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2012年01月23日

インターネットテレビスタート!

みなさん いつも祈り サポートしてくださっている方に
心から感謝申し上げます。

昨年、私の7年の祈りの答えが与えられました。

グローバルミッションセンターに放送局兼スタジオができました。

すでにラジオのためのコーナー録りもはじめていましたが

2012年1月2日に 私の念願だったネットテレビ番組がスタートしました。

詳細は以下へ

SHIN CHANNEL 第一話「一緒」 from Dear.Japan on Vimeo.

続きを読む "インターネットテレビスタート!" »

2011年04月29日

いわき市からメッセージ 映像byセジュンさん

いわき市の祈りのメッセージ

被災地の復興のために

私たちは全力を尽くします

被災地の町づくり

雇用創出のために

ご支援ください

NPO法人Global Mission Japan
開設準備室
代表 森章
副代表 五十嵐義隆

献金振込口座
<東邦銀行 平(たいら)支店 普通 2414975 Global Mission Japan >
<Swift Code TOHOJPJT>

http://www.peace-product.net/ikarashi

mobile    090-9697-3204
災害救援用 090-2988-3204

お急ぎの方は携帯メールへ
ikapi@softbank.ne.jp

2011年04月26日

いわきでの奉仕や賛美の動画

日本、世界にいる愛するキリストの家族へ

東日本大震災のために熱いお祈り、物資、義援金、奉仕
ありがとうございます。

リバイバルを祈る賛美<民の叫ぶ声と共に>

続きを読む "いわきでの奉仕や賛美の動画" »

2011年04月02日

NPO法人グローバルミッションジャパンの為に祈りと捧げものをお願いします

愛するキリストの家族へ

イカピーです

東日本大震災で神の教会が立ち上がり

祈り、行動し、いま一つのうねりになろうとしていることを感じて

それをゆるされている主の御名をほめたたえます

続きを読む "NPO法人グローバルミッションジャパンの為に祈りと捧げものをお願いします" »

2010年07月16日

感謝な報告 2 音楽伝道 デジタル伝道 ための 捧げもの

2年前

新宿のイベントで赤字を抱え

大変苦しい時期に多くの方々に支えられました。

その時に、1番最初に行動を起こしてくれたのが

OMFのある宣教師でした。

その方にそれ以来応援されるようになり

今回

OMFの全国宣教師大会より献金をいただきました。

また、以前に鹿児島の教会の方々からいただいた献金と併せ

今後ラジオ伝道、デジタル伝道、音楽伝道に用いられる為に

パソコン(マックブックプロ)と
音楽制作、編集ソフトと
コンデンサーマイクを購入することができました。

お祈り
献金を心から感謝致します。

ラジオの全国ネット
インターネット事業メイクアスワン
宣教ミニストリー「ラブレボリューション」
など

音声、映像、文字を
パソコン、携帯、ラジオ、テレビ、雑誌、デジタルブックなどを通して
あらゆる方々に届いて行けたらと
思っています。

全世界に出て行き福音を宣べ伝えること
弟子とすること

キリストの福音をあらゆる仕方で伝えながら

その根底には

1番なくしてはならない

神の愛を基に

隣人を愛していけたらと思っています。

これからも

お祈りとご支援よろしくお願いします。

2010年06月05日

「友のために」という歌 是非聞いて欲しい

「友のために」作詩・作曲 上島信弥 歌 イカピー こちらから!

http://www.voiceblog.jp/djikapi/1140130.html

鬱になり自殺しそうな友達から電話が入った

その電話は福岡からだった

その人はすぐにとんでいけず

電話越しに友達を励まそうと必死だった

自分の言葉も

励ましも届かない

何の役にも立てない

死にたいという仲間に何もできな自分の無力さを嘆きながら

なんでもできる神に祈っていた男がいた

そこで、彼はその気持ちを歌に変え

そしてその苦しむ仲間に届けようとした

いま歌ってもその時の光景が鮮明に蘇る

もう寝ようと思ったけど

なんだかこの歌いたい気分になったので

歌って 録音してみました

もしかしたら死にたくて苦しんでいる人がいるのかもしれない

俺のへたくそな歌でも

歌詞とメロディーがいいから弾きながらでも俺が慰められる

ちょっと聞いて欲しいし

悩んでいる人に聞かせて欲しい

聞かせるのが嫌なら歌ってあげて欲しい

神学校時代

ヨナタンみたいな友達がいた

もう学生がいなくなるような聖書の学校に

たった二人 

俺ともう一人の学生が「鏡」にメロディーをつけてくれた上島信弥だ

俺の四つ年下

受験の時

俺は仕事中に極度の寒気に教われた

熱は40度だった

ぼろぼろの体に点滴をうって向かった聖書学校の試験

テストの勉強なんてできなくて

隣に18歳の高校卒業前の上島くんがいた

病み上がりでしんどそうな俺をみて

自分だけ勉強してる場合じゃないと

テスト勉強をやめて俺のそばにいてくれた

彼と過ごした聖書学校の3年間

本当に充実した時だった

寒い冬にクリスマスケーキを作って

公園で生活するおじさんたちにクリスマスのお祝いをしにいった

人は助け

助けられる

もちつもたれつ

誰かが誰かより偉いなんてことはない

神の前に

人はみんな同じだ

どんなに凄く見えても

それは

言えば言う程滑稽だ

人は全て価値のある存在

愛されるため生まれた

生きてほしい

いま死にたい人

ちょっと待ってほしい

まだ早い

死ぬときは一緒に死のう

俺の仲間も

苦しみの中にいる友に同じことを言った

「友のために」作詩・作曲 上島信弥 歌 イカピー こちらから!

http://www.voiceblog.jp/djikapi/1140130.html

自分が嫌いな人に捧げる曲 メディア初公開 イカピーオリジナル曲「鏡」

イカピーオリジナルソング「鏡」視聴
http://www.voiceblog.jp/djikapi/1139828.html

かつて

超限定ユニット

長沢崇史(たかふみ)&五十嵐義隆(ヨシタカ=イカピー本名)

で作った「よしたかふみ」というユニットで

「Reply」という曲を作りました

たかふみ君が近くにいないので滅多に歌わないのですが

実はまだオリジナルあります

イカピー作詩 上島信弥作曲 で

「鏡」という曲を作りました

つい最近

鬱病が

とうとう日本三大疾病にカウントされました

癌、心臓病と同様に重病に位置づけられてしまいました

なぜなら、自殺に鬱病が大きく起因していることが分かったからです

いやいや

もっと前から分かってただろと言いたいのですが

そこは抑えて(おさえてないだろ)

いつか近々厚生労働大臣に直訴しなきゃだな

できるように祈って下さい

イカピー節いかせてもらいます

鬱は苦しいけど

治ります

重大だと思うと苦しいけれど

これはその人だけの問題じゃない

日本社会の問題だ

一緒に乗り越えましょう!

さて

自分のコンプレックス

失敗

人から受けて来たマイナス評価

相対的な評価

たとえば

親の評価

学校の評価

会社の評価

友達の評価

などなど

そういう影響で

自分なんか価値がないんじゃないかと

間違った情報をいれこまれて苦しんでいる人に聞いて欲しい曲です

これは5年前くらいに書いた詩です

「Reply」を作った同じ時期に

メロディーをつけてもらったのです

自分のことが嫌いで仕方ない人に聞いて欲しい曲です

イカピーソングへ
http://www.voiceblog.jp/djikapi/1139828.html


ラジオトーク
「鬱の治し方」
ラジオトークはここ!
http://www.voiceblog.jp/ikapi/1139847.html

2010年06月02日

心のごはん 66  シリーズ  オバデヤ書

主の日はすべての国々の上に近づいている。

あなたがしたようにあなたにもされる。

あなたの報いは、あなたの頭上に返る。

オバデヤ書15節

今日はちょっと背筋をぴんと伸ばす

そんな話しをしたい

世界でも有名なユダヤ人

ユダヤ人が有名になった理由は

聖書にある

神を信じ

まっすぐ生きようとした人達だが

人間だから曲がることも

外れることもあった

そんな彼らの歴史が旧約聖書にある

さて

オバデヤという人がいた時代に

この人が民に語った言葉は重い

高慢が自分たちを苦しめ

虐殺にあった

私が

今回注目したのは

あなたがしたように

あなたにもされる

あなたの報いは

あなたの頭上に返ると言うところ

僕がブログで

なんどか書いたいいまわし

正直ものは馬鹿を見ない

どんなに騙され

どんなに嘘つかれ

どんなに上手くまわりに立ち回られても

大丈夫

赦してあげてください

人が自分のしたことを

評価してくれなくても

見てくれていなくても

認めてくれなくても

大丈夫

コツコツ続けましょう

人があなたを私を

必要としなくても

自分の言わんとすることが届かなくても

自分にしか与えられていない洞察力が分かられなくても

大丈夫

人々を愛し

人々をリスペクトしましょう

なぜなら

全てを知っている神は

全部見てくれています

全部評価してくれます

一時期流行った

ナンバーワンより

オンリーワン

神の通知表と

人間の通知表は

全然違う

だから安心して

神の通知表だけ気にして行きましょう

もしも

後ろめたい気持ちや

自分の中に間違ったと思えることがあるなら

神に謝りましょう

全部赦してもらえます

またチャンスをもらえます

人の駄目なところを見て直すより

自分のことを見つめ直し続けましょう

なぜなら

本当の大事な評価は

神様しか見えてないものだからです

だから

そんな生き方したいなって思うんです

悔いることは

後悔ではなく

新しいスタートへの

号砲です

今日も1日

神の祝福がありますように!


2010年05月27日

長野から福島への引っ越し

2009年11月から一時的に住まいとさせてもらった

長野県小諸市の柳沢邸

半年の月日を経て

いわきに引っ越す事に決めました

6月1日で住所をいわき市に移します

いわきを拠点に

イエスキリストの愛を伝えます

ラジオも7月からいわきにネットが始まり

9月の収録から

いわきのSeaWaveをキー局にラジオが新展開します

どうぞ働きのためにお祈りください

2010年05月20日

心のごはん 65  シリーズ  アモス書

その日

ダビデの倒れている仮庵をお越し

その破れを繕い

その廃墟を復興し

昔のようにこれを建て直す

アモス9章11節

駄目だと思ったことが

可能になる

駄目になったことが

もう一度できるようになる

嬉しことだ

神は

人を作られた

その話しが

書かれた本がある

2010年間

追随をゆるさず

ぶっちぎり世界のベストセラーを

走り続ける本がある

そんなにも長く

そんなにも多くの人を

虜にする本なら

ほっておけるだろうか

そこに

人間はもともと

神に作られたと書いてある

神は一つの約束を与えた

全部あなたたちにあたえるけど

一つだけやっちゃだめだよ

信頼関係を保つために

一つだけ

たった一つだけ

決まり事があった

神はアダムのために

全ての食べ物を食べて良いと言った

でも

たった一つだけ

一つだけの木からは食べないでと言った

まさか

それだけあるのに

なんでそんなことも守れないのか

誰だってそう思う

そんなことが1番最初に書いてある本がある

ある国に

その本を読んだ老夫婦がいた

この人は馬鹿だねぇと二人でつぶやいた

私たちに限ってそんなことはない

老夫婦は言った

ある場所での豪華な食事会に彼らは招かれた

招待した人は言う

どんな料理も好きなだけ食べて良いですよ

ただし

真ん中にある銀色の蓋のかぶっているものだけは

絶対にあけないでください

まさかそんなことするわけないでしょ

食べ始めたときはそう思った

ところがホストが外出して

しばらくすると

二人は食事に飽きて来た

あれだけ食べ物が豊富にあったのに

たった一つ

開けてはならない蓋が気になりはじめた

そしてとうとう

蓋をあけると

なんとそこには溢れる程のネズミが入っていた

そして二人は驚いて腰を抜かしたのだった

世界で最も読まれている本

それは

聖書

最初に出て来るアダムとエバ

人ごとだと思う人もいる

でも

そんな間違い私に限って

犯すはずがない

みんなそう思いたい

それを

聖書は1番悪いと言う

それを日本語で罪と言う

人はそれぞれ自分が生きる道に

歩みやすい

それが60億人もやれば

そりゃ世界も乱れる

個人が乱れれば

家族も

地域も

国も乱れる

そりゃ当然だ

しかし

聖書は元にもどるやりかたを教えてくれる

ずれた時に

元に

壊れた時に

直してくれる

私たちの親である神様は

人生で最も大事な修復を教えてくれる

それは

関係だ

神と人との関係回復

これができれば人生は全て建て直せる

その回復の仕方は

赦し

赦されること

十字架にかかったイエスキリストが

全人類に教えてくれた言葉

父よ彼らを御赦しください

私たちは赦される

そして

赦しを体験した者は

人を赦せるようになる

それこそが

人生の最も大事な回復すべきポイントなのだ

方法は一つ

愛による

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月9日

全国のキリストの家族へ

十字架のことばは
滅びに至る人々には愚かであっても
救いを受ける私たちには
神の力です

それは
こう書いてあるからです。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし
賢い者の賢さをむなしくする」

知者はどこにいるのですか
学者はどこにいるのですか
この世の議論家はどこにいるのですか

神はこの世の知恵を愚かなものに
されたではありませんか

事実
この世が自分の知恵によって
神を知ることがないのは
神の知恵によるのです

それゆえ
神はみこころによって
宣教のことばの愚かさを通して
信じるものを救おうと定められたのです

・・・・中略・・・あとで読んで下さい。

兄弟たち
あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。
この世の知者は多くはなく
権力者も多くはなく
身分の高い者も多くはありません

しかし神は
知恵ある者をはずかしめる為に
この世の愚かな者を選び
強い者をはずかしめる為に
この世の弱い者を選ばれたのです

また
この世の取るに足りない者や
見下されている者を
神は選ばれました。

すなわち
ある者をない者のようにするため
無に等しい者を選ばれたのです。

これは神の御前でだれも誇らせないためです。
しかし
あなたがたは神によってキリストイエスのうちにあるのです。

キリストは私たちにとって
神の知恵となり
また、義と聖めと購いとになられました。

まさしく
「誇る者は主にあって誇れ」と
書かれているとおりになるためです。

コリント1:18〜31

さて
ローマの教会への手紙につづいて

コリントの教会への手紙です

パウロ先輩

1章で早速教会の中の
分裂、分派を指摘します

誰にバプテスマを授けてもらったかで
どうも溝がある

パウロか
ケパ(ペテロ)か
アポロか
はたまたはキリストか

なんだか現代の教会も同じなので
いつだって
私たちは罪人です

ただただ悔い改めです

天才パウロが
砕かれ
神に示され

結局
頼るべき唯一のもの

「十字架につけられたキリスト」です

パウロは言葉の知恵によって
キリストの十字架を語ることをやめました

先日
ある癒しの集会に参加しましたが

そのゲストは
上手なメッセージを語ることも
多くの言葉を用いることもなく

ただ御言葉を引用し

癒しをひたすら実践しました

私も
ケニアやインド
また日本でも祈った人が癒される体験をしましたし
現場にいましたが

短時間で
ごろごろ癒しが起きたのは国内では
初めて目の当たりにする光景だったかもしれません

神様は
誰をも誇らせないやり方でやってくれます

あの人が?
あんなやり方で?
まさか、あの場所で?

神の働きに召されている人達は
感謝です

弱い者が選ばれたからです
また愚か者が選ばれたからです

十字架にかけられたイエスを
伝える者のところに
神様の栄光が現れます

ある青年が国道20号線で
暴走族にからまれ
恐れながら必死に神様に助けを祈り

口から出て来た言葉が
イエスキリストの十字架で

9人の暴走族がその場で
涙を流し
悔い改め
一挙にイエスキリストを全員信じました

まさにコリント書1章です

弱い者が
十字架のキリストによって
強められる

キリストの十字架にすがるものは
誰でも勇士です

最後にヨエル書3章から

諸国の民の間でこう叫べ

聖戦をふれよ
勇士たちを奮い立たせよ

すべての戦士たちを集めてのぼらせよ

あなたがたの鋤を剣に
あなたがたのかまを槍に打ち直せ

弱い者に「私は勇士だ」と言わせよ。

今、立ち上がることを
躊躇している全てのキリストの家族と

シェアしたいのです

そして
11〜14日の
エジンバラ世界宣教会議で
世界中の勇士たちと手を取り合い
世界宣教を見据え
燃やされ、励まされ、慰められ

5月15日の「ジーザスマーチ」(マーチフォージーザス)

日本に唯一の希望、光、救い
イエスキリストを表に出て伝えましょう!!

たとえ愚かに見えても
私たちが勝負するのは
完全無欠
全戦全勝のイエスキリストの名前です

どうどうとジーザスマーチ
キリストの名前を日本に紹介しましょう

集まれ!
勇士たち!!

