それは
ユダヤ人モルデカイが
アハシュエロス王の次に位し
ユダヤ人の中でも大いなるものであり
彼の多くの同胞たちに敬愛され
自分の民の幸福を求め
自分の全民族に平和を語ったからである。 エステル記10章3節
たった1人
王にこびなかった男がいた
その名はモルデカイ
ユダヤ人の男だ
ユダヤ人は真の神以外には頭を下げない
だからいつも歴史の中で独裁的な王が現れると殺される
それでも神以外に頭を下げることはしない
凄い民だ・・・
話は戻ってモルデカイが王のもとで昇進したハマンという男に
頭を下げなかったと言うその態度をハマンは気に入らず
モルデカイとその民族全てを殺してしまえと考え実践に移そうとしていた
このモルデカイが育てた養女エステルという美しい女性が
この時すでに、王妃となっていたのだが
彼女が滅ぼされようとしているユダヤ人であることはまだ
明かされていなかった
この全滅の作戦の前に
王妃エステルは立ち上がろうとするのです
すると
モルデカイが王の命を狙っていた人達を告発したことで
王が守られたことの記録の文書が出て来た
このことでモルデカイの信頼は一挙に回復し
王から位を得ることになった
モルデカイとユダヤ民族全員を滅ぼそうとしていた
ハマンの作戦は失敗に終わることになる
そして、彼は自分にその報いを得ることになった
ユダヤ人はすんでのところで全滅から守られた
蒔いた種は刈り取る
バイブルは言いますが
人は欺けても
神を欺ことができないことを
ここで実に学べます
本音と建前を上手く使い分け
半分嘘みたいな本当みたいな生き方をしつづけ
自分のことは棚におきやすい私たち日本人
現代本当に必要なのは
人の評価じゃない
神が全てを見ておられることを
人類が認めることだ
無神論
宗教はなんでもいいじゃん
曖昧な考えが
罪やごまかしを赦すことになる
一回の嘘が嘘を繰り返させ
一度の罪が数度の繰り返しをうむ
神は悔い改めるものを
赦してくれるとバイブルは教える
イエスキリストが十字架にかかった
唯一なる神の
人類への憐れみのチャンスだ
人は
自分のぬぐい去ることのできない罪を
自分の努力
善行
苦行
お金
学歴等では
なんとかすることができない
自分の隠れた罪を
取り返すことのできない問題を
最終判断出来るのは
その最後の審判で裁くことができる
全知全能の神様だけだ
「神は1人も滅びることを望まず」
愚かな人類に対してそれでもそう語ってくれる
最後にこの言葉を載せて終える
「彼らに言いなさい。
わたしは生きている、と主なる神は言われる。
わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。
むしろ、悪人がその道から立ち帰って
生きることを喜ぶ。
立ち帰れ、立ち帰れ、お前達の悪しき道から。
イスラエルの家よ、
どうしてお前達は死んで良いのだろうか。」エゼキエル33章11節
イスラエルとは彼らだけのことじゃない
全ての人間に語られている真理だ