
少し遅い報告ですが
五十嵐家は2010年4月4日で
父、母、私、次男、長女、三男が
全てクリスチャンになりました
7転び8起きの一家ですが
神様の愛と恵みと憐れみで
ここまで導かれてきたのです
ここ最近で
最も嬉しかった報告なのですが
それがいま中学3年生の愛する弟、光(ひかる)の洗礼式でした
時は2010年4月10日
場所は福島県いわき市の平キリスト福音教会の新会堂予定地(この時点で)の
3階のお風呂でした
思い起こせば15年前
それは高校3年の9月5日でした
祈りが初めて届いたと言う感覚を経験できた日です
この日は弟が誕生した日
クリスチャンホームだからみんなの理想でありたかったのに
うちの家族はすっとこどっこい
親父とお袋は喧嘩ばかりするようになっていた
毎日のように離婚の言葉が飛び交い
お袋は親父に嫌気がさして
家から飛び出して車のある駐車場で寝ていたこともある
不安になる親父と一緒に弟達が寝ている所をこっそり家を出て
探しにまわった事もある
今では人を励ませる良い思い出になった
胸をはって今は愛し合う家族になったと言える
あの時は自分も神を見失い
好きな事を何よりも優先に生きていた
サッカー部でキャプテン
勉強もちゃんとやっていたと自負があるほど
それなりにやっていても
家のことがこんなにぼろぼろだとは
誰にも言えなかった
そんなとき
恥ずかしながら神に奥底ですがっている者として
ギャンブルみたいな
また喧嘩みたいな祈りを神にささげた
あなたが本当に生きている神なら
この家族を助けて下さい
そうしてくれなかったら
あなたに恥をかかせる生き方をします
クリスチャンとしてアウトローで生きますからね
なんという祈りだろうか
しかしこんな祈りかたしか出来なかった
でも最後は
神の愛を知っているなどととても言えない
ぶざまなこの姿の我が家をどうか憐れんで下さいと
誰にも言わず
心の中で叫ぶように祈っていた
ある夜
そんな叫びの祈りを捧げたとき
初めて
心の中に平安
安らぎ
安心感がきた
祈りはかなったのかな?
そんなことを感じた
そして
それから
次男が突然赤ん坊の生まれる夢を見たと
私に告白してきた
小泉元首相じゃないけど
「まさか」は起きた
弟が夢をみた次の日だったか
その次の日だったか
親父が私を1人部屋に呼んだ
なんか怒られるんじゃないかと思って
おそるおそる部屋にいくと
親父が
「赤ん坊ができたみたいだ」と話してくる
びっくりだ
昨日の今日の夢が
すぐに実現するような展開
あまりにも絶妙なタイミングなので
家に金がないから
大学に行かせない為の作戦かなと一瞬思ったものだ
そしてこれからしばらくして
1995年9月5日
夢は現実になった
絡んだ糸がほどけ
ボロボロだった家族が
赤ん坊の存在で一つになった
それは家族にとっての光だった
バイブルに私たちに「周りにとっての光となれ」とある
3男は
家族の光であり
また社会で神の光を輝かせて欲しいという思いを込められ
「光(ひかる)」と名付けられた
この時大学に行くつもりだったし
先生達も色々と応援してくれたし
最後の最後まで可能性を示してくれたが
全卒業生の中で私だけ唯一
進路「未定」となった
家族を助ける為に
当時中学三年の弟(次男)が高校を卒業するまで働く事に決めてはいた
何を仕事にするかは何も決まっていなかった
自分の進路より弟の高校の方が大事だと思った
祈りが神に届いて
家族が一つになったことのほうが
よっぽど嬉しかった
祈りに答えてくれた
神様に答える為に
自分の道を神に委ねてみる事にした
つまり神のためにとことん生きてみようと思ったのだ
家族がまとまると
和歌山県の教会の手伝いの話しが舞い込み
そのために
一家で新潟から和歌山県に引っ越しをした
職種にわがままは言わない
家族を支えて
大学に行くお金も貯められ
また勉強に差し支えのない仕事が与えられるように祈った
すると最初の面接をした警備会社が私の要望を飲んでくれてすぐに就職した
警備会社に正社員で入った
警備会社で働きながら
次の自分の進路を聖書を読みながら祈っていた
毎日毎日喉が渇いて水をがぶがぶ飲むみたいに
魂が「命の水」を求めるようになっていた
月曜から金曜まで働き
土曜日は工場の警備で朝の8時〜翌朝の8時までの24時間勤務
だから毎月出勤日数がその月のカレンダーと同じだけ働いた
それが4年間続いた
今思えばちゃんとした休みのない4年をよく乗り越えたものだ
きっとサッカーを本気でやっていたから体力はあったのだろう
その時、家に毎月10〜15万円お金をいれて
大学にいくために貯金もしっかりした
そして毎日5時間は勉強もした
毎日、いや毎瞬、瞬間、神に祈った
自分が自分らしく生きる道を教えて下さい
そう生きれるようにどうか助けて下さい
3年半祈りの日が続く中で
1999年の8月14日
和歌山県は南部町の
工場の警備室でちょうどローマ書を読んでいるとき
なんだか
天から爆弾でも落ちたかのような
何かが降ってきた
心にそれがしっかりヒットした
その日以来私の人生は180度変わってしまったのだ
21歳
神に命だけでなく全ての過去の出来事を感謝し
残りの人生を全て神のために捧げる事を決めた
それから聖書の学校に行って卒業し
日本全国イエスキリストの愛を伝えたくて旅をした
海外にも良く出て行った
それから
ラジオ番組のDJを始めるようになり
イベントプロデュース
災害救援活動
CD製作
色々やるようになって
今度はラブレボリューションというイベントで全国まわるようになった
去年はまた出会いが出会いをうみ
インターネット事業も立ち上げさせていただいた
爆弾が落ちるような体験から
去年の夏で10年がたった
一週間断食して
次の10年を祈っていた
8月14日から15日になるその深夜
何かが頭に降ってきた
今度は鳩だ
聖書の中で
キリストが洗礼を受けるとき
神の霊(聖霊)が鳩のように下るシーンがある
そして天の父はこう言った
「これは私の愛する子。私はこれを喜ぶ。」
去年の夏
鳩が頭にとまって
私は愛されているのだと神様からメッセージをもらった
嬉しかった
そして
今年4月4日
あの家族がぼろぼろで
どうしようもなくて神に祈った祈りの実
命を通して神が語ったメッセージ
弟が
私たち家族一同と共に神の愛の中でここまで生かされてきて
その愛を感じ取って
弟もいよいよクリスチャンになった
とってもとってもとっても嬉しかった
私は大学に行くのがとっても夢だった
親には小学校からそんな事を口にしていたらしい
そしてできればしばらくプロサッカー選手になるために
数年は挑戦もしたかった
でも
あのとき
自分の夢よりも
大事なものがあり
私はそれを選ばなければずっと後悔するとおもった
神を愛し
そして
それまで大事にする事が出来なかった
家族を優先することを選んだ
15年経って
弟が無事に成長して
神の愛を受け取る姿を見て
あの時の決断を神は喜んでくれたと確信した
人が優先しなければならないもの
それは
命であり
愛だ
高校の時
親父は
私の大学の行きたい事を良く知っていたから
経済的に大変だった事もあり
子供をおろした方がいいのだろうかとも考えていた
自分の夢と
弟の命
どっちが大事か
そんなことに迷いはなかった
弟が生まれ
家族が助け合う方がよっぽど良い人生だ
いま
あの時の選択を振り返ると
神がそばで寄り添ってくれていたと感じている
私たちに
愛なんてない
でも
愛の源である
キリストとつながって
生きるなら
その神の愛が
私たちの人生を通して流れるのだ
ラブレボリューションと言う働きをいま
神様にさせてもらっている
神の愛こそが
革命を起こすのだと
人生をかけて
体験した私は
これからも人生かけて
世界に伝えて行きたい
神は愛です
愛が枯渇するとき
人は全てにおいて
歯車が狂うのです
そして
それをほっておくと死んでしまいます
命と
愛
今日本に一番欠けているものだ
ラブレボリューション
神の愛の爆弾を
日本中に
世界中に落として行きたい!!
ラブレボリューションのホームページはこちらから!!