エジンバラ世界宣教会議まであと2日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月8日

全国のキリストの家族へ

私の福音と
イエス・キリストの宣教によって

すなわち世々にわたって
長い間隠されていたが
今や現されて

永遠の神の命令に従い
預言者たちの書によって
信仰の従順に導くために
あらゆる国の人々に知らされた
奥義の啓示によって

あなたがたを堅く立たせることができる方
知恵に富む唯一の神に
イエスキリストによって
御栄えがとこしえまでありますように。アーメン

ローマ書16章25〜27節

パウロの手紙
いよいよ閉めです

唯一の神に栄光を帰すパウロ

すばらしい模範です

それにしても
16章色んな名前が出てきます

アンドロニコ
ウルバノ
アペレ
ツルパナ
ツルポサ
フレゴン
パトロバ
フィロロゴ
ネレオ
オルンパ

髪の毛の数把握し
一本一本作られた神様

現在60億以上いる地球上の人達

中国とかインドは
人口が多すぎて
人口調査に2年はかかって
また数え終わる時に
また人口増えているから

正確な人口はいまだ分かっていないはず

そして
インドでは
カースト制度のなごりがある

見ても触っても汚れるから
いないことにされた
ダリートと言われる人達は
人間扱いされなかったし
その名残もあって
2億人は人口に数えられていないという

それにしても
聖書には
特に何かをしたわけではないようにみえる

人達の名前が旧約聖書にも
新約聖書にも出て来る

ツルポサが何したのか
全然分からない

オルンパ

うーん

野の花
空の鳥

神は
雀さえ
タンポポさえ
一つ一つ違って作っている

神は創造したもの全てを
大切にしたいのに

私たち人間は
カインとアベル以来
殺人が絶えない

私たちが治めるべき
自然も
動物も
そして
自分の心も

罪があって
コントロールできなくなっている

自分に思い入れのないものは
なんとも思わない私たち人間

しかし
神はこの世界全ての作者だから
思い入れがあってしょうがない

オルンパも
ツルポサも愛されている

だから
こんな私も
そしていま自分なんかいなくなってしまえば良いとか
死んでしまえば楽になると思っている
だれかのことも

神様は愛して止まない

罪のせいで
ピンチヒッターより
代走より
4番バッターのほうが
素敵に見える世の中になってしまった

神の価値より
相対的なメディアや
評論家の評価が
より素敵に聞こえる時代

そんな影響を受けながら
神のラブレターを読むもんなら

何も分かんなくなるだろう
神がどんなにオルンパを愛しているかを
そして自分のことも

オルンパや
ツルポサがどんなに愛され
どんなに素晴らしい天の報いを受けたのかなんて

そして興味ないだろう
勝ち組、負け組に捕われている人にとって
オルンパなんていてもいなくても良いかも知れない

多分
地球の180度反対に住んでいる人のことなんか
分からない

神のラブレターは
全世界の全ての人のために送られている

オルンパのために
そして
私のために
そしてウルグアイにいるある人のためにも

神の目の中で生きる人生は
産業改革よりも
宗教改革よりも
明治維新よりも

大きな改革が起きる

そんな人生味わいましたか?
味わっていますか?

もしかして
クリスチャンになってもまだ
誰かと比較して
誰かみたいになろうとしていますか?

パウロはパウロ
オルンパはオルンパ
私は私
あなたはあなたです

毎日
神の愛を味わう
神とデート
ラブレターを
読み続ける

十字架を味わい続ける

自分に死に
キリストに生きる

それは
永遠の変わらない愛の再発見の人生

これさえあれば
人生は十分
もう敗北はない

永遠の命を得た私たちは
それを独り占めするのか
それとも隣人に届けにいくのか

私はラブレターに書き残された
キリストの思いを選び続けたい

神を愛し
隣人を愛する

全世界に出て行き
すべての作られた者に
福音を宣べ伝えなさい


エジンバラ世界宣教会議まであと3日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

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フットワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

2010年05月17日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月7日

全国のキリストの家族へ

私たち力のある者は
力のない人たちの弱さを
になうべきです。

自分を喜ばせるべきではありません。

私たちはひとりひとり
隣人をよろこばせ
その得を高め
その人の益となるようにすべきです。

キリストでさえ
ご自身を喜ばせることは
なさらなかったのです。

むしろ
「あなたをそしる人々の
そしりは、わたしの上に
ふりかかった」と書いてある通りです。

昔書かれたものは
すべて私たちを教える為に書かれたのです。

それは、聖書を与える忍耐と励ましによって
希望を持たせる為なのです。

どうか
忍耐と励ましの神が
あなたがたをキリストイエスにふさわしく
互いに同じ思いを持つように
してくださいますように。

それは
あなたがたが心を一つにし
声を合わせて
私たちの主イエスキリストの父なる神を
ほめたたえるためです。

ローマ15章1〜6節

パウロ大先輩

イエス様の次に
天国でゆっくり語り合いたい先輩です

この15章のくだり
めっちゃ大胆です

「私たち力のある者は・・」

自分に少しでも頼っているうちは
言える言葉ではありません

キリストの僕となり
キリストの奴隷となって
キリストにある自由を
手にした時に
言える言葉です

自分の力ではなく
神の力の故に

変えられた証の言葉ですが

パウロと
キリストイエスの関係が伺えます

14章で
神の前の裁きを大胆に語っておきながら
ここで
こう言えるのですから

彼がいかに
普段イエス様と親密な関係で生活し
神のまえに
偽りのない生活をしていたか

想像しやすいです

もしも
自分に力が与えられている場合
自由が与えられていると確信するなら

もう
自分を喜ばす必要はありません

その人は
キリストの後ろ姿を
ただ追いかけるべきです

天の父と
ただひたすら
同じ心になろうとした
イエスキリストのように

神を愛し
隣人を自分を愛するように
愛するだけに努めるのです

そして
パウロ先輩がローマ教会に勧めたように
私たち現代の
「日本キリスト教会」も

互いに同じ思いを持てるように
祈るべきです

そして
世界中の教会が
御霊によって
また御言葉によって

同じ思いを持てるように
祈り続けたいものです

それは
王の王イエスキリストを
ただ礼拝する心です
愛し、慕う心です


カトリックだとか
プロテスタントだとか
オーソドックスだとか

いろんな名前がありますが

あくまで
地上の3次元の生活における
表現方法です

神の次元では
全く関係のない違いです

天国には
カトリック用
プロテスタント用
ギリシャ、ロシア正教用の
入り口があるのでしょうか?

それとも単立教会用?

いえいえ

あるのは
イエスキリストという
入り口

その門だけです

イエスキリストと言う
フィルターにかけられ
その
管を通って
神の国に入る時

私たちの不純物はしっかりと
濾過されます

神の濾過器
イエスキリスト

時は満ちています

時は近づいています

もちろん昨日より今日

今日より明日

明日のことは煩わなくて良いので
ただ全知全能の
不可能という言葉を辞書にもたない
キリストイエスに信頼し

今日も歩みたいものです

エジンバラ世界宣教会議まであと4日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

2010年05月06日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月6日

全国のキリストの家族へ

私たちの中で
だれひとりとして
自分のためにいきている者はなく
また、自分のために死ぬ者もありません。

もし、生きるなら、主のために生き
もし、死ぬなら、主のために死ぬのです。

ですから、生きるにしても
死ぬにしても
私たちは主のものです。

キリストは
死んだ人にとっても
生きている人にとっても
その主となるために死んで
また生きられたのです。

それなのに
なぜ、あなたは自分の兄弟を
さばくのですか
また自分の兄弟をあなどるのですか。

私たちはみな
神のさばきの座に立つようになるのです。

ローマ書14章7〜10節

パウロが
喝をいれた
信仰の違いでの比べあい

食べ物や
カレンダーのこと

あの人は信仰がまだまだとか

そんな会話がこの時代にもあったのでしょうか?

イエス様の姿を
忘れてはいけません

99匹をおいて
1匹を気にして下さるその姿

キリストの家族の
チームプレイ

1番早くて
1番強い人の
ペースじゃ
ついてこれないことがあるかもしれません

でも
イエス様の姿勢で
チームプレイをするならば
私たちは誰かを
おいてけぼりにすることはありません。

お互いの信仰で
さばきあうことがないように

パウロは
当時の教会の中にそういった
現実があることを知り
手紙でアドバイスしたのです

今の教会にはどうでしょうか?

あると思います

あの人はまだ聖霊のことが分かっていない
あの人はたいして聖書を読んでいない
あの人は伝道していない
あの人は祈っていない
あの人は奉仕しない
あの人は・・・・

人の塵を見つけるのは簡単ですが

そのはかりで
その人も見られることになります

そして最も
恐いのは
神のさばきの座に立つことです

天の父も
イエス様も裁かないとあります

私たちの言葉が私たちをさばくとあります

神のチームプレイを乱しているのは
なんでしょうか?

この14章のポイントは大きいのではないでしょうか

世界のキリストの家族が
ドリームチームになるために

大事なことは
1番強い人に合わせるのではなく
1番弱い人に合わせることです

神は何かを達成することよりも
愛し合うこと
一つになること

そこにこそ目を注いで下さっているのでは
ないでしょうか?

神の喜ぶ
言葉遣い
行動

そして
十字架

今日も自分の弱さを認め
キリストが愛したように
私たちも愛し合いたいです

エジンバラ世界宣教会議まであと5日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月5日

全国のキリストの家族へ

聖書はこう言っています。
「彼に信頼する者は
 失望させられることがない」

ユダヤ人とギリシャ人の区別は
ありません。
同じ主が、全ての主であり
主を呼び求める全ての人に対して
恵み深くあられるからです。

「主の御名を呼び求める者は
 誰でも救われる」のです。

しかし、信じたことのない方を
どうして呼び求めることが
できるでしょう。

聞いたことのない方を
どうして信じることができるでしょう。

宣べ伝える人がなくて
どうして聞くことができるでしょう。

次のように
書かれてる通りです。
「良いことの知らせを伝える人々の足は
なんとりっぱでしょう」

しかし
全ての人が福音に従ったのでは
ありません。
「主よ。誰がわたしたちの知らせを
 信じましたか」とイザヤは言っています。

そのように信仰は聞くことから始まり
聞くことは、キリストの(についての)みことば
によるのです。

ローマ10章11〜17節

みなさん!
私たちの履いている
霊的な靴はどんなでしょう?

デザイナー
イエスキリスト

ブランド兼商品名
ゴスペル

生産国
Made in Heaven

販売価格
無料

いやー凄い。

世界最高のデザイナーの靴を履かして
もらっています

しかも Free

普段この世のどんなの靴を履いているか
そんなの全く関係ありません

足下を見る

そんな諺が日本にありますが

私たちキリストの弟子たちは
言いましょう

どうぞ見て下さい

ゴスペルと言う
素敵な靴です

見えませんか?

そしたら
祈りましょう

福音の靴が見えるように
心の中にある自己中心
自分を「正しい」とする評価軸を取って
イエスキリストの評価軸を
入れ替えましょう。

恋は下心
愛は真心

心の重心移動をして
初めて見えるものがある

ドルやユーロはないけれど
あるものをあげよう!
イエスキリストの良き知らせ

ちなみに
ナイキと言うブランドありますが
あれ、ギリシャ語で「勝利」という意味です

小学生時代
ナイキはしょぼいブランドでしたが
この数十年で世界トップになりました

しかし
そのナイキなんてもんじゃない
最高の靴を
クリスチャンたちは
2000年間

履き続け

最も多くの人に
履かれて来たのです

私たちが伝えるのは
イエスキリスト自身であり
また御言葉です

届けましょう
命のごはんキリストを!

心の貧しい者は幸です

これ日本語で上手に言い表せていませんが

元々の意味はこうです

「霊の貧しい人は幸せです」

今何かの理由で
生きることに
飢え渇いている人達は幸せなのです

霊の飢餓状態

神を求める
自分の奥底の部分が
神の愛に満たされることを必要としていること
または自分は気づいていなくても
その状態にいることがまわりに気づかれているなら

今、日本はほぼみんな幸せ者です

霊において
ほとんどの人が貧乏だからです

ということは
欠けているのだから
神は満たしてくれます

そうです!
イエスキリストの永遠の命の
グッドニュースを伝えましょう!

グッドニュースキャスターの
日本全国100万人のみなさま

フットワークです

伝道は福音のセールス
セールスマンなら

足を動かさない限り
ありません

あぐらかいて
楽して
リバイバルなんて
あまりにもお調子が良いです。

神様でさえ働いているし
地上に来て歩いてくれました

命をつかって
自分の存在全てで
神様から受け取った神の愛を
あますことなく伝えしょう!!

エジンバラ世界宣教会議まであと9日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

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フットワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月4日

全国のキリストの家族へ

誰に対しても
なんの借りもあってはいけません。

互いに愛し合うことについては別です。
他の人を愛する者は
律法を完全に守っているのです。

「姦淫するな、殺すな
盗むな、むさぼるな」という戒め
また、ほかにどんな戒めがあっても
それらは
「あなたの隣人をあなた自身のように
愛せよ」という
ことばの中に要約されているからです。

愛は隣人に対して害を与えません。
それゆえ、愛は律法を全うします。

あなたがたは
今がどのような時か知っているのですから
このように行いなさい。

あなたがたが眠りからさめるべき
時刻がもう来ています。

というのは
私たちが信じたころよりも
今は救いが私たちにもっと
近づいているからです。

夜はふけて
昼が近づきました。
ですから、私たちは
やみのわざを打ち捨てて
光の武具を着けようでは
ありませんか。

遊興、酩酊、淫乱、好色
争い、ねたみの生活ではなく
昼間らしい
正しい生き方をしようではありませんか。

主イエス・キリストを着なさい。

肉の欲のために心を用いてはなりません。

ローマ13章8〜14節

この箇所は
今の日本がパウロに語られたら
本当に多くの人が悔い改めに導かれるので
ないでしょうか?

借金大国日本

ギリシャのことを人ごとに思っている
時間はありません

ただひたすら
人の塵をとるまえに
自分の中にある梁を
とりのぞく作業

その行く先に
変化はあるのでしょう

さて

愛は律法を全うします

は?

分かりますか?

だいたい分かりますよね。

これギリシャ語で

愛は律法のパテです

みたいな感じです

私たちの人生は
でこぼこ

守れたり守れなかったり
愛せたり愛せなかったり
成功したり失敗したり

できたりできなかったりの人生です

そんな不完全で
でこぼこの
穴だらけの私たちが
キリストの愛と言う

パテで

そのでこぼこが埋められるのです

それは赦しであり

憐れみであり

慰めであり

励ましです

神の愛は完全です

その完全な愛を求める時

私たちが枝として

しっかり幹に繋がっているのなら

その愛のガソリンスタンドから

燃料は注がれ続けます

無料

ハイオク

神の完全な落ち度のない
変わらない
見限らない
見捨てない
諦めない愛のおかげで

その愛が私たちに注がれ続けているので

もう
暗闇の中でいじけている必要はありません

自分の生い立ちや
境遇や環境や
傷を言い訳に

罪を繰り替えさなくていいのです
人のせいにしなくていいのです
政治家のせい
先生のせい
親のせい
社会のせいにしなくていいのです

全てはイエスキリストが
王として
完全なる統治をいずれおこないます

私たちは
神の王国の服をきて

王の王
主の主が帰って来られる
その準備をすれば良いのです。

私たちの聖服(せいふく)は
キリストの血による

愛(あい)染めでしょうか??

愛染めの
キリストという
正装を今日も身につけて

神の国完成のための
準備にとりかかりたいと思います。

イエス様
愛を語るよりも
実践できるほうが勝りますように
強めて下さい!

エジンバラ世界宣教会議まであと6日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

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すなわち
イエス様を待っています

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イエス様ご自身です

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月3日

全国のキリストの家族へ

私は自分に与えられた恵みによって
あなたがたひとりひとりに言います。

だれでも思うべき限度を超えて
思いあがってはいけません。

いや、むしろ
神がおのおのに分け与えて下さった
信仰の量りに応じて
慎み深い考え方をしなさい。

一つのからだには
多くの器官があって
すべての器官が同じ働きをしないのと
同じように
大勢いる私たちも
キリストにあって
一つのからであり
ひとりひとり互いに器官なのです。

ローマ書12章3〜5節

キリストが頭で

私たち教会は
みんな家族で

みんなチーム

そして
体です

超合金ロボのように

一つ一つが違う働きでありながら

みんなが一つになると

また更に大きなボディにになる

ただいま

エジンバラ世界宣教会議の
事務局の手伝いに

東京にいます

みんなが
3000部もある
袋に色んなチラシをいれています

1人ではできない働きも

10数人が集まって

働きを分けて

分業し

助け合う事によって

一つの素晴らしい働きができます

神の国の拡大の働きはまさにこれです

みんなの存在が必要であり

賜物が必要で

また

それぞれのオリジナリティを活かしながら

一つになれるのです

愛し合う時に

素晴らしい神の国が現れます

神の家族が手を取り始めるなら

そこに神の国が見えます

神を見た者はいないのですが

私たちキリストの弟子達が

愛し合うとき

人々は神を見るのです

ハレルヤ!!

エジンバラ世界宣教会議まであと7日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月2日

全国のキリストの家族へ

兄弟たち
私はあなたがたに
ぜひこの奥義を知っていて
いただきたい。

それは
あなたがたが自分で自分を
賢いと思うことがないようにするためです。

その奥義とは
イスラエル人の一部がかたくなになったのは
異邦人の完成のなる時までであり

こうしてイスラエルはみな救われる
ということです。

こう書かれている通りです。

「救う者がシオンから出て
 ヤコブから不敬虔を取り払う。
 これこそ彼らに与えた私の契約である。
 それは、わたしが彼らの罪を
 取り除く時である。」

彼らは、福音によれば
あなたがたのゆえに
神に敵対している者ですが
選びによれば
父祖たちのゆえに
愛されている者なのです。

神の賜物と召命は変わることがありません。

ローマ書11章25〜29節

その日全世界が
主の御名高く掲げる

そういう賛美があるのですが

一刻も早く
王の王
主の主
全知全能の
創造主なる神
イエスが王として治める

神の国の完成来て欲しいです
待ち遠しいです

祈りの極みが
主の祈りになるわけがわかります

弟子たちがイエス様と一緒に過ごして
祈り方が分からないので
教えて下さいと尋ねて

あの祈りになるわけです

神様はかなりの
脚本家です

そんじょそこらの
ハリウッド大ヒット作品の
ストーリー展開が
あまりにも物足りなくなるわけです

事実は小説よりも奇なり

神にある人生は
なんとも不思議であり

なんとも楽しく
いつも私たちが一本とられましたと
心から素直に思わされることばかりです

悔い改めです

ローマ書11章
神の賜物と召命

キリスト者が気になるフレーズです

その根拠が
イスラエルの民のあり方とつながっています

32節
なぜなら神は全ての人を
憐れもうとして
全ての人を不従順のうちに閉じ込めました。

わお==!

私たちの失敗が益になるとはこのことです

聖書を読み通して行くと
何度も何度も失敗する神の民の
歴史が書かれているのですが

同時に
神様の約束が
変わらないことをその度に気づかされます

もしも神が
いとも簡単に約束を破るのなら

私たちは誰を信頼したらいいのでしょうか?

旧約聖書で約束されている
ユダヤ人、イスラエル人たちへの
神の変わらない「永遠の約束」

また
イエスキリストにあるものが
救われると言う「永遠の約束」

復活

神の国の完成

これがおとぎばなしなら
本当にクリスチャンは
ただの馬鹿です

さっさと死んだ方がましです

私たちは
罪深くても
弱くても
駄目でも
失敗しても

神様を必要とし
神がいないと駄目だと思う
幼子の心を持っているならば

私たちは
決して
絶望する必要ありません

なにごとも
はやまった裁きをしてはならない

かつての異邦人クリスチャンたち
特にイスラエルが崩壊した紀元70年以降

イスラエルは罪のために
滅ぼされ
捨てられたと解釈し

聖書の読み型がかなり
歪みました

イスラエルは新しく教会が取って代わり
まるでユダヤ人はまったくそこに
組み込んでもらえないと一部の
リーダーたちは思ってしまいました

キリスト教史に出て来る
大物リーダーたちでさえ

あまりにも陳腐な
聖書理解の失敗を犯します

神が隠すと
何も見えなくなるのです

無理もありません
約1900年間
イスラエルが国を失い
捨てられたと思えば

聖書の読み方もイスラエルを全部
教会に置き換えて
霊的に読むしかなくなるのです

そして
霊的なことも理解でなくなると
どうなるか?

神のいないリベラル神学
聖書は作り物だと

神に聞くことをやめ

ピーナッツのような
中身のない
脳みそがからんからんと
鳴っているような
私たちの頭で
分かることの中でしか
聖書を読めなくなるのです

恐るべし
私たちの罪

なんとも悲惨な
私たちの神への態度

さて
神の賜物と召しは
変わらないのです

これが
信じられないのならば
イエスキリストが罪をなんでも
赦してくれることも

多分信じられないのではないでしょうか?

風にゆられる葦のように

何かがあると
すぐに疑う

しかしトマス先輩が
いたことを主に感謝します

どんなに疑い深くても
神さまにごめんなさいと

謝る心があるならば
何も恐れることはありません

何度失敗しても
何度不信仰になっても

神様に立ち返れば
神は速やかに赦し
癒してくれます

憐れみ深い主イエスの恵みに
今日もただただ感謝します

主イエスのキリストの名前だけが
この日本で轟け!!!!!!

詩編115編1節
私たちにではなく
主よ、私たちにではなく
あなたのめぐみとまことのために
栄光を
ただあなたの御名にのみ帰してください!!!!!

ダビデよ私も賛成です!!

エジンバラ世界宣教会議まであと8日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
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イカピーより


2010年05月01日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 5月1日

全国のキリストの家族へ

私は
キリストにあって
真実を言い
偽りを言いません。

次のことは良心も
聖霊によってあかししています。

私には大きな悲しみがあり
私の心には
絶えず、痛みがあります。

もしできることなら
私の同胞
肉による同国人のために
この私がキリストから引き離されて
のろわれたものとなることさえ
願いたいのです。

ローマ書9章1〜3節

この箇所読むと思い出すのが
いつも
モーセです

モーセ大先輩

不信仰なイスラエルの民

神に喝をいれられまくりで
40年のさまよい生活へ・・・

そして
とうとう
モーセはこう祈ります

私の名を命の書から消してもらってもいいので
このイスラエルの同胞を救って下さい

リーダーの中のリーダーです

まさにキリストの十字架です

なぜ
今日本人がリーダーを信頼できなくなったか

それは
自分のポジションを確保し
他の人にあたえないことです
また、他の人から削らせ
我慢させるその配慮のなさです

キリストの姿とはまるで逆です

キリストは神であられるのに
神の肩書きをみせびらかすこともなく

それに固執せずに
ただ仕えました

仕えることは
こびることでもなく
へこへこすることでもなく

真理に生き
愛に生き
人々の必要をいつも優先しました

人々の評判を第一優先ではなく
天の父の評価を第一優先しました

だからパリサイ派に迫害もされながらも
それでも彼らの間違った評価を
得ることを一切しませんでした

上に立ちたいものは
仕える者になりなさい

使徒パウロは自分を
1番最後の者だと思っていました

しんがり

さてモーセのごとく
パウロも同胞ユダヤ人のために
のろわれてもいいと思っています。

アーメンです

私も日本人のために同じ思いがあります

聖霊の爆弾を受けたとき

ある姉妹の苦しみのために祈りました

クリスチャンから
しかも神学生から性的虐待を受けたそうで

牧師やクリスチャンにつまずきまくっている
ある姉妹がいました

そして
私はなんとしても
この姉妹のためにとりなしたいと思い

イエス様に祈りました
「主イエスよ
何でも祈りがかなうとあなたはおっしゃいます

なのでこんな祈りはありですか?
私の名が永遠の命の書からなくなってもいいので
私の永遠の命とひきかえに
この姉妹を永遠のいのちに導いて下さい。

自分がイエスキリストに救われた喜びがあまりにもおおきくなり

まだその救いを分からず
苦しんでいるその人のために

しかも
クリスチャンのせいで
つまづいているそうなので

私は神の家族として
自分を呪われた者として
もらっていいとおもったことが
ありました

それからモーセが同胞のために
同じ祈りをしていたので
ありなんだなと思ったことがあったのです。

恐るべし神の愛です

完全な愛は恐れを閉め出します

かつて
強がってばかりで
臆病者だった私が
まさかこんな祈りができるように導かれるとは
21歳の当時思いもよりませんでした

だから
イエスキリストの十字架は凄いです

自分の能力や
経験に関係なく

神は大変化させてくださいます

権勢によらず
能力によらず

我が霊によって

リバイバルジャパンで
コラム「風知一筆」を
かかせてもらっています

そこで
今回
「草食系男子よキリストの侍たれ!」と題して
書かせていただきました


パウロや
モーセは
どこか遠くの夢物語ではないので
いまこそ
立ち上がるべき時だと思っています

キリストを知っている者は
誰でもキリストの侍候補です

150年
その大収穫を目の当たりにしていない日本

わたしたちは
日本の同胞のために

また世界の救われてない
人々のために

パウロのように
モーセのように
キリストのように

自分を無にしても
人々を生かし
自分は衰え
人が栄え

十字架の道を選び続けましょう!!

今日葬るべき
古い自分がいたら

すぐにキリストの十字架葬儀場へ
葬りに行って下さい

そしてくよくよしないで
すぐに、新しい自分の誕生会しましょう!!

エジンバラ世界宣教会議まであと10日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
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2010年04月30日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 4月30日

全国のキリストの家族へ

そればかりではなく
御霊の初穂を頂いている私たち自信も
心の中でうめきながら
子に対していただくこと
すなわち
私たちのからだのあがなわれることを
待ち望んでいます。

私たちは
この望みによって救われているのです。

目に見える望みは
望みではありません。

誰でも目で見ていることを
どうしてさらに望むでしょう。

もしまだ見ていないものを
望んでいるなら
私たちは忍耐をもって熱心に待ちます。

御霊も同じようにして
弱い私たちを助けてくださいます。
私たちは
どのように祈ったら良いか
わからないのですが
御霊ご自身が
言いようもない深い
うめきによって
私たちのためにとりなしてくださいます。

人間の心を探り極める方は
御霊の思いが何かを良く知っておられます。

なぜなら
御霊は神のみこころに従って
聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。

神を愛する人々
すなわち
神のご計画に従って召された人々のためには
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを
私たちは知っています。

ローマ8章23〜28節

キリスト者にあるものにとって
めちゃめちゃ励ましとなるローマ書8章

特に28節
神がすべてのことを働かせて
益としてくださることを
私たちは知っています。

こんなこと
世の中じゃ聞けません

そして
8章最後には
私たちの主イエスキリストにある神の愛から
私たちを引き離すことはできません。

キリストの愛

どう考えてみても
世界最強です

世界で最高のものです

キリストの愛
感じていますか?

キリストと倦怠期じゃないですか?

毎日ラブラブで
あの、つきあいはじめた
いや出会ったあのドキドキ感

信仰生活が長くなった今もありますか?

まさか・・・

私たちと
キリストとの歩み

二人三脚です

厳密に言うと
4人5脚です

父、イエス、御霊、自分

あ!でも悪魔はいつもストーキングしているので
足の数はもっと多いです

キリストと2人4脚になっていませんか?

大丈夫でしょうか?

2人4脚

それは足が繋がっていない状態
つまり
バラバラということ

ちょっと待って下さい
キリストの愛は変わらないので
キリストがばらばらを喜ぶはずは
ありません

こちらのキリストに対する心
姿勢、反応がどうかですかね

まさか
キリストの愛と言う豪華料理に
飽きてしまったなんて言わせません
絶対に言わせません
飽きたという人は
まだ本当のシェフの味を
味わっていないはずです

世界最高峰の
御言葉の調理人イエスの
御言葉の料理は

悪いですけど
めちゃめちゃおいしいです
ラーメン二郎の5倍おいしいです
(たった5倍かよ!)
私の身近な友達
つっこみありがとうございます。

中華料理のベテランでさえも言います
同じ味は二度と出せない

同じチャーハンでも
温度、湿度などによっても
完全に同じではないように

御言葉の料理も
日々新鮮です

みなさん
イエス・シェフに

前に食ったものばかりをまだ
オーダーし続けていませんか?

あれ美味かったからもう一回

いやむしろ
あの美味い味だけでいいわみたいな

いえいえ
キリストの愛の料理は
そんなもんじゃありません

命のごはん
イエスキリスト

一生涯かけても
その品数に飽きることはないのです

仮に
同じチャーハンを頼み続けても
イエス総料理長は
決して
同じチャーハンを出しませんよ

御言葉のチャーハン
同じ御言葉も決して
あきることはありません

むしろ
新鮮に当たらしい味わいを経験できます

新約聖書ギリシャ語の大家が
こういいました
聖書の読み方
自分が読む時にこうだと決めつけてはならない

同じ箇所が
年を重ねて行くと
全然ちがうように迫って来る

当然そうです
自分の状況によって
御言葉の味わいは
変わって感じるはずです

命のごはん
イエスキリストを今日ももりもり食べましょう

まぁ、私の場合はキリストは
命の醤油豚骨ラーメンみたいですけど。

あなたにとって
キリストはなんにたとえられますか?

エジンバラ世界宣教会議まであと11日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
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イカピーより

2010年04月29日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 4月29日

全国のキリストの家族へ

私はほんとうにみじめな人間です。
だれがこの死のからだから
私を救い出してくれるのでしょうか。
私たちの主イエス・キリストのゆえに
ただ、神に感謝します。

心では神の律法に仕え
肉では罪の律法に仕えているのです。

こういうわけで
今は、キリスト・イエスにある者が
罪に定められる事は決してありません。

ローマ書7章24節〜8章1節

パウロはもちろんのこと
ルター
アウグスティヌス
はじめ多くの人が悔い改めに導かれて来た
ローマ書のこの箇所

自分にしていることが
分からない

「したいことができず
したくないことをしてしまう」

罪と言うと社会的な
道徳的な罪かな世間は思いますが

誰でも分かる罪の性質まさにここにありです

自分のみじめさに気づかされ
死のからだを
扱えない自分に悩むパウロ
これは私たち人間の姿です

キリストを信じ
クリスチャンとなり
しかも
献身しているはずが
より自分の罪深さに
悩む事があります

それは
もう、目に見える罪ではなく
神様の心と
自分の心とが
一体にならないことの苦しさ
神に買い取られた人生を
自分のもののように扱いたいその思い
自分の中にある神様との問題を
ひたすらに扱い続ける歩み

そして
自分の十字架を背負いながら
人には分からない
そのキリストとの2人だけの道

ピリピ書1章29節
「あなたがたは
 キリストのために
 キリストを信じる信仰だけではなく
 キリストのための苦しみをも
 賜ったのです。」

21歳のとき
ローマ書7章から8章にかけてのこの箇所で
私はど〜んと神様の愛を受けました

神は私の罪を裁くが
十字架の故に私は裁かれない
完全な十字架の赦しを味わいました
言葉ではいい表せない
全身全霊とはこのことでした
ですから
イエスキリストにあるものは
決して罪に定められる事はないと
ようやっと分かって
そして隠れていた罪を
家族に告白したのでした
人は裁いても
神は裁かない
人に裁かれる恐れから
解放されたのです
罪を告白するとき
本当の意味で
裁ける人は誰もいないのです

キリストが共存できないのは
私ではなく
私の中にある「罪」であること

私を愛している
けれど
どうしても聖なる神の故に
距離が縮まない
その原因

「罪」

神の性質の


完全な義と
完全な愛が
共存するはずが

私たちと神様との
関係破談による問題が

その神の義と
神の愛との共存を妨げます

そして
それを可能にするのがイエスキリストの十字架です

私たちはだまされてななりません

私たちは自分の中にある罪を憎まなければなりませんが
自分を間違った形で憎んではなりません

その行き着く果ては
自分の存在の不必要性
すなわち
死です

私たちが憎むのは
隣人ではなく
隣人の中にある罪です
隣人そのものを憎み続けると
その行く末は
相手の存在がいなくなればいい
そして
殺人です

イエスは憎む事と殺人を
同じ事として教えました

はっとさせられます

ニュースで
殺人犯だけが問題ではないのです
誰でもこの種を持っているのです

何度でも言います
イエスキリストにある者が
罪に定められる事は決してありません。

決してないのです。

キリストの十字架を
軽んじさせる

信頼させない理由はなんでしょうか?

霊的な戦いに勝利しましょう。
私たちの戦いは
血肉に対するものではないのです。

今日もサタンの喜ぶ
その逆を一瞬一瞬選びましょう!!

それはもちろん
十字架です!!

イエスキリストの十字架を仰ぎ
悪魔に宣言しましょう。
北斗の券四郎のように渋く

「おまえはもう死んでいる」

エジンバラ世界宣教会議まであと12日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

2010年04月28日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 4月28日

全国のキリストの家族へ

罪の奴隷であった時は
あなたがたは義については
自由にふるまっていました。

その当時
今ではあなたがたが
恥じているそのようなものから
何か良い実を得たでしょうか。
それらのものの行き着く所は
死です。

しかし今は
罪から解放されて
神の奴隷となり
聖潔に至る実を得たのです。

その行き着く所は
永遠のいのちです。

罪から来る報酬は死です。

しかし
神の下さる賜物は
私たちの主キリスト・イエスにある
永遠のいのちです。

ローマ6章20〜23節

毎日するべき行事

古い自分の葬式と
新しい自分の誕生会

6章はバプテスマについて
書かれていますが

キリスト教会の歴史を見ると
教会間の喧嘩の
火種だった一つの
バプテスマのカタチ

ギリシャ語言語では
「浸る、浸かる」という意味がありますが

大事なことは
イエス様も洗礼を受けたように
私たちも洗礼を受けることと
(もちろん病気で受けられない人もいる)

滴礼は病気でぼちゃんと受けられない
方の為に愛の配慮でされたということは
歴史の中の一つの出来事でした

さて
キリストのバプテスマ
水と聖霊のバプテスマ

H2Oが人間を救うのではなく
救うのは全知全能の神の力です

洗礼のかたちで
どうでもいい喧嘩は辞めましょう
恥ずかしいです
それで教会の籍を与えるとか
与えないとか裁判まで行くような
最低な結末だけは迎えませんように
※それがきっかけで裁判になった教会もあります
どうか一刻も早く赦し合えますように
霊的なイシュマエルとイサク関係から
抜け出せますように

さて
私たち日本のキリスト教会は
霊的なジーコジャパンになってはなりません

どういうことでしょうか?

罪を犯しても平気な道を歩んでは
ならないのはもちろんです

罪の奴隷だと自由にふるまうと
パウロはありますが

どうでしょうか
イエスキリストの僕(しもべ)として
私達は一つ一つ
与えられた自由意志の中で

神様の声に従う決断や
選択をしているでしょうか?

また
リーダー達は
それぞれがキリストにあって
与える人になれるように
弟子訓練していますか?

教本や
マニュアルのことを言うのではなく
キリストと共に生きる生き方を
模範としていますか?

気をつけなければならないのは
救いに関しては
なんの+あるふぁも
つけくわえられないのですが

そのあと
キリストの弟子としての歩みを
歩んでいるか

聖霊のバプテスマを受けたか
受けてないか自覚があるないにしろ
御霊の実は結んで行くのです
弟子としての生き方の大事なポイントです

ここポイントです

かつてジーコジャパンがぼろぼろに負けた
理由は分かりますか?

まだ世界的トップのレベルではないのに
世界でトップレベルだった
元ブラジル代表の世界のスーパースター
ジーコは

まだまだ未熟な日本サッカーに
同じことをさせてみたのです

選手達にしたら
自由にさせてもらえるのは
とっても嬉しいです
それもジーコにさせてもらえるとなると
なんだか自分達も世界トップクラスに
なったかのような勘違いに陥ります

ジーコが悪いとは
元サッカーマンとして言いたくありませんが

ただ日本サッカーに早すぎました

私たちそれぞれの教会は
どの霊的な成熟度にいますか?

まだ罪に悩んでいるベビーですか?
受けたいばかりで自分中心の幼児期ですか?

それとも
堅い食物も食べられる大人になっていますか?
自分を満たすことばりではなく隣人のことを
思いやれるようになっていますか?

いま
日本のキリスト教会は
それぞれ自分達のチームの状況を把握する事が必要です
今から始めたって何も遅くありません

スーパースターぞろいのチーム?
それともそんなに目立つ人はいないけど
サッカーヨーロッパ選手権でスペインを破って
優勝したギリシャみたいなチームプレイのチーム?

それとも
まだ自己流でやってきた段階?
実はまだサッカーも知らない??(たとえです)

なんのちゃんとしたレッスンも受けずに
自由にやってきたのか・・・

ジーコが失敗したように
私たちも失敗します

罪の奴隷で自由に生きれば行き着くところは死です

チームの状況を把握しないで
自由を与えると
結局、負けます

失敗は成功の元

いい励ましですが
永遠の滅びしか知らない
人達は日本に世界にまだ沢山います

それを私たちは
教会の弱さのせいで遅らせてはなりません

私たち神の家族の失敗は
一刻も早く悔い改めて
神の愛の飢餓状態の方達に
愛を運びたいのです

エジンバラ世界宣教会議まであと13日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

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イカピーより


2010年04月26日

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 4月26日

全国キリストの家族へ

彼は望みえない時に
望みを抱いて信じました。

それは、「あなたの子孫は
このようになる」と言われた通りに
彼があらゆる国の人々の父となるためです。

アブラハムは
およそ百歳になって
自分のからだが死んだも同然であることと
サラの胎の死んでいることとを認めても
その信仰は弱りませんでした。

彼は
不信仰によって
神の約束を疑うようなことをせず
反対に、信仰がますます強くなって
神に栄光を帰し

神には
約束されたことを成就する力が
あることを堅く信じました。

だからこそ
それが彼の義とみなされたのです。

ローマ4章18〜22節

信仰の父
アブラハム

彼は普通のおじさんだったと思いますが

他の人と
アブラハムおじさんとの違い

彼は
神様の声を聞いて
従ったのです

それが信頼です

日本風に言うと信仰です

聖書を読んでいると
なんだかみんな信仰の巨人みたいに思いますが

もちろんそういう人もいますが

でもでもでもそんなの関係ねぇ。
はい!イカピー!

どうでもいいのですが

キリスト意外みんな罪人です

罪人に
横綱も前頭もないのです

罪人ランキングもないし
罪カースト制度の
ピラミッド方式で
自分はどの程度罪深いかははかれません

その歪んだ罪人観が
お互いを神の評価から遠ざけます

不信仰

不信頼

なぜ神を信頼できないのでしょうか?

全知全能の神

天下無敵の神

完全な勝利者イエスキリスト

なんで完全な方を信頼できないのか

答えはもちろん罪です

その罪人である私たちは
神との関係が破断し

神との信頼関係がなくなっていらい
自分や人を頼るようになるのです

神を横においておいて
自分の力や他人に頼って行くと

どうなるか
自分を頼れば
失敗や不実行さに
自分を信頼できなくもなるでしょう

そして他人を頼っていれば
裏切られたり
約束を守ってもらえなかったり
こちら側の期待に添ってもらえなかったり

また色んな家庭や学校や職場での
関係の破談により

人をまっすぐに見れなくなります

自分も人も信頼できないのならば
もちろん神様もすんなり信頼できなくなります

自分を信頼し
他人を信頼する事は

自分を愛し
他人を愛する事です

またそれは
自分を赦し続けることであり
他人を赦し続ける事であります

いつもゼロに戻してくれる十字架の赦し

自分を赦し
自分を愛せるようになりたい

隣人を赦し
隣人を愛せるようになりたい

そして
最も大切な
全知全能の父なる神様に
ごめんなさいと
立ち帰り

そして神様を信じないのではなく
いつでも、従って生きたい

いまYWAMの創設者のローレンカニングハムの著書を
手にしています

「神様、私に語って下さい。」

若者が神様の語りかけに応答し
歩んで行きます

今年で設立50周年だそうです
世界177国に宣教ベースが与えられ
スタッフも1、2万人になっています

韓国の純福音教会のチョーヨンギ牧師も
たかだか50人の教会を牧会しているとき
それもテントみたいな礼拝場所

自分達も食べるのにままらないとき
3000人の教会堂を建てなさいと
神様に語られたのです

彼はそれを神様の語りかけと受け取り
実践に移しました

今や70万人の教会になったのですから
アブラハムへの約束は
数千年前の夢物語ではない事を
韓国の元罪人のチョー牧師が
イエスキリストの力にただより頼む
という信仰で
実を結びました

どんな偉大な働きも
人のチカラでできることはありません

神様の語りかけに応答し
アブラハム先輩のように
従い続けるだけです

「彼は望みえない時に
 望みを抱いて信じました。」

この姿勢
今の日本に大事です

私は昨年11月に
イスラエルで日本のリバイバルのために祈っていました

世界地図を見ながら祈っている時
日本に示された思いがあります

日本はサラだ

霊的なサラみたいだと

夫は誰ですか?
イエス様です

信仰の先輩にならい
サラの祝福を受け取りたいです

笑いが出る程
神様を疑いそうなタイミングで

アブラハムは
受け取りました

そのイサクを通して
星のように砂のように
いま子孫は与えられています

今日本で我慢して
忍耐して
霊的なイサクを待ちましょう
焦らないで
無理矢理霊的な子供を産む事はしないほうがいいです

争いのもとです

神の与えるイサク

それぞれの教会に
霊的な多産の約束の子がいるのはないでしょうか。

自分の力や
経験や
分析や
知識に頼る事をやめ

いま静かにイエス様の御声を求めましょう

神様と会話しましょう
お願い毎を語るのではなく

聞いて
神と会話しましょう

それが勝利の秘訣でしょう

イエス様お語りください
僕(しもべ)は聞きます


エジンバラ世界宣教会議まであと15日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 4月25日

全国のキリストの家族へ

しかし、今は
律法とは別に
しかも律法とは預言者によって
あかしされて
神の義が示されました。

すなわち
イエスキリストを信じる
信仰による
神の義であって
それはすべての信じる人に与えられ
何の差別もありません。

すべての人は
罪を犯したので
神からの栄誉をうけることができず
ただ、神の恵みにより
キリスト・イエスによる購いのゆえに
値なしに義と認められるのです。

神は
キリスト・イエスを
その血による
また、信仰による
なだめの供え物として
公にお示しになりました。

それは
ご自身の義を現すためです。

ローマ書3章21〜25節

神の義

すばらしいです

神様の正しさ

私たちのいつも移り変わる
価値観ではなく

多数決で決まる何かでもなく

一人でも

全員でも

変わらない真理

神様の性質です

私たちは行いによって
まったく自分たちのぶれを直すことは
できません

お互いの物差しがゆがんでいるので
歪んでる同士が測るから

世の中おかしくなります

イエスキリストと言うものさし
この一点の狂いもないメモリのついている
計りで自分をはかるならば

私たちは正しいとされるのです

イエスキリストの十字架という物差し

凄い物差しです

測り方は

マイナスをプラスに
プラスもプラスに

私たちが自分の不完全さをみとめ
自分の正しさと言うメモリで
人を測ると言うことをするならば

私たちは争う必要も
摩擦もありません

みごとな
数学的な黄金律の
完全な神の秩序は
すこしも
こすれることがないのです

見事です

だから
私たちは神の義を求めるのです

日本にかけているのが
イエスキリストによって
正しいとされる義の価値観です

お金でも
名誉でも
学歴でも
国籍でも
性別でもなく

私たちに公平に与える神様の赦しと愛
永遠のいのち

感謝して
とどめずに
溢れる思いを
人々にシェアしましょう!

エジンバラ世界宣教会議まであと16日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

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今日も大事に!

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イカピーより


2010年04月24日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月24日

全国のキリストの家族へ

外見上のユダヤ人が
ユダヤ人なのではなく
外見上のからだの割礼が
割礼なのではありません。

かえって
人目に隠れたユダヤ人が
ユダヤ人であり
文字ではなく
御霊による
心の割礼こそ割礼です。

その誉れは
人からではなく神からくるものです。

ローマ書2章28、29節

心の割礼

パウロ先輩は
油注がれ
手紙のあちこちで
名言を残しています

ちょっとガラテヤのクリスチャンに
当てられて書かれた手紙も
みたいのですが

ガラテヤ書4章12節では
キリストの救い+律法=割礼を
異邦人に条件づけたい
偏った福音理解の一部の人たちに

パウロ先輩は喝をいれます

だったらいっそのこと
「ちょんぎれ!」

日本語聖書は
全部「ですます調」に
表現がなってしまいますが

文脈で聖書を読みましょう!

イエス様も
パウロ先輩も
結構荒々しいです

特にガラテヤ書は
ギリシャ語で「アナコルソン」と
呼ばれる文法破壊で手紙が
感情のままに殴り書きされています。

義なる怒りに満ちたパウロが目に浮かびます

キリストの福音以外に
+アルファはつけるんじゃねぇ。

ベランメェ調の江戸っ子パウロを
僕は連想してしまいます

パウロが怒ったように
私たちも
見える所の立派さを誇り
また
人々に
キリスト以外の+あるふぁを押し付けている人を
見たならば

おっと!それは大丈夫かい!と
つっこみをいれなければなりません。

律法がいらないのではありません
律法主義が恐いのです

主義です
それそのものではない
偽物です

愛は大事ですが
愛主義があったら
最低です

私たちは自分でも守れないくびきを
だれかに負わせて苦しませていないでしょうか?
律法学者がめちゃめちゃ
ひどいくちょうで
イエス様に怒られたことです

偽善の律法学者に
わざわざいだと厳しいし

また
マタイの18章6節では
かなり厳しいです

しかしわたしを信じるこの小さい者たちの一人にでも
つまずきを与えるような者は
大きい石臼を首にかけられて
湖の深みで溺れ死んだ方がましです

わお!イエス様メッチャ厳しいわ。

でも愛です。
キリストから誰かを遠ざけるなら
全ての神であられる
天のお父様は厳しいです

人類に醜いどんぐりのせいくらべ
兄弟喧嘩は辞めなさい

全て私の大事な息子、娘だから。

救われる条件は
イエスキリスを信じるだけです
信頼するだけです
救い主として
辛子種ほどの委ねる心で
救われるのです

大事なのは信仰深さではなく
キリストにすがることです

ユダヤ人にとって今も大事な割礼
異邦人には全くする必要がないのです

今のキリスト教会はどうでしょうか?
それぞれの教会に
イエスキリストの福音以外に
どうでもいいおまけを
救いの前に付け加えたりしていないでしょうか?

それがもしもあるなら
どうかそのいらない部分を
いますぐ「ちょんぎっちゃって」ください。
いますぐです。

イスラエルでいまユダヤ人の救いが起きています。
そして異邦人宣教も佳境に入っています。

世界宣教はより完成にむかって進んでいます。

さて
最後に厳しい割礼の話しをなごませるために
ユダヤ人の話しを一つ

ある王様のところに
世界中の剣の達人が集まり
その力を披露することになりました

まず日本人代表 
日本刀を抜いて

目の前を飛ぶハエを見事に
半分に切り落とします

次に中国人の達人
目の前を飛ぶハエを
今度は4等分に切り落とします

そして
最後ユダヤ人の剣士が
登場です

剣を振り抜き
その技を披露しようとするもの

どうもハエには変化が見えません

王様がどうした?
失敗か?とたずねると

ユダヤ人の剣士は答えます

いいえ、いま私は
ハエに割礼を施しました。

ハレルヤ!
ユーモアを与えた主にハレルヤ!

今日もキリストの福音を100%そのまま
伝えましょう!!

エジンバラ世界宣教会議まであと17日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月23日

全国のキリストの家族へ

私はギリシャ人にも
未開人にも
知識のある人達にも
知識のない人達にも
返さなければならない負債を
負っています。

ですから
私としては
ローマにいるあなたがたにも
ぜひ福音を伝えたいのです。

私は
福音を恥とは思いません。
ユダヤ人をはじめギリシャ人にも
信じる全ての人にとて救いを得させる
神の力です。

なぜなら
福音のちには神の義が啓示されていて
その義は信仰に始まり
信仰に進ませるからです。

「義人は信仰によっていきる」と書いてある通りです。

ローマ書1章14〜17節

さて
いよいよローマ書です

信仰義認の書と呼ばれることがありますが

永遠のいのちは
努力や行いによってではなく
イエスキリストをただ信じる
信頼することだけです

有名な「告白」の著者アウグスティヌスも
またどドイツの宗教改革者ルターも

このローマ書で神に迫られたわけですが

罪が赦され
救われる為に大事なことは
世界でただ唯一の救い主
イエスキリストの十字架を
信じることです

パリサイ派のホープであった
聖書のエキスパートパウロは

このキリストの福音のダイナミクスを
体験し

迫害する者から
誰よりも伝える者に変えられていったのです

福音を恥とはしない・・

当時、福音を恥じているクリスチャンがいたのでしょうか

パウロが何か躊躇することがあったのでしょうか

ローマ書の中心とも言われる

信仰義認

アブラハムも信仰で義と認められたのに

いつしかイスラエルの民も
律法が自分たちを救うかのような
聖書の読み違いに陥りました

クリスチャンもいつでもそうなりますから
お互いに気をつけねばなりません

なぜそうなるのでしょうか?

問題は罪ですが

罪を悔い改めないまま
聖書を読んで行けば
ボーリングのように
少しのずれが最終的に大きなずれに
なってしまいます

聖書は知識だけで読むのでは
少しも足りません
心と体と霊で読むのです

どんな天才が知識だけで
また個人の霊感で聖書を読んでも
救われません

神様の前に自分が罪人であることが
分かって御言葉が迫ります

神様の心と一つになることを
求めながら御言葉を求めたいものです

こちらの都合だけで聖書を読んだり
解釈したりするのは

ラブレターをそうするのと全く同じです

相手の気持ちや考えを理解しようとしないで
ただこちらで、文学的に
国語的に
また自分の勝手な解釈でラブレターを
読み解いても書き手の気持ちに届きません

ただ
ラブレターを書いてくれる
その人とやりとりして
その心を確認して行く必要があります

ハバクク書を引用し
パウロは信仰とはなにか伝えます

義人は信仰で生きる

すなわち
自分の力にたよって生きるのをやめて
全知全能神に人生をあずけて生きるのです

信仰とは
ギリシャ語において
信頼と言う意味もあり
また委ねるということもありますが

面白いことによって
使い方によっては
「もたれかかる」という意味もあります

信仰とは神にもたれかかることだ

すなわち自分の足で立つことをやめ
体重を全部神様に任せるのです

キリストの十字架の血によって
買い戻された私たち

もう人生は自分のものではありません
キリストのものです

キリストに買い取られた人生を
自分の力で生きるから
苦しくなります

でも
自分を人生の主人としてではなく
イエスキリストを人生の主人として

信頼して歩む生き方こそ
義人の生き方です

全ての人にえいこひいきなく
与えられる永遠のいのち

イエスキリストの福音を

1ミリも恥じることなく
今日も日本で
世界で叫びたいものです

世界の中心でキリストの愛を叫ぶ

あなたが任されている場所
どこだって中心みたいなもんです

今日も永遠の滅びの救いの特効薬
「キリストの御名を運びましょう!」

エジンバラ世界宣教会議まであと22日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
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今日も大事に!

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2010年04月22日

ストリートでメッセージ

福島県いわき市のいわき駅前で
知らない人はいない「デリチャ」
デリバリーチャーチの略です

ストリートメッセンジャーのしょうさんの
お手伝いをさせてもらい
リリーフトークさせていただきました。

アドリブで語っているので
かみかみですが(いつもか!)
雰囲気だけでも楽しんでもらえたらと思っています。

deli-cha.com


ゴスペルレディオステーション 「アントニオ猪木とゴスペル」

ケロログでの音声版はこちら!!

来週の月曜日と火曜日にFM佐久平のスタジオで収録があります!!
お祈り下さい。
 
4月26日 月曜日 15時〜
4月27日 火曜日  9時〜

個人スポンサー
企業スポンサー募集中です

またラジオのデモ版
メッセージトラクトが欲しい方は
ご連絡ください。
メッセージトラクト1枚 200円です。


エジンバラ世界宣教会議とりなしメール 4月22日

全国のキリストの家族へ

ですから
承知しておいて下さい。
神のこの救いは異邦人に
送られました。
彼らは耳を傾けるでしょう。

こうしてパウロは
満二年の間
自費で借りた家に住み
たずねて来る人達をみな迎えて

大胆に
少しも妨げられることなく
神の国を宣べ伝え
主イエス・キリストのことを教えた。

使徒行伝28章28〜31節

パウロ先輩
ようやくローマへ到着です

囚人なのに
番兵付きで自分だけの家に
住むことが許されたわけです。

なんとも神のなさることは憐れみ深いでしょうか。

そして
パウロの伝えたい同胞たちが
向こうから彼の元にやってきます。

イエスも言われました
預言者は故郷では歓迎されない

また
パウロ大教師でさえも
24節にあるように
ある人は信じ
ある人は信じようとしなかったのです

時が良くても悪くても
福音を宣べ伝えなさい

パウロはやりつづけます

なぜできるのでしょうか?

もちろん神様が見ているし
神の計画に委ねることが
最善だからです。
そして人を救うのは
私たちではなく
神の権威です

私たちはあくまで
自分と神様との愛の関係に生き
福音を運ぶ土の器です

イチローでも4割打てるか打てないか

パウロ先輩でも
5割行くか行かないか

それぞれの福音の打率は
違うでしょう

それで比較することはありません

涙を蒔いて種をまく者は
喜びながら刈り取ろうと

あります

私たち全てのキリストの弟子にできることは
神の国を宣べ伝えること
そして
主イエスキリストのことを
ただひたすら
紹介し続けることです。

パウロの時代と
いま21世紀は違います

紹介するにも若干表現に知恵がいるかとおもいますが
しかし
唯一の救いの名はイエスキリストです

使徒行伝はいま29章の時代だと
多くの人が自分たちの生かされている
委ねられている時代を
29章と受け取って歩んでいるのです

私たちは
今日
イエスキリストとともに歩み
新しい使徒行伝をまた1ページ
大切に生きたいものです

二度と来ない
今日という日

それぞれ悔いのない
キリストの愛にあふれた
言葉と行動を
選択できますように

エジンバラ世界宣教会議まであと22日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

2010年04月21日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月20日

全国のキリストの家族へ

だれも長いこと
食事をとらなかったが
そのときパウロが彼らの中に立って
こう言った。

「皆さん
あなたがたは私の忠告を聞き入れて
クレテを出帆しなかったら
こんな危害や損失をこうむらなくて
済んだのです。
しかし、今、お勧めします。

元気を出しなさい。
あなたがたのうち
いのちをいのちを失う者は一人もありません。
失われるのは船だけです。

昨夜、私の主で
私の仕えている神の御使いが
私の前にたってこう言いました。

「恐れてはいけません。パウロ。
あなたは必ずカイザルの前に立ちます。
そして、神はあなたと同船している
人々をみな、あなたにお与えになったのです。」

ですから皆さん。
元気を出しなさい。
全て私に告げられた通りになると
私は神によって信じています。

使徒行伝27章21〜25節

パウロのイタリヤ行き
どんどん近づいて行きます

パウロ担当の百人隊長は
残念ながら
いや当然ながら
航海のアドバイスを
パウロではなく航海士や船長を
信じます

実に百人隊長残念です
ここでパウロが福音を伝える船の
船長を任されていることが分かっていれば・・・

彼が千人隊長になれない理由が分かる気がします
自分の経験値や
人頼み・・・

私の推測はおいておいて

私たちも百人隊長のような判断をしてはいないでしょうか

経験や
実績をまずは見て
人を判断する
そりゃします
でも神の栄光はそんなに現れません
人の栄光だけが輝きます
残念。悔い改め。

パウロの思った通り
暴風に翻弄され
助かる見込みがなさそうなその時

彼は主の御声を聞きます

1度拒否されても
主の声ならば
ただちに従う姿

見習うべきポイントです

人生の暴風の時
イエス様の声を聞けるハート

そして語りかけへの従順な応答

イエス様は
今も生きており
祈りの中で
また御言葉を通し
また被造物を通して
なんでも語ってきます

今も復活の主は生きています
共にいてくれます

ハレルヤ

パウロは試練を乗り越え
主に感謝を捧げます

百人隊長の変化が27章後半で見れます
今度はスピリチュアルシップの船長パウロに聞きます
そして
パウロたちを助けようとしています

キリストの弟子に水一杯でも飲ませるなら
報いから漏れることはない

イエス様の言葉がリフレインします

結局
この困難を通して
船に乗っていた276人が全員救われます

さすが使徒行伝を書いたのが
医者のルカです
数字がしっかりしている!

ルカの忠実な賜物も使徒行伝でも伺えます
全ての機会は
福音を伝える為にはチャンスにしかなりません
良く言われる「ピンチはチャンス」ですね

「神を愛する人々
すなわち神のご計画に従って召された人々の為には
神がすべてのことを働かせて
益としてくださることを私たちは知っています。」

エジンバラ世界宣教会議まであと23日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

2010年04月20日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月19日

全国のキリストの家族へ

するとパウロは
次のように言った。

「フェスト閣下。
気は狂っておりません。
私はまじめな真理のことばを
話しています。

王はこれらのことを
よく知っておられるので
王に対して私は率直に申し上げているのです。

これらのことは片隅で起こった
出来事ではありませんから
そのうちの一つでも王の目に
とまらなかったものはないと信じます。

アグリッパ王
あなたは預言者を信じておられますか。
もちろん信じていると思います。」

するとアグリッパはパウロに
「あなたは、わずかなことばで
私をキリスト者にしようとしている」と言った。

パウロは答えた。
「ことば数が少なかろうと
多かろうと、私が神に願う事は
あなたばかりではなく、きょう
私の話しを聞いている人がみな
この鎖は別として
私のようになってくださることです。」

使徒行伝26章25〜29節

さて
アグリッパの前での弁明です

パウロは弁明しながら
結局
伝道メッセージをします

これでよしです
いいんです!(ジョンカビラ風)

なぜならわたしたちは
イエスキリストを切り離しては何も
自分のことなど話せないからです

気が狂っていると言われても
鎖につながれても
幸せです

そして紹介するのはイエスキリストの福音
永遠の命の入手方法です
イエスキリストを信じる者は誰でも
救われます!!!!!

私も10年前に
爆弾のようななにかがどーんと
自分に降って来ましたが
その時は仕事中でした

当時警備員をしていた私は
貪るように聖書を毎日三度の飯より
おいしてく読みあさり
ローマ書7章を読んでいて
いわゆる聖霊体験をしました。
1999年8月14日のお盆の
誰もいない工場の昼間の警備の時です。

キリストの十字架が知識だけではなく
全身全霊で分かり
180度考え方が変わり

喜びがあふれてあふれて
じっとしていられなくなり
部屋中を歩き回りました
興奮して興奮して
どうにも喜びがとまらないのです

そして隠していた罪を全部告白するために
仕事場から両親に電話をかけ
告白の場をセッティングしました

人が裁いても
神は裁かないのだという事がわかり
神の完全な十字架の赦しのゆえ
恐れがなくなったのです

それからというもの
この救いの喜びを伝えないなら
今度はそれが罪だと思うようになり

会社の人全員に福音を伝え
また昔の同級生たちに福音を伝え
親戚にも手紙等で福音を伝え始めました

全世界に出て行って全ての造られた者に
福音をのべ伝えなさい。

文字通り実践したくなったのでした

自分の命が与えられているうちに
1度は60億人の全ての神の子供たちに
イエスキリストの福音を伝えようと
思ったのでした

しかし
一人には限界があります
するとチームが与えられます

宣教旅行にも限界があります
するとメディアが与えられます

自分のチームだけではだめなら
ネットワークが与えられます

いま信じられないスピードで
福音は世界に届きつつあります

私たちはパウロのように
同じ心を持ちたいものです

私たちにまとわりつく
何かしらの鎖・・
あったとしても
それはおいておいて
私たちのようになって欲しい・・

全ての人に
自分のようにキリストを知り
キリストの弟子としての歩みを
選んで行ってほしい

このパウロのパッションは
パウロが作り上げた
オリジナルではありません

イエスキリストの命令です
そして聖霊の故です

だから誰でも
パウロのようなハートや信仰は持てるのです

私のようなものでも変えられました
ですから誰でも変えられます

特別な人だけではありません
誰でもです

何度も言います
誰でも持てます

パウロ先輩がいま現代にいたら
飛行機やインターネットを与えられている
私たちの世代をみて

どうおもうのでしょうか?

私の天国での楽しみの一つは
イエス様とパウロと語りあう事

神の国の完成にわくわくします

イエス様のそばにいれなくても
神の国に入れてもらえればとても感謝です

元祖失敗のアダム先輩と
私も罪人の頭ですから
天国の門があるとしたらですが(笑)
入り口で二人でどげざしながら
神の民の入場を歓迎する受付係でも良いです
神の国の便所掃除でもいいです

なんでもいいです

イエス様が王として
全てを治めるその日が
待ち遠しいのです

マラナタ
主よ!帰って来て下さい。
一刻も早く!

エジンバラ世界宣教会議まであと24日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月18日

全国のキリストの家族へ

そういうわけで
訴える者達がここに集まったとき
私は時を移さず
その翌日、裁判の席について
その男を出廷させました。

訴えた者たちは
立ち上がりましたが
私が予期していたような犯罪についての
訴えは何一つ申し立てませんでした。

ただ、彼と言い争っている点は
彼ら自身の宗教に関する事であり

また
死んでしまったイエスと言う者のことで
そのイエスが生きていると
パウロは主張しているのでした。

使徒行伝25章17〜19節

パウロ先輩

だんだん
誰かに似てきました

イエス様と違い私たちは罪人ですが
本筋ではないことで
訴えられています

ある人達には
イエスが神であるということが
神に対しての罪だと考え

ある人たちは
イエスの復活が罪だと考えたわけでした

真実で罪に定められるのですから
十字架のイエス様に似ています

この一連のやり取りを横で
聞いているイエス様ご自身は

どう思っているのでしょうか

人々の的外れな
やりとりが目立つほど
私はそばにいて
そのやり取りを聞いている
イエス様が気になります

私がどんなすべるギャグをかまして
人々からあざけられても
一人だけ横で大爆笑している
私の愛する主イエス様

聖書を読み間違えた
イエスを神だと分からず
復活したことも信じられない
神の民の
ずっこけた
訴えを聞いて

イエス様はどんなリアクションを
してくれたのでしょうか

悲しむ
がっかりする
苦笑いする
怒る
泣く

いつも私に神様は
ユーモアを通して語りかけてくれるので
私はここで
吉本興行の吉本新喜劇の
ずっこけをしてくれていると
思ってしまいます
(これは私の思いなので
 それぞれのイエス様との関係を
 尊重致します)

皆様はどうイエス様に語られますか?

それぞれに分かる形で
語りかけてくれていると思います

余談ですが
私がある日ラーメンを食べているとき
主は言いました
「私はあなたのそばにいるよ」
そこでわたし・・
そばですか!ラーメン屋で!
と突っ込みが入ります。
イエス様がボケ
私がつっこみの掛け合いが始まります

ラーメンに浮いている油を見るたびに
聖霊を示してくれます

聖霊を求めなさい
聖霊は油
油は沈まない
神に委ねる人生は決して
沈む事はなはなく
どんな足のつかない場所でも
歩んで行けると語られました

そして
私はイエス様に主よ「あー麺!」と
答えます

あ!アーメンです

みなさん
ふざけていると思いと思いますが
本当なのでどうか赦して下さい

ユダヤ人も
苦しいときユーモアに変えて
迫害を乗り越えてきました

私は
パウロの訴えをみて
本当にうらやましいです

イエスの復活のことで
訴えられて
拘置されるのですから

どれだけ
パウロがイエスキリストを
証していたのかと思わされます

復活の主は生きています

今も私たちにそばで語りかけ

神の国の完成を共同作業で
やってくれています

マラナタ
主よ!帰って来て下さい。
一刻も早く!

エジンバラ世界宣教会議まであと25日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月17日

全国のキリストの家族へ

数日後
ペリクスはユダヤ人である
妻ドルシラを連れて来て
パウロを呼び出し
キリスト・イエスを信じる
信仰について話しを聞いた。

しかし
パウロが正義と節制と
やがて来る審判とを論じたので
恐れを感じ
「今は帰ってよい
 おりを見てまた呼び出そう」
と言った。

それとともに
彼はパウロから金をもらいたい下心が
あったので、幾度もパウロを呼び出して
話し合った。

二年たって後
ポルキオ・フェストが
ペリクスの後任になったが
ペリクスはユダヤ人に恩を売ろうとして
パウロを牢につないだままにしておいた。

使徒行伝24章24〜27節

さて
かの有名な
「ペストのような存在か」と言われる
名言が誕生する瞬間です

世界中のユダヤ人の間で騒ぎを起こしている
ということを言われます

最初に訴える人の裁きは
正しく聞こえるとバイブルは言いますが

パウロを殺したい人達の
訴えはこうも悪く世界に轟きました

パウロは説明するも
結局監禁です

ペリクスは
ユダヤ人の妻を連れて
キリストのことを聞きました

どんな答えが返って来ると思っていたのでしょうか

十字架で
あなたの罪は全部赦されますよ

愛されていますよ

みたいなあたたかい言葉が出て来ると
思ったのでしょうか

正義と
節制と
やがてくる審判に
どきっ!と
するのですから

後ろめたいものがあったのが察せます

さすがパウロです

愛をもって真理を語ります

こびません

キリストの十字架のようです

ペリクスもしたたかです
お金をもらえるかもと
幾度もやりとりします

ここで
相手の腹の底を
探るセンスパウロから見ます

もちろん
聖霊が教えてくれているのでしょう

人間は
思っていない事を
口から出す事ができます

顔で笑って
腹で怒っているって
日本人よくあるのではないでしょうか

ペリクスの下心が
パウロを拘束しますが
パウロの人生は
何をしてもイエスの栄光を表すと言う
バイブルの素晴らしい法則に導かれます

そして私たちは
ここ最近
聞く事がなかった
クリスチャン達の噂が日本あちこちで
流れる事を期待します

クリスチャン達は
まるでノロウイルスか!

日本で最も影響力あるものに
例えられる程に
クリスチャンの感染力が増しますように!

その秘訣は
感染の菌を元気にする事

御言葉の栄養と
愛というお水

私たちの心にしっかりと
今日も注がれますように

マラナタ
主よ!帰って来て下さい。
一刻も早く!

エジンバラ世界宣教会議まであと26日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月16日

全国のキリストの家族へ

しかしパウロは
彼らの一部がサドカイ人で
一部がパリサイ人であるのを見てとって
議会の中でこう叫んだ。

「兄弟たち。
私はパリサイ人であり
パリサイ人の子です。
私は死者の復活という
望みのことで裁きを
受けているのです。」

彼がこう言うと
パリサイ人とサドカイ人との間に
意見の衝突が起こり
議会は二つに割れた。

サドカイ人は、復活はなく
御使いも霊もないと言い
パリサイ人は、どちらもあると
言っていたからである。

騒ぎがいよいよ大きくなり
パリサイ派のある律法学者たちが
立ち上がって激しく論じて
「私たちは
この人に何の悪い点も見いださない。
もしかしたら
霊か御使いかが
彼に語りかけたのかもしれない」と言った。

論争がますます激しくなったので
千人隊長は
パウロが彼らに引き裂かれてしまうのでは
ないかと心配し、兵隊に
下に降りて行ってパウロを
彼らの中から力ずくで引き出し
兵隊に連れてくるように命じた。

その夜
主がパウロのそばに立って
「勇気を出しなさい。
あなたは、エルサレムで私のことを
あかししたように
ローマでも証をしなければならない。」と言われた。

使徒行伝23章6〜11節

いやはや
パウロは賢いです

試練の中でも
冷静な目と
判断が与えられています

目指せローマ

主イエスも夢の中で「勇気を出して」と
励ましました
竹内まりあか!
それは「元気を出して」でした。

百戦錬磨のパウロも
若干怯んだのでしょうか

それにしても
サドカイ人と
パリサイ人
おかしなもんです

同じトーラー(モーセ5書)
ネビイーム(預言書)、ケトビーム(諸書)を
読んでいるのに(旧約聖書)
(ユダヤ人はタナッフ(ク)と言う)
※喉で発音する為日本語では表現しにくいです

今のクリスチャンの信仰と似ています
同じ聖書を読んでも
ぜんぜん違った理解になる

サドカイ派は今のキリスト教会にしたら
異端と言われているような神学ですね
復活はない、霊も御使いもない

パリサイ派も
二つの流れがあって
厳格な派と穏健な派があります

聖書の適用の違いが
分裂を産むのですから
自分の聖書理解や
自分たちの教会の神学に頼らないように
気をつけたいものです

なにごともはやまった裁きをしてはならないと
パウロが言うのが分かります

そしてあの大天才パウロも
こう言いました

あなたがたは
もし何かを分かっていると思う時
知らなければならないことも
まだ知らないと言う事を知りなさいと

まるで
ソクラテスのような表現です
無知の知

哲学者ソクラテスは
人は(ソクラテス自身も含めて)本当は何も知らないのだと言う
ことを知ったのでしたが

私たちクリスチャンもそうです

知識は人を高ぶらせ
愛は人を高めます

日本人は稲穂の精神を忘れては駄目です

実れば実る程
頭の垂れる稲穂かな!!

私が尊敬する神学校の先輩の
ギリシャ語の大家の織田昭も

天才でありながらいつも人から
教えて下さいと言う姿勢を
忘れませんでした

神学校の掃除となると
率先して便所掃除でした

私の父は若い頃
国宝級の職人のもとで弟子となったのですが
その職人も若い父に教えて下さいと
言っていたそうです

あなたから学ぶべき事がある
どうか教えて下さいと

当時20歳そこそこの父は
舐められているのだろうと心底思ったのでした
いつまでも変わらないその職人の姿勢に
やがて父は本物の生き様をみたのでした

キリストは仕えられるためではなく
仕える為にきた

最近の牧師はどうでしょうか?
リーダー

肩書きや
見えるものに心とらわれてないでしょうか?
聖職者という言葉にだまされないようにしたいものです
みんなただの人であり
罪人です
イエス様の姿からかけ離れているリーダーを見たら
愛をもって真理を語らなければなりません
神の愛はいつも優しさと厳しさの両輪です

これを悔い改めないと
行き着く先は
この聖書箇所のサドカイ派とパリサイ派です

裸の王様になっていることを
誰も教えてくれなくなります

そして言っているのに聞けなくなります

本当に素晴らしい反面教師です

私たちは人のことを言う暇等ないので
自分と神様との関係をいつも
十分にもって
自分を映し出してもらわなければなりません

悔い改める姿勢こそ
人に良い影響を与える事ではないでしょうか

主は今も語っています
主の御声に聞き従い
人の目ではなく
神の目を意識して生きる事を
恐れるな!
勇気を出せ!と

神の国の王は
イエス様だけです

マラナタ
主よ!帰って来て下さい。
一刻も早く!

エジンバラ世界宣教会議まであと27日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

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エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月16日

全国のキリストの家族へ

しかしパウロは
彼らの一部がサドカイ人で
一部がパリサイ人であるのを見てとって
議会の中でこう叫んだ。

「兄弟たち。
私はパリサイ人であり
パリサイ人の子です。
私は死者の復活という
望みのことで裁きを
受けているのです。」

彼がこう言うと
パリサイ人とサドカイ人との間に
意見の衝突が起こり
議会は二つに割れた。

サドカイ人は、復活はなく
御使いも霊もないと言い
パリサイ人は、どちらもあると
言っていたからである。

騒ぎがいよいよ大きくなり
パリサイ派のある律法学者たちが
立ち上がって激しく論じて
「私たちは
この人に何の悪い点も見いださない。
もしかしたら
霊か御使いかが
彼に語りかけたのかもしれない」と言った。

論争がますます激しくなったので
千人隊長は
パウロが彼らに引き裂かれてしまうのでは
ないかと心配し、兵隊に
下に降りて行ってパウロを
彼らの中から力ずくで引き出し
兵隊に連れてくるように命じた。

その夜
主がパウロのそばに立って
「勇気を出しなさい。
あなたは、エルサレムで私のことを
あかししたように
ローマでも証をしなければならない。」と言われた。

使徒行伝23章6〜11節

いやはや
パウロは賢いです

試練の中でも
冷静な目と
判断が与えられています

目指せローマ

主イエスも夢の中で「勇気を出して」と
励ましました
竹内まりあか!
それは「元気を出して」でした。

百戦錬磨のパウロも
若干怯んだのでしょうか

それにしても
サドカイ人と
パリサイ人
おかしなもんです

同じトーラー(モーセ5書)
ネビイーム(預言書)、ケトビーム(諸書)を
読んでいるのに(旧約聖書)
(ユダヤ人はタナッフ(ク)と言う)
※喉で発音する為日本語では表現しにくいです

今のクリスチャンの信仰と似ています
同じ聖書を読んでも
ぜんぜん違った理解になる

サドカイ派は今のキリスト教会にしたら
異端と言われているような神学ですね
復活はない、霊も御使いもない

パリサイ派も
二つの流れがあって
厳格な派と穏健な派があります

聖書の適用の違いが
分裂を産むのですから
自分の聖書理解や
自分たちの教会の神学に頼らないように
気をつけたいものです

なにごともはやまった裁きをしてはならないと
パウロが言うのが分かります

そしてあの大天才パウロも
こう言いました

あなたがたは
もし何かを分かっていると思う時
知らなければならないことも
まだ知らないと言う事を知りなさいと

まるで
ソクラテスのような表現です
無知の知

哲学者ソクラテスは
人は(ソクラテス自身も含めて)本当は何も知らないのだと言う
ことを知ったのでしたが

私たちクリスチャンもそうです

知識は人を高ぶらせ
愛は人を高めます

日本人は稲穂の精神を忘れては駄目です

実れば実る程
頭の垂れる稲穂かな!!

私が尊敬する神学校の先輩の
ギリシャ語の大家の織田昭も

天才でありながらいつも人から
教えて下さいと言う姿勢を
忘れませんでした

神学校の掃除となると
率先して便所掃除でした

私の父は若い頃
国宝級の職人のもとで弟子となったのですが
その職人も若い父に教えて下さいと
言っていたそうです

あなたから学ぶべき事がある
どうか教えて下さいと

当時20歳そこそこの父は
舐められているのだろうと心底思ったのでした
いつまでも変わらないその職人の姿勢に
やがて父は本物の生き様をみたのでした

キリストは仕えられるためではなく
仕える為にきた

最近の牧師はどうでしょうか?
リーダー

肩書きや
見えるものに心とらわれてないでしょうか?
聖職者という言葉にだまされないようにしたいものです
みんなただの人であり
罪人です
イエス様の姿からかけ離れているリーダーを見たら
愛をもって真理を語らなければなりません
神の愛はいつも優しさと厳しさの両輪です

これを悔い改めないと
行き着く先は
この聖書箇所のサドカイ派とパリサイ派です

裸の王様になっていることを
誰も教えてくれなくなります

そして言っているのに聞けなくなります

本当に素晴らしい反面教師です

私たちは人のことを言う暇等ないので
自分と神様との関係をいつも
十分にもって
自分を映し出してもらわなければなりません

悔い改める姿勢こそ
人に良い影響を与える事ではないでしょうか

主は今も語っています
主の御声に聞き従い
人の目ではなく
神の目を意識して生きる事を
恐れるな!
勇気を出せ!と

神の国の王は
イエス様だけです

マラナタ
主よ!帰って来て下さい。
一刻も早く!

エジンバラ世界宣教会議まであと27日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
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イカピーより

2010年04月19日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月15日

幾日かそこに滞在していると
アガボという預言者がユダヤから下って来た。

彼は私たちのところに来て
パウロの帯をとり
自分の両手と両足を縛って
「『この帯の持ち主は
 エレサレムでユダヤ人に
 こんな風にしばられ
 異邦人の手に渡される』
と聖霊がお告げになっています」
と言った。

私たちはこれを聞いて
土地の人たちと一緒になって
パウロにエレサレムにはのぼらないよう頼んだ。

するとパウロは
「あなたがたは、泣いたり
私の心をくじいたりして
いったい何をしているのですか。
私は主イエスの御名のためなら
エレサレムで縛られる事ばかりではなく
死ぬ事さえも覚悟しています」と答えた。

彼が聞き入れようとないので
私たちは黙ってしまった。 使徒行伝21章10〜14節

パウロ先輩と
仲間達の間にある感情と信仰の
間の歯がゆいシーン

預言者は
パウロがエルサレムで捕えられることを
示され、伝えに来ます。

私ごとですが
21歳の時に
聖霊がダイナマイトのように下る経験をしたのですが
その日依頼、聖書の読み方が180度変わってしまいました
生き方もそうでした

私たちのグループは聖霊派に多大な
アレルギーを持っているグループでした
しかし
神様に示され
神が産んで下さった
自分の霊的な家族の助けになればと思い
神学校に入りましたが

この時まだ私は一度も預言と言うものを
受けた事がありませんでした

ところが
ある友人が
シンディジェイコブスの
本を下さって

それをじっくり読んでみました
羊の国と山羊の国です

私は聖霊によって変えられ
言葉では説明できない聖書理解の
大変換をしたのですが

これが本当か自分でも疑っていたので
イスラエルのツアーガイドでお馴染みの
バラさんこと榊原さんに
こんな体験をして
聖書のことがなぜか分かるようになっちゃたんですがと
相談しました

すると
そういうふうに変えられる人がいると言う事を
聞いていたと言ってくれて
励まされましたが

いずれにしても
預言と言うものを受けた事はありませんでしたし
どういうものか分かりませんでしたが
御霊によって預言のことも受け止めていたし
聖書の読み方が変わって預言も
疑いなく信じていました

シンディジェイコブスの本を読んで
間違いだとしても
私は少しも損をしない

けれど
これが神の語りかけだとしたら
私は知ったものとして
無視できないと祈っていました

私の巡回伝道旅行がスタートしたのは
実は彼女の本を読んだのが大きな理由の一つでした

そして
神学校を卒業するとき友人の宣教師の紹介で
「バルナバのように育てる」でお馴染みの
福田充男さんとお会いし
奥様が突然、こんなことを
言ってきました。
「神様があなたに伝えたい事があるのですが
 とりついでもよろしいですか?」
でした

このとき
あ!これがもしかしたら預言かと思ったのでした

その年私は
こちらから頼んでいないのに
預言の賜物の方から
あなたに神様がかたっていらっしゃることがありますが
とりついでもいいですか?と
何度も経験する事になったのです

ヨエル書にあるように
終わりの日息子娘は預言します

パウロにとりついだのは
預言者でした

預言

神様のお言葉なら
パウロへの人間的な忠告は
効くはずがありません

エルサレムで捕えられることを知って
仲間たちは人間的な思いで
行かないでと思います

しかしパウロは死ぬ事も
生きる事もどっちも益になると
知っていました
だから神様にただ委ねていました

イエス様の十字架の前の
やりとりを思い出します

イエス様に人間的な思いで
やめてほしいと
あなたにそんなことが起こるはずがない

十字架のでのできごとは
まさかのできごとでした

神がかった何かをされる事はなく
黙々と
天の父と共に
イエス様は二人三脚で
飲むべき杯を取りにいくのです

パウロも同じでした

私たちは
神に従う事と
自分の思いに従う事で
いつも自分の肉を
イエス様のように十字架にかけなければなりません

私たちの罪のために
十字架にかかって命がけで
愛を示して下さったイエス様の後ろ姿を
ただ学んで行きたいです

私たちがするべきは
誰かと比較する事ではなく
人間的な思いで人にアドバイスルする事ではなく

自分の負うべき十字架をしっかり背負い
イエスの後ろ姿をみて
従うのです

エジンバラ世界宣教会議まであと29日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
ネットワーク

今日も大事に!

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月14日

全国のキリストの家族へ

いま私は
あなたがたを神と
その恵みのみことばとに
委ねます。

みことばは
あなたがたを育成し
すべての聖なるものとされた
人々の中にあって
御国を継がせることが
できるのです。

私は人の金銀や
衣服をむさぼったことは
ありません。

あなたがた自身が
知っているとおり
この両手は私の必要のためにも
私とともにいる人達のためにも
働いてきました。

このように労苦して
弱い者を助けなければならないこと
また、主イエスご自身が
「受けるよりも
 与える方が幸です。」
と言われたみことばを思い出すべきことを
私は万事につけ
あなたがたに示してきたのです。

こう言い終わってパウロはひざまずき
みなの者とともに祈った。 使徒行伝20章32〜36節

パウロ先輩の
ユテコ殺人未遂事件が
起きる20章です

パウロはここで
あやうく死因が
「パウロの話しが長くてつまらない」
ということになりそうでした

パウロも面白いですね
「心配することはない。
まだ命があります」

おまえがいうな!
とつっこみが入ります。

しかし神は憐れみ深いです
パウロの尻をしっかり拭います

さて
パウロは宣教旅行で
キリストの弟子になった人達と
集まっては別れを告げます
夜中まで語りあう程
キリストから多くの恵みを
味わっていたのでしょう。

さて、ミレトです。
この箇所は面白いですね。

長老たちを招き
別れた後の事を委ねるわけですが

クリスチャン用語の交差点です

長老
監督
牧する
群れ
教会

と色んな日本語訳が飛び交いますが

イエスキリストを信じる
弟子たちに対して
リーダーを呼んで
神様と
神様の御言葉にパウロが委ねるシーンです

いまみたいに
飛行機やインターネットを使って
即座に行き来
やりとりできる時代なら
イエス様や
パウロ先輩は
どうやって後任に委ねるのでしょうか

過干渉が自立を妨げ
にぎることがバトン交代を遅らせます

リバイバルジャパンの4月15日号の
風知一筆では「神の国代表のバトンワークは?」
と題して
バトンゾーンをオーバーしないことと
かかせてもらいましたが
世代交代
人々に委ねること
弟子訓練において

いまパウロのこの箇所を読みながら
改めて考えさせられています。

パウロは
労苦し働きながらも
宣教し、弟子を育て
また教会をいくつも育ててきました。

「受けるより
 与える方が幸です」

私の育ったグループの教会は
多くのところでバトンワークをミスしました

宣教師から
次の牧師へ

それは悲惨です
弟子訓練ができないと
「牧師がいない」とずっと嘆きます

牧師の罪を指摘できない関係で
牧師が大きな罪を犯し
牧師だけがほされます

牧師がきては牧師を評価し
気にいらないと首をきります

しまいには
教会が閉じます

でなければ牧師と共依存で
成長しません

次の世代が育たず

いつか教会が死海化します

日本の教会全体はどうでしょうか?
私たちのグループみたいになってほしくありません

私は人材不足という事もあり
グル−プの多くの教会から声をかけてもらいましたが
実に祈らされました。

一部が栄え
多くが衰えの繰り返し
いつまでも負の繰り替えしたくありません
神様の日本教会全体への語りかけ
真摯に受け止めねばなりません

霊的にも
物理的にも
受けるよりも与える方が幸いだという事を
今日も実践していきたいものです

世界宣教は
イエスキリストの御言葉に
まっすぐに従う結果
当然ともなってくるものです

イエスとの愛のコラボレーション
いかがですか?
イエスと親密な交わりありますか?
霊的な子供が
ますます生まれてきますように!!

エジンバラ世界宣教会議まであと29日

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月13日

全国のキリストの家族へ

神はパウロの手によって
驚くべき奇跡を行われた。

パウロの身につけている手ぬぐいや
前掛けをはずして病人にあてると
その病気は去り
悪霊は出て行った。

ところが
諸国を巡回している
ユダヤ人の魔よけ祈祷師の
中のある者たちも
ためしに
悪霊につかれている者に向かって
主イエスの御名をとなえ
「パウロの宣べ伝えている
 イエスによって
 お前たちに命じる」
と言ってみた。

そういうことをしたのは
ユダヤの祭司長スケワという
七人の息子たちであった。

すると悪霊が答えて
「自分はイエスを知っているし
 パウロもよく知っている。
 けれど、おまえたちは何者だ」
と言った。

っして悪霊につかれている人は
彼らに飛びかかり
二人の者をおさえつけて
みなを打ち負かしたので
彼らは裸にされ
傷をおってその家を逃げ出した。

そのことが
エペソに住むユダヤ人とギリシャ人の
全部に知れ渡ったので
みな恐れを感じて
主イエスの御名をあがめるようになった。

そして
信仰に入った人たちの中から
多くの者がやって来て
自分たちのしていることをさらけ出して
告白した。

また魔術を行っていた多くの者が
その書物をかかえて来て
みなの前で焼き捨てた。
その値段を合計してみると
銀貨五万枚になった。

こうして主の言葉は
驚く程広まり
ますます力強くなっていった。使徒行伝19章11〜20節

パウロ大先輩
魂の収穫入れ食い状態が始まりました。

聖霊の満たされ具合はアメイジングで
前掛けでも癒されます

わお!です。
このパウロのマネをしている人を見た事がありますが
まぁ、マニュアルじゃないので
気をつけたいものです。

癒すのは神様ご自身ですからね。

そして
ここでイエスの御名を使って
悪霊を追い出す事で非常に学ぶべき事があります

スケワ一家
霊的下心丸出し事件勃発です

彼らはイエスキリストの栄光ではなく
神の力を使って
自分たちが栄光を受けたいと言う
下心が丸見えの事件です

神を騙せないのはもちろんですが
悪霊にまで
あんたはだれだといわれる
完全なコントです

こんなこと私たちもするんでしょうか

悪霊も分かっていないのに
呪文みたいにイエスの名前を
悪霊追い出しで連呼するシーン

ヤバいです
気をつけないとです

霊の見分けの賜物とありますが
分からない事を分からないで
しない事です

悪魔が喧嘩うっていないのに
自分から悪魔に喧嘩をうって
痛い目にあうシーン

それはやくざが
気質の人に全然喧嘩をうっていないのに
こちらが
力試しで喧嘩をうるのと似ています

駄目です

スケワの大失敗で
かえって
パウロがイエスキリストによって
していることが証明され
町中に広がります


イエスに対する恐れ
とても大事です

今の世の中
神を恐れていない事が
1番の罪です

そのことが
御霊によって今日も示されますように!!

エジンバラ世界宣教会議まであと30日

ボランティアがまだまだ必要です。
示される人はお知らせください。

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

ネッコワーク
フットワーク
チームワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月12日

全国のキリストの家族へ

イカピーです。

しかし
彼らが反抗して暴言を吐いたので
パウロは着物を振り払って
「あなたがたの血は
 あなたがたの頭上に振りかかれ
 私には責任がない。
 今から異邦人のほうにいく。」
 と言った。

そして
そこを去って神を敬うテテオ・ユスト
と言う人の家に言った。

その家は会堂の隣であった。

会堂管理者のクリスポは
一家をあげて主を信じた。
また、多くのコリント人も聞いて信じ
バプテスマを受けた。

ある夜
主は幻によってパウロに
「恐れないで
 かたり続けなさい。
 黙ってはいけない。
 私があなたとともにいるのだ。
 だれもあなたを襲って
 危害を加える者はない。
 この町には
 私の民がたくさんいるから」
と言われた。
そこでパウロは
1年半ここに腰を据えて
彼らの間で神のことばを教え続けた。

使徒行伝 18章6〜11節

恐るべし宣教師
使徒、伝道者、牧者、預言者、教師の
モデルであるパウロ先輩!

転んでもただでは起きないって
まさにこの人のための諺かって思わされます

天幕作りをしてでも
福音を伝え
御言葉を教えたパウロ

いつも
反抗する同胞が登場します

どんな暴言を吐かれたのでしょうか?
恐らく、ワールドカップフランス大会で
相手チームに暴言を吐かれ
思わず頭突きしてしまった
温厚なフランス代表キャプテンのジダン級
だったことは間違い(笑)ありません

パウロはおもろい!
この人
天然のアホか
皮肉の天才か
ただのいじけボーヤか
ヘブンリースーパーサイヤ人か!

パウロはかなりの強い口調で
同胞から異邦人のところへいくと
言葉を発して

たどり着いたのは
テテオユストの家
つまりユダヤ人会堂の隣

??

随分遠くへいくかと思いきや
隣で教会開拓

恐るべしパウロです

「羊泥棒」なんて流行語もできた
日本でこんなんされたら
大使徒パウロも誤解されるでしょうね。

しかも
夢の中で主イエスがパウロに恐れずに
「やれ!」「続けろ!」と太鼓判を押します。
パウロもさすがにユダヤ人会堂の隣の家を
拠点に宣教していた事に
遠慮や躊躇があったのでしょうか

神のなさることは不思議なので
私たちの判断で人を裁くのは
気をつけたいものです

90%近くがクリスチャンとなった
ケニアに訪れた時
スラム街は教会だらけでした

トタンでできた教会が
大げさではなく
20メートルおきに存在していました

まるで日本の自動販売機の一台平均の
設置間隔メートル数です

そんなケニアの状況をみて
いつかの日本をイメージしました

こんな日が日本に来て欲しいなって

20メートルおきに教会となると
もう、どこのなにがしの教会なんて
どうでもいい区別でした

自分にとって
行きやすいとか
近いとか
もっと自由に礼拝スタイルを
選択できるのだろうなって思いました

日本でも世界でも
どんな形であれ
神の教会があちこちあちこちに
増え広がる事は幸せです

つまり
神の国が広がるわけですからね!
王の王イエスの支配が広がると思えば
とっても嬉しいです

教会は牧師やリーダーの城ではありません
イエスを頭とする
キリストの体です
ですから、現代的に言えば
キリストの超合金合体コミュニティです

パウロ先輩の自由さと
大胆さに見習いたいものです

その秘訣は
御言葉と主の御声に聞くことだったわけです

誰にでもできることなんですよね!

エジンバラ世界宣教会議まであと31日
ボランティアがまだまだ必要です。
示される人はお知らせください。

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたでも私でもありません
イエス様ご自身です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

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フットワーク
チームワーク
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今日も大事に!

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イカピーより

2010年04月12日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月11日

全国のキリストの家族へ

イカピーです

さて、アテネでふたりを
待っていたパウロは
町が偶像で一杯なのをみて
心に憤りを感じた。

そこでパウロは
会堂ではユダヤ人や神を敬う人達と論じ
広場では毎日そこに居合わせた人達と論じた。

エピクロス派とストア派の
哲学者たちも幾人かいて
パウロと論じあっていたが
その中のある者たちがは
「このおしゃべりは
 なにをいうつもりなのか」と言い
他の者たちは
「彼は外国人の神々を伝えているらしい」と言った。
パウロがイエスと復活を宣べ伝えたからである。

使徒行伝17章16〜18節

奇跡的なことが続いてきて
17章で若干リズムが変わるなと思うのは
私だけではないと思います

パウロたちの命を狙う
同胞たちに足を引っ張られながら
前に前に進みます

パウロの足は
どうも弾力性があったようです
素材はゴム
パウロの福音を運ぶ足は
ひっぱられると
引っ張られた分だけ
遠くに
また多くの人達に福音を運ぶ
エネルギーに変えられていたようです

さてさて、中川健一氏も
日本人は聖書の学びがとてもあうと
言っていますが
ベレヤの人達も
似ていたのでしょうか?

毎日聖書を調べ
多くの人がイエス様を信じます

ベレヤでまた足をひっぱられ
そのひっぱられたパチンコのゴムは
アテネに送り届けるだけの力だったみたいです

神のパチンコ大作戦

福音は迫害と言う
ゴムで更にパワーが増す!

私たちと言うパチンコ玉は
キリストの方向づけで
福音を届けるべき場所に
運ばれるのでしょう

アテネで偶像をみて
パウロは憤ります

そして
論じて福音を伝えます

聖書を良く読むと
面白いですね

パウロの手紙は重々しくて立派だけど
実際に会うとそうでもないと言われたのに

彼のはなしぶりはなっていないと言われましたよね

でも
ここアテネでは
「このおしゃべり!」と言われる程に
どうも様子が違います。

雄弁家のパウロも
ユテコ殺人未遂事件では「冷や汗を」かきましたから
礼拝で教会のメンバーが寝ていても
牧師たちはあまり「汗らない」で良さそうですね
しかし賜物は磨いて行くのいいでしょう

パウロは
力の伝道
聖書研究
路傍伝道

色んな方法を臨機応変に
神様の声を聞きながら
従って行ったようです

百戦錬磨のパウロが
コリントの手紙で分かりますように
アテネ宣教でのあとに
へこんでいる様子がうかがえます

あのパウロ大先輩もへこみます

そして
いろんな小細工をして
結局イエスキリストの十字架と
復活しか語らない!と思わされたのです

いずれにしても
この世界にある唯一の
救いの御名はイエスキリストだけです

まだこの主イエスを知らない民が
溢れています

21世紀の福音宣教ローラー作戦は
いよいよ始まっています

世界の人口の3分の1と言われる
クリスチャンが手を取り合いながら
愛に根ざして福音を伝えるならば

きっと・・・

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたではありません
イエス様です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

エジンバラ世界宣教会議まであと32日

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イカピーより

2010年04月10日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月10日

全国のキリストにある家族へ
(今回初めてメールをお送りする方もいます。
 教会共にお祈りくださいましたら感謝です。)

イカピー(五十嵐義隆)です

真夜中ごろ
パウロとシラスが神に祈りつつ
賛美の歌を歌っていると
他の囚人たちも
聞き入っていた

ところが突然
大地震が起こって
獄舎の土台が揺れ動き
たちまちとびらが全部あいて
みなの鎖が解けてしまった

目を覚ました看守は
見ると、牢の扉があいているので
囚人たちが逃げてしまった者と思い
剣を抜いて自殺しようとした

そこでパウロは
大声で
「自害してはいけない
 私たちはみなここにいる」と叫んだ

看守はあかりを取り
駆け込んで来て
パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏した

そして
二人を外に連れ出して
「先生方
 救われるためには
 何をしなければなりませんか」と言った
 
二人は「主イエスを信じなさい
あなたもあなたの家族も
救われます」と言った

使徒行伝16章25〜31節

さてさて
バルナバ先輩と別行動になり
シラスを連れてまた旅に出るパウロ先輩

更に評判の良い
テモテと出会います

占いで金儲けしていた経営陣が
パウロたちを捕まえて訴えます

上手い言葉を使って
役人たちに彼らは送られます

さて
ペテロは教会の仲間の
すっとこどっこいな感じの対応で
牢獄から出て門を叩いても
すぐに家に入れてもらえないと言う
吉本興行ばりのコントをかましますが
いずれにしても
一人だったペテロに
教会のみんなのとりなしの祈りが神の手を動かし
一件落着です

パウロとシラスは
この苦しいシーンを
どう乗り切るか?
「祈りと賛美」が目に留まります

主が働いたのはもちろんですが
パウロかシラスが、ゆずみたいにハモって
はたまたユニゾンで歌ったか
定かではございませんが
明らかなのはパウロがボイスパーカッション
していなかったことです
(どっちでもええわ!)

囚人が聞き入る程に
彼らの賛美の中に主イエスが共にいたようです

祈りと賛美は
大地震をもたらし
看守が救いに導かれます

自殺しようとする
看守をパウロは大声でとめます!!

待って!
私たちはここいる!

全然状況は違いますが
こんな救いを日本でも期待します

いま日本で自殺する3万人の人達に
はたまた、自殺しようかと考える人達に

私たち教会は大声で
「ちょっと待って!!!」と叫び

私たちはここにいるよと
神の愛を実践する愛の共同体
イエスキリストの教会が
全国各地、世界各地にあることを
知らせたいです

昨日のメールで紹介しましたが
福島市のある教会は
伝道集会のために
目標福島市全11万世帯のうち
8万世帯(現在)にいま伝道を展開し
100人以上がレスポンスしているということで
私は自分たちに与えられた確信にとどまって
伝道しているその教会の姿に慰められました

深みに漕ぎ出して
網を投げなさい

自分たちの今での経験に頼らず
能力によらず
権勢によらず
主イエスの霊
聖霊によって

福音を大胆に伝えて行けたらと思います

諦めた場所に
いままで駄目だと思っていた場所に

もう一度網を投げてみましょう

面白いYouTube映像を
仲間に教えてもらいました
http://www.youtube.com/watch?v=6dGj-xK1cJo&feature=player_embedded

駅前で祈られて癒されている場面です

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛、真理、命
すなわち
イエス様を待っています

あなたではありません
イエス様です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は
あなたの隣人、自分の地域からすでに始まっています!

エジンバラ世界宣教会議まであと33日

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イカピーより

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月9日

全国のキリストの家族へ

預言者たちの言葉も
これと一致しており
それにはこう書いています。

「この後
 私は帰って来て
 倒れたダビデの幕屋を立て直す。

 すなわち
 廃墟と化した幕屋を立て直し
 それを元どおりにする。

 それは残った人々
 すなわち
 私の名で呼ばれる異邦人がみな
 主を求めるようになるためである。

 大昔からこれらのことを
 知らせておられる主がこう言われる。」

 そこで私の判断では
 神に立ち返る異邦人を
 悩ませてはいけません。
 
 使徒行伝 15章16〜19節
 アモス書 9章11、12節

さてさて
パウロとバルナバの
神の国代表ツートップの
怒濤の攻撃も

一旦守備に入ります

どうやら
救われる異邦人に割礼を強制する
律法主義信者の登場です

バルナバ、パウロとの
間に激しい対立が生じました

宣教旅行一時小休止です

母教会に向きを変えます

いわゆるエルサレム会議と言われる
会議に参加するため
パウロたちは戻ったのです

ここ
教会のリーダーたちにはとても大事な
模範です

外に出ていても
教会にパン種が入ろうとしているなら
即座に対応しなければならないのです

直です

アナニヤとサッピラ事件も
ほっておいたら
教会は金銭問題ですぐに駄目でになっていたでしょう

友人の牧師が
この箇所を読んで
これを神がそのままにしていたら
教会は100年で駄目になったかもしれないねと
言っていました

本当にそうです

さて
ヤコブは異邦人のために
召されていたので
アモスの預言を用いて
会議で勧めをします

今日の箇所は
今の日本の
世界の教会にもレッスンです

イエスが
倒れたダビデの幕屋を立て直します
それは
廃墟になった幕屋を立て直し
それを元通りにするのですが

それは
残った人々すなわち異邦人が
みな主を求めるようになるためである

さぁ、みなさん
いまの自分の所属している教会を
じっくり見てみましょう

教会に
ノンクリスチャン
未信者
異邦人にあたる方々は
どんどん来ていますか?

来ていないとしたら
来させていない原因は見いだせませんか?

教会の土台は大丈夫ですか?
愛と信仰に根ざしていますか?

イエスキリストに聞いていますか?

牧師の一人よがりになっていませんか?

チームプレイしていますか?

愛しあっていますか?

愛をそとで実践していますか?

教会に何か問題があるのなら
外のことはおいておいて
すぐに、とりかかるべきです

解れた網を直しましょう
破れた網を繕いましょう

それは神の家族の一致です

祈りと信仰の一致です

祈りと御言葉なしに
イエス中心にする事なしに
教会の再建はないのです

日本の全ての教会は
いまチェックしましょう!
チェックできるなら救いは
どんどん起きるはずです

昨日は、福島市のある教会に
訪問しました

突然となりの晩ご飯のような
突撃訪問でした

イエス様の再臨の準備のお手伝いです
冗談です

さて
昨日、福島市のある教会が
立ち上がっていました
福島市11万世帯(34、5万人)に
教会員全体で立ち上がり
癒しと伝道集会のチラシを配りにいっていました
この火をつけたのは
新聞配達をしている教会員の
朝の配達の時のひらめきです
一人の人の行動が教会全体を動かしたのです!
ハレルヤ!

こんなの昔やったじゃんとか
思っているようでは神をみくびっています
神をみくびるのを完全に放棄しましょう

昔やってだめだったやり方
だめな漁場も

イエスがやれ!と命じるなら
従って見るべきです
必ず大漁が見込めます
信じられませんか?
不信仰が癒されますように

もうすでに100人が電話して来ているそうです

これは、教会にとって初めての癒しの集会だそうです

かなり活発な教会なのですが
初めての試みを今年挑戦されています

ハレルヤ!
時は熟しています
目の前に黄金色の収穫されるべき稲穂が
待ちわびているのが見えますか?

人々は愛と命を真理
すなわち
イエス様を待っています

あなたではありません
イエス様です

さぁ、今日も立ち上がり出て行きましょう!
使徒行伝はいまも続いていますよ!!
世界宣教は自分の地域から!

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イカピーより

2010年04月08日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなし 4月8日

全国のキリストの家族へ

ところが
アンテオケとイコニオムから
ユダヤ人たちが来て
群衆を抱き込み
パウロを石打にし
死んだものと思って
町の外に引きずり出した。

しかし
弟子たちがパウロを取り囲んでいると
彼は立ち上がって
町に入って行った。

その翌日
彼はバルナバとともに
デルベに向かった。

彼らはその町で
福音を宣べ
多くの人を弟子としてから
スルテラとイコニオムとアンテオケにひきかえして
弟子たちの心を強め
この信仰をにしっかりとどまるように勧め
「私たちが神の国に入るには
 多くの苦しみを経なければならない」と言った。

また
彼らのために教会ごとに長老たちを選び
断食して祈って後
彼らをその信じていた主に委ねた。

使徒行伝 14章19〜23節

さてさて
パウロとバルナバの旅は続きます

そして迫害も後を追いかけます

とうとうパウロは石打で殺されかけます

撒いた種は刈り取るという事ですが
パウロもステパノを殺す事に賛同し
その現場に立ち合っていたわけでした

そしてパウロも
石打にされステパノの気持ちを初めて味わいます

イエス様の言葉が響き渡ります
「私のために苦しまなければならない」

私たちはとんでもない苦しみにあう時に
気づくのです

あ!イエス様が十字架にかかった苦しみを
少しでも味わう事ができている!

山上の垂訓が
リフレインします
松任谷由実の歌ではありません

そういえば
僕の友人は
松任谷由実の「守ってあげたい」を
原田知世のカバーバージョンを
歌っていて
聖霊に触れられたそうです

神様はなんでもできます

さて
使徒たちの宣教のプロセスに注目です

宣教して
弟子として
十字架を背負う事を教え
長老たちを選び
そして主に委ねます

たった21〜23節の中に
全てが書かれています

「教会ごと」ですから
短期間でキリスト者の群れが
いくつかできたのでしょう

ですから
私たちは日本宣教において
まったく遠慮する事はいりません!!

パウロとバルナバができたのですから
私たちにもできるという励ましです

パウロだから
バルナバだからできたのではありません

イエス様を信頼し
イエス様の言葉に従うなら
誰でも
聖霊の力によってできるのです

私は
牧師じゃない
宣教師じゃない
伝道者じゃない
預言者じゃない
使徒じゃない

今までのワンパターン化されてきた
教会観から解放されましょう

偏った働き人観から
解き放たれる必要があります

改めて
使徒行伝でこんなにも実が結ばれるのか
考えたいです

何より神様のタイミングです
そりゃそうです

しかし
大事なことは
イエス様が弟子たちと約3年
ずっと愛を実践したその実です

目に見える働きより
目に見えない働き

植物で言う根っこの部分は
ほとんど見えません

でも根っこが弱ければ
途端に駄目になります

教会が強くなるには
見えないところの働きです

祈り
デボーション

神様との二人だけの関係

個人の根をしっかりはり
そしてチームでまた根っこをからませあっていく
そしてそれが更に深く深くへ

「ネッコワーク」です

エジンバラ世界宣教会議まであと35日

リーダーに必要な要素と言われる
ネットワーク
フットワーク
チームワーク

そして新しくネッコワーク
覚えて帰ってもらえるだけでも幸です

http://tokyo2010.jpn.org/

http://revivaljapantimes.com/

イカピー


2010年04月07日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなしメール 4月7日

全国のキリストの家族へ

ですから
預言者に言われているような事が
あなたがたの上に起こらないように
気をつけなさい。

「見よ。
 あざける者たち。
 驚け。
 そして滅びよ。
 わたしはおまえたちの時代に
 一つのことをする。

 それは
 おまえたちに
 どんなに説明しても
 とうてい信じられない程のことである。」

 二人が会堂を出る時
 人々は次の安息日にも
 同じ事について
 話してくれるように頼んだ。 

使徒行伝13章41、42節

アナニヤに続いて
パウロを受け入れたバルナバ

この二人の宣教旅行が始まります。

パウロは
愛をもって真理を語るメッセンジャーでした

イエス様もそうでしたが
福音書を読むと
なよなよした姿などありません
いまでいう草食系男子のようでは
なかったと私は思っています

現代の男よ!
イエスをみならえ! by イカピー

さて
このパウロのメッセージのくくり
口調は厳しいです。

日本で君は愛されるため生まれたが流行った
あの頃が懐かしく思える程

キリストを拒む者に厳しいです

二人の親になり学んでいる事は
愛は優しさと厳しさの二つあってこそだということです

特に子供が愛おしいからこそ
しつけ、厳しさが
将来の息子、娘の自立のために
大切だなと思わされます

さて
イエスが終わりの日に
果たして信仰が見られるだろうかと言われた
言葉をしっかり受け止めなければなりません

たとえ教会に人が増えても
人々がイエスキリストを本当に信頼しているか
そこはまた別のことです

イエスが神の国をたとえで
何度も説明しました

厳しいです

私たちは終わりの日に神の前に立たされるのですから
今から神様との関係をしっかりと
見つめ直さなければ
誰でも予想とは反対の評価を天で
受ける事になりえるのです

パウロは
厳しい

「滅びよ」と言いました

滅びよ?
財津一郎の言葉を借りれば
「非っ常にきびし〜ッ↑!!」

いやぁ、厳しいです

いまは恵みの時代ですが
神の憐れみのない最終の裁きがくる前に
私たちは背筋を正し
悔い改めていかなければなりません

イエスキリストの十字架を知らない者は
裁かれます

これが真実です

最終の裁きの前に
私たち教会は
自分からその身をまずは正し
その悔い改めの実を結んで行かなければなりません

そして神の教会は
地域の防腐剤となり
また光となり
救いの船にならなければなりません

福音を薄める必要はありません

キリストの愛のドリンク
それは「十字架の福音」味です

賞味期限はありません
消費期限もありません

ただ最終審判のまえに
飲む必要があります

神の愛100%の
原液をまわりの人達に
今日もまた届けましょう!!

配達人の仲間たち!
まわりにまだドリンクを持っていない人は
見当たりませんか?

エジンバラ世界宣教会議まであと36日

私も受け取ります
「滅びもあるが
 この時代に一つのことをする。
 それはお前たちにどんなに説明しても
 とうてい信じられないほどのことだ!!」
 
主イエスよ受け取ります
アーメン

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

2010年04月06日

エジンバラ世界宣教会議のための とりなしメール文章

全国のキリストの家族へ

ところが
ペテロの声だと分かると
喜びのあまり門をあけもしないで
奥へかけこみ、ペテロが門の外に
立っていることをみなに知らせた。

彼らは
「あなたは本当に気が狂っているのだ」と
言ったが、彼女は本当だと言いはった。

そこで彼らは
「それは彼の御使いだ」と言っていた。

しかし
ペテロは叩き続けていた。
彼らが門をあけると
そこにペテロがいたので
非常に驚いた。  使徒行伝12章14〜16節

いやー
何回読んでも「おもろい」光景です。

牢に入れられているペテロのために
みんなで必死に祈っていました

ここで注目!!
5節で「教会」は祈っていたと
表現されています
教会が「建物」をささないことが
良くわかりますよね

ここで教会が祈っていたと言って
建物が祈っていたらある意味大爆笑です

キン肉マンのサンシャインか!と
ツッコミたくなるところです。

さぁ
祈ったことはなんでもかなえられると
信じますか?
信じていますか?

イエス様に教えられていたであろう
祈りとその実現すること

祈りは願い事を叶えることではありません
ほとんどそうやって願い事ばかり祈りやすいです

でも
祈りとは
天のお父さんと会話することですから
自分の心と天のお父さんの心に
ずれがないか確認することであります

ですから
御心にかなう祈りはなんでも実現します

さて
そんなことを知っていたはずの
キリストラブピクルス人の群れ

ペテロを助けて欲しいと神様と会話していたはずです
それが神様も同じ思いだと思ったからには
神がペテロを助けないはずありません
ペテロだって祈ったいたはずです

祈っていると
門がたたかれます
ペテロの声です

喜びのあまり
ロダは門をあけずに
仲間たちのもとへ駆け寄ります

思い浮かべて下さい
この間、ペテロは門を開けられないで
ずっと叩いています

「叩きなさいそうすれば開かれます!」
を実践し続けるペテロ

このロダは普段どんな人だったんでしょうか?
霊的なことばかり言って信用されていなかったのでしょうか?
それとも祈っていた人達が不信仰だったのでしょうか?
それとも、この教会の人達にとって
初めての経験だったので受け止められなかったのでしょうか?

色々と思いが巡ります。
いずれにしても
ロダは疑われます。

ロダは狂ったと思われ
ある人はペテロではなくペテロの御使いだと言います

ここで思い出すのが
こんな御言葉です
「なにごともはやまった裁きをしてはならない」

自分たちの今までの経験に頼って
判断すると実に滑稽な歯車のずれを生み出すのでしょうね

僕はここで笑みがこぼれます
教会のみんながどうでも良いやり取りをしている間
復活の主イエスに会って変えられたペテロは
教会のメンバーを裁かずに
ただひたすら
イエスの言葉に従って
門を叩き続けている姿

叩きなさいそうすれば
開かれます!

あ!このことだったのか!とペテロ先輩のつぶやき

いまの私たちは誰のようでしょうか?

ペテロ先輩?
祈りの答えだと察知し行動したロダ?
信じようとしない教会の人達?

エジンバラ世界宣教会議まであと37日

異邦人宣教の先輩ペテロ
彼はパウロ先輩と共に
世界宣教をひたすら実践した良きモデルです

いまこそ
変えられたペテロ先輩のようになりたいものです

http://tokyo2010.jpn.org/

イカピーより

2010年04月03日

リバイバルジャパンを覚えて祈って下さい!祈りましょう!

revivaljapan.jpg

画像の確認

リバイバルジャパンタイムズスタート!!

これはリバイバルジャパンがとり上げて来た記事を
ブロガーでお馴染みのツトムが
翻訳チームをつくり
世界に日本の宣教の現場の声を知ってもらい
祈ってもらおうということでスタートしました!!
お祈りください。

Revival Japan Times

そして
英語版を
永久保存版として雑誌にする企画も進んでおります。
エジンバラ世界宣教会議に参加する
世界中の宣教師の方々に
日本を覚えて祈るために手
元に一冊置いてもらいたいと言う願いがあります。
4月中に完成を目指しています。
ツトムが同じくディレクターをやってくれています。
どうぞツトムチームのために
お祈りください!!
宜しくお願いします。

また、3月15日号から
私も「風知一筆」を書かせてもらっています。
最新号4月15日号で二回目です。
「神の国代表のバトンワークとは?」と題して
書かせてもらいました。

新世代の声を
毎月発信させてもらえること本当に感謝です。

どうか皆様まだの方は
日本のメディア宣教を支えるという意味でも
定期購読をよろしくお願いします。

半年で5300円
1年で10500円
2年で20000円

いまイカピープロデュースで
若者向けに
デジタル版で
雑誌では読めない内容を
リバイバルジャパンのサイトで
発信できないかと祈っております。

300万円の必要があります。
どうかお祈りください。

こちらは
10代、20代、30代の
インターネット世代
また携帯世代
デジタル世代に情報を届け
福音を届けるために必要だと思っております。

どうか、祈りとサポートで支えて下さい。

振り込み口座はこちらです

振込口座:東京三菱UFJ銀行 日野豊田支店
     口座番号:普通 0541206
     口座名義:合資会社リバイバル新聞社

また
リバイバルジャパンの引き続き投資者も募集しています

一口10万円で
いま1000万円を目標にしています

リバイバルジャパンは
記者宣教師というビジョンを持っているのです。

新生代の雇用を生み出す場所としても用いられますようにどうぞ
お祈りください。

リバイバルジャパン公式サイトの入り口はこちらから!

定期購読はこちらから!!

トライアルキャンペーンはこちら!!一冊無料でプレゼント中!!

エジンバラ世界宣教会議のとりなしメールの内容です

全国のキリストの家族へ

しかし
アナニヤはこう答えた。
「主よ。私は多くの人々から
 この人がエルサレムであなたの聖徒たちに
 どんなにひどいことをしたかを聞きました。

 彼はここでも
 あなたの御名を呼ぶ者達をみな
 捕縛する権限を祭司長たちから
 授けられているのです。」

しかし、主はこう言われた。
「行きなさい。
 あの人は私の名を
 異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ
 私の選びの器です。
 
 彼がどんなに苦しまなければならないかを
 私は彼に示すつもりです。」

そこでアナニヤはサウロの
上に手を置いてこう言った。

「兄弟サウロ。
 あなたが来る途中でお現れになった主イエスが
 私を遣わされました。

 あなたが再び見えるようになり
 聖霊に満たされるためです。」

するとただちにサウロの目から
うろこのようなものが落ちて
目が見えるようになった。
彼は、立ち上がって
バプテスマを受け
食事をして元気づいた。
サウロは数日の間
ダマスコの弟子たちと共にいた。 使徒行伝9章13〜19節

なんと興奮する出来事でしょうか
いまメールを打ちながら
自分の霊が興奮しているのが分かります。
武者震いです。

素晴らしいです。
アナニヤ

最新号の「リバイバルジャパン」の
風知一筆で「神の国代表のバトンワークは?」と題して
神様に示されている一言を
書かせて頂きました。

世代交代
バトンワーク
自分の働きに誰かと比較せずに感謝すること
を示されたのです。

新約聖書の半分近くを
自分の手紙が採用されることになった
使徒の中の使徒

しかし
手紙は重々しくても
実際に会うとそうでもないと
当時のクリスチャンたちから突っ込みがあったと
パウロの手紙の告白で見当たりますね

イエスの次に
世界宣教の礎の大きな部分を担った
パウロ

クリスチャンを迫害し
牢屋に送り込み
命さえ奪っていたとおもわれます

誰もが恐れるパウロが
変えられて行くシーンに
大きく用いられた器

アナニヤ

パウロもそうですが
アナニヤが主イエスの語りかけに
忠実でなかったら
このバトンワークはかなり遅れたでしょう
もしもアナニヤがパウロより俺が用いられたい!とか

もしも
アナニヤが
パウロにバトンを渡したくないと思い
御声を無視し
自分で走り続けていたら
一体どうなっていたのでしょうか

あまりにも当然のようにアナニヤが
主の声に従いましたが

私たちが同じ立場だったら
素直に同じことができたでしょうか?

もちろん
アナニヤは主イエスに一回断ります

そしてイエスは言います。
「行け」

神の計画に従うこと
神の声に聞き従うこと

各自に任されている大事な大事な務めです

キリスト教史を聖書学校時代学んで
ルターの活躍のところにさしかかったとき
彼にスポットライトが浴びる所で
そこで、私は背後にどれだけの多くの人の
祈りの手があったか知りなさいと神様に示されました。

パウロの裏にいたアナニヤ
彼の信仰生活など殆ど分かりません。

ただ一瞬
彼が使徒行伝に記される程
夜空の遠くでぽつんと輝く流れ星のように
輝きました

その輝きが
他の星の存在を示したのです
あそこにもっと輝く星がある

私たちはアナニヤの姿勢をいまこそ学ぶべきです

神が選ぼうとしている
また用いようとしている器の
過去を見ては行けません

過去だけにとらわれはいけません

神がどのようにその人を用いるかを
見なければなりません

どのように変えて下さるかに
期待しなければなりません

そして
なにより
その神のなさることに従える
耳と心と従順を持てるように
自分を変えてもらわなければなりません

目からウロコ
パウロの目からウロコが取れて
いままでの聖書の読み方が変わったのです

わたしたちは毎日
御言葉に対し
覆っているウロコをとってもらう必要があります

エジンバラ世界宣教会議まであと40日

私たちのまわりに
将来の世界宣教を担って行く
日本のパウロたちがまだまだ眠っているはずです

まさか、あいつが!
なんて思ってしまうような
その人が神様に呼ばれているかもしれません。

そんな感じをしてしまうなら
そのことを神様に祈ってみましょう!!

イカピーより

2010年03月28日

心のごはん 65  シリーズ  ヨエル書

あなたがたは

イスラエルの真ん中にわたしがいることを知り

わたしがあなたがたの神、主であり

ほかにはいないことを知る。

わたしの民は永遠に恥を見ることはない。ヨエル書2章27節

この聖書の箇所で

私が最も励まされるフレーズだ

「永遠に恥をみることはない」

そこに

大事な言葉がつながっている

