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370年目に訪れた「天草殉教祭」でのキリシタンたち

1638年の天草四郎たちの殉教した年から数えてちょうど370年目の今年

4月12日に続き

10月26日に天草でゴスペルライブをすることができました

これは、単なるおもいつきでも

いきおいでもなく

神が後押ししてくれて実現したことであったことを少し説明します

2007年暮れから2008年10月26日までのノンフィクションです

天草市の殉教祭でイベントをプロデュースする話など

俺の頭の中に微塵もなかった

しかし、この話は天草市から

天草市観光協会から依頼されて実現したことだった

3年前から始まったラブレボリューションと言うムーブメント

東京の立川から始まり

2年目から県外に赴くことにした

まずは俺の地元新潟県に始まり

福島、秋田、青森、北海道、福井、富山、和歌山、三重、島根、石川

徳島、香川、宮崎を終え

2007年度集大成かのように

ふって湧いた話があって

まぁ挑戦してみることに決心し

新宿で5日間のイベントをやってみることになった

このイベントを企画しながら

2008年度のツアーの計画も錬り始めていた

一発目はどこがいいのか?

色々と考えた

ただの主催イベントではなく

もっと日本の自治体を巻き込んだラブレボリューションイベントが

できないかと考え始めていた

ちょうどそのころ

熊本県知事がクリスチャンと言うことで

2008年4月15日が任期終了だから

県を巻き込んでのゴスペルイベントができないか何人かと考えていた

そして俺は熊本県の情報を探した

熊本県知事を巻き込んで

自治体を味方につけたゴスペルライブ等できやしないのか?

同時進行で新宿の5日間連続イベントの女房役として

色々とてつだってくれていた仲間がいた

彼も自治体を絡んでの熊本のイベントに大賛成で

それが実現すること一緒に期待していた

しかし

ことは上手く進まず

自治体と絡めること等全く話はなくなり

結局いつものように主催イベントの形で

とにかく熊本に行くことになった

インターネットを調べると

1638年4月12日に天草四郎率いる37000人のキリシタンが

原城で殉教したことがわかった旧暦の2月28日のことだった

気づけば2008年4月12日で370年目だった

しかもそのとき、聖書のエゼキエル書37章の場所が頭にすぐに浮かんだ

370年目の年に

37000人が死んだその場所でゴスペルライブをし

エゼキエル書37章を読み上げたい

俺の頭にはそればかりが支配するようになった

そして、2008年一発目のラブレボリューションツアーは

熊本は天草市と長崎県は島原市の原城にすることにした

2007年の12月のラブレボ宮崎ツアーで手伝ってくれた教会には

熊本県出身の大学生のクリスチャンの女性がいた

宮崎でのイベントを終えて

風呂上がりに少し話をしていると

どうやら天草にライブハウスができたとかいう話になった

2008年は熊本でラブレボするか!なんて

軽く言っていたら

天草にライブハウスができちゃったみたいだった

もちろんお客さんの動員を考えたら

熊本市のライブハウスのほうが良いに決まっていた

でも、この記念日にあわせて

わざわざ天草に行くことにかならず大きな意味があると

そう心から思えた

しかし

一つの大きな壁が立ちはだかった

新宿でのイベントが大赤字で終わったことだった

俺は一人約200万の赤字を背負った

イベントの支払いの約束日3月の末日にはお金が集められなかった

俺の右腕となってくれた仲間も一緒にお金集めにまわってくれた

でも駄目だった

そんな中で赤字を抱えて

熊本、長崎でイベントをするべきかどうか

仲間と祈った

新宿のイベントと

ラブレボリューションツアーは厳密には主催者が違った

だから

赤字が解決できないから

熊本と長崎には行ってはならない理由等なかった

でも赤字にさらに赤字を抱えることはしたくなかった

大きな重荷を肩に背負ったまま

370年前に命を捨てても何かをしたかったキリシタンの先輩たちの

そのハートを受け継ぎたかった

彼らの情熱と命がけの生き方を

ごろがあって気持ち悪いくらいに3と7が目立つこの時に

わざわざ行く必要を俺も仲間も感じていた

命がけで何かをするってどういうことだ?

この熊本、長崎の旅のあとに

200万の赤字への解決の道が開かれるって俺は思っていた

4月12日のツアーへの参加者を呼びかけると

20人になっていた

車五台

みんなお金を出し合った

ある仲間は全て自腹で来てくれた

俺が200万の赤字を背負っていることを知っていたからだ

車で1500キロの道のりを東京から天草の島までかけぬけた

俺たち20人を泊めてくれる教会が見つかった

天草市にある天草バプテスト教会

40人はとまることができる大きな教会だ

さぞかし、優雅な教会なのだろうと思って行けば

彼らも苦しみの中を通過している最中だった

奇跡で始まった教会は

前任の牧師が残した3000万円の建築費用の赤字を後任の牧師が

解決できれば教会の建物は守られるという状況の中で

なんとか奇跡的に教会堂が残ったのだ

残りの建築費の3000万円が払えなくて

建築会社に差し押さえられる1週間前に現任の南牧師が

この教会に送られて来てなんとかお金がつくれないかという気持ちになったという

差し押さえ4日前に親から1000万円を借りることができ

建築会社はその1000万円で建物を教会にわたした

そして負債は残ったままだった

馬鹿でかい教会の建物に教会のメンバーは10人程度しかいない

まわるはずがない

誰も助けてくれないで俺1人が抱えてしまうことになりかねない

イベントの赤字200万円を胸中どう解決したらいいか考えながらいたその時

この教会が自分たちの失敗ではない赤字2000万円を背負いながら

今も尚こつこつと返しながら、光熱費の支払いも不安定ながら

それでも使命感をもって教会をやっていることを知り

俺は、その話を聞くだけでもこの九州への旅は意義があるものだと

イベント前夜の過ごした時間で思えたのだ

胸のつかえがすっかりとれた状態で

めでたくプロデューサ−の俺は

ラブレボリューション天草をスタートさせられた

7組のゴスペルアーティストが

天草の殉教記念日に一つとなり

神と人とに愛の歌をささげきった

最高のライブだった

俺のラブレブツアーで忘れられないライブの一番になった

そのライブのできも構成も最高だった

4月のツアーは天草、島原と順調に終え

俺たち20人の一行はそれぞれの地元へと帰った

それは俺だけが励まされるための

自主企画イベントをなんとか数字をあわせてやっただけのことに見えたかもしれない

でも

それだけで終わることはなかったのだ

それが今回の10月26日の殉教祭だった

もともと自治体を巻き込んでやる予定だった天草、島原ライブ

それが駄目になったので手弁当で決行した

と思いきや

4月のライブは天草のライブハウスのオーナーの心を動かしていた

詰め込んでも70人くらいしか入らない田舎のライブハウスに

全国から実力派のアーティストが集まって

それなりに人を動員させ

おそらく今までにないほどに盛り上げて

それでオーナーの記憶にとどまらないはずがなかった

せめて、俺たちが行って良かったと思ってもらえたら良かったけれども

オーナーはそれ以上だった

実は今回の殉教祭でオーナーは告白したのだがこのライブあとの時点で

10月の殉教祭の話を俺にもちかけようとしたらしい

喉まででかかった話だったが

実現しないかもしれないことを口走ってがっかりさせられないとも思ったそうだ

それからしばらくして

オーナーのもとで働く若いクリスチャンから電話が入った

確か・・・8月くらいだったか?

殉教祭にラブレボチームを呼びたいと言う意見があるのですが

アーティストの予定はいかがですか?

一応、プロデューサーの立場でありリーダーである俺は

不確定なイベントの誘いに軽々しくのることはできなかった

だから、この殉教祭に呼ぶことが本気ならば

アーティストのスケジュールを押さえますと伝えた

しばらく日にちがたって

オーナーから電話がきた

天草市と話し合って

みんなをおもてなしして祭りを盛り上げて欲しいと

最初はホテルと食事を出すので来てくれないかだった

さすがに一つの祭りをもりあげる大役をいただいたからといって

東京から交通費を手弁当でギャラもなしでやれるほど

ゆとりのある状況にはなかった

そこでオーナーに天草市に予算を出してもらえないか交渉してもらうために

4月のツアーで20人の人間の交通費と食事代で30万円かかったと伝えた

だから、ありあまるほど予算をくれとはいわないが

せめて、こちらが工夫すればアーティストにギャラがでるような予算を組んでもらえないか

交渉した

またしばらくして返事がきて

予算が期待通り出ることになった

車で行けば4組のアーティストに犠牲なしで仕事になって行くことができる

ラブレボツアー

全てをかけて俺はやってきた

天草四郎たちのハートをみならい

命がけでやってきたつもりだった

そして神は見捨てない

2年目にして予算がしっかりでて

願っていた「自治体」から声がかかり

しかも370年目の殉教祭のイベントプロデュースだった

嬉しくて嬉しくて興奮した

天草には毎年来たいと4月に思っていた

そんな矢先

わずか半年後に天草市からお呼びがかかった

神様ありがとう!

どんな苦しみの中にあっても

あなたは祈りを聞いてくれている

10月のイベント前には

200万の赤字のめどがついていた

全国の仲間たちが俺1人では負いきれない赤字を

ともに負ってくれることになった

すぐにお金はあつまり

いまではもう難しくない額までになった

そんな中で迎える殉教祭

苦しみの中でも離れずに支えてくれた

仲間たちが共にイベントを作り上げてくれて

歴史を変えるようなイベントになった

そして天草にこれからももっともっと深く関わる決心をくれたイベントとなった

聖書の中に全てはイエスキリストにあって+に変わることとか

神がやることはそのタイミングが絶妙だとか

失ったものを何倍にして返してくれるとか

そんな約束がある

それを俺は

イベントの大きな赤字を抱えて経験できたのだ

自分の限界の向こう側に

神様の大きな愛と恵みと憐れみがもっともっとあることを知った

キリストの十字架と復活のメッセージが今日本に必要だと心から思う

天草の町の復興は日本の復興につながると

おれは疑わずに確信している

この町をとことん関わり

とことん応援する

なぜなら日本が胸はって誇れる

命がけの先輩たちが立ち上がった土地だからだ

日本は命がけの愛をもっている土地の先輩から

いま学ぶ必要がある

俺自信はそれが必要だ

もっと教えて欲しい

命がけでいきることを


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