にそうですが
自分が持っていないものは得にうらやましく見えたものです
僕んちはそんな裕福ではなかったから
常に心の奥底では小学生の頃
ほしいものばかりでした
仲間のものを見てはほしくて
親にねだったりとどれだけしたことでしょうか
こんな僕もインドとケニアで
大事な何かに気付かせてもらいました
僕よりも持っていないはずの人達が幸せそうに生活している姿
インドに行って
考えるきっかけをもらった二つの場所
一つはストリートチルドレンと出会った地域
もう一つはインドの山奥の貧しい村
基本的に無い物ねだりの人間は
自分に無いものが素敵に見えます
人間扱いされていない
人口の一部にも数えられていない子供たちと会って
彼らの目の輝きの素晴らしいこと
この子たちは選んでこの環境に
この親元に産まれてはいない
神様がここに彼らの命を産んだのならば
そこに大きな価値があり意味がある
だから存在自体が宝だって思えたのです
そして
自分のものさしでみることのむなしさをしったのです
彼らは本当に無くて不幸せか
そうではありませんでした
多くのものは持っていませんでしたが
生きるエネルギーに満ちあふれ
目が輝いているのです
日本人が忘れかけたものをもっていた
山奥の村もそうでした
海も見ず
飛行機も
インターネットも一度も触ることもなく生涯を終えることであろう人達
しかし
彼らも自分たちでそこを選んで産まれてきたのではないということを考えたとき
では
一体だれが自分たちを
それぞれの場所に命与えたのだと考えました
すると
バイブルに神は
それぞれ国と地域と時代を決めて
人を産んだとあります
僕らは自分基準で物事を見るとき
なんで
こんな家に
なんで
こんな場所に
なんで
こんな時代に
産まれてきたのだと思いたくなることもあるかもしれません
でも
よくよく考えると
性別も
時代も
地域も
親も
自分で決めてはいないのです
とすれば
自分の物差しだけで
隣の人と
自分を比較して
一喜一憂することが
本当にあっているのか考えなければならないと思うのです
僕らが本当に自分のものだといえるものは
自分という存在なのではないでしょうか
隣の人のものをほしがるとき
自分の中に何かまだ満足できていない状況があるかもしれません
また自分を満足できていないのかもしれません
しかし
大事なことは
今を感謝することなのだろうと思います
今の自分を感謝することなのだろうと思うのです
今日という時間
今の環境
今の友達
今の家族
今の能力
今の自分自身
今持っているものを大切にすることにまずは向き合うことが大切なのではと
思ったりします
今与えられているもの
今持っているものを
大切にできないとしたら
人から得ても大切にできないかもしれないし
また
あれさえあれば上手くいくだろうと思っているものでも
また錆びていくかもしれません
誰もが持っている共通の命
それにどんなおまけがそれぞれ与えられているかは分かりません
おまけの部分は一番大事な部分ではなく
あくまであなたを補助するものです
補助しているもので一喜一憂するより
自分自身を楽しむことを続けていきたいですよね
※※
これまで
愛についていまみんなで考えていますが
これをただの自分たちの幸せだけに終わらせたくない
愛が広がり
自殺する人が一人でも
殺人が一件でも経る為に
実に愛が具体的に形になってほしいです
どうかこのブログを読んでくださったみなさまには
ともに祈って欲しいです
祈りを重ねて行きたいです
自殺がゼロになり
殺人がゼロになるその日を信じて僕は祈りを積んで行きたいです
せめて愛の小さな一歩が実践されて
自殺が一件でもへり
殺人が一件でもへるならば
本当に嬉しいことです
あなたの1分をブログのあとに祈りとして一緒に捧げて欲しいです
コメント (1)
本当その通りですね。
ァーメン
"私も あぁっだったら良ぃのになぁ"って
少しのことから始まって
悲しぃ思ぃ、価値基準、行動、結果、
連鎖に繋がっていく気がします。
本当に神様の心一つで 綺麗にして頂ける気がします。
投稿者: めぐみ(阿部ちゃんの義理の妹) | 2008年07月15日 01:09
日時: 2008年07月15日 01:09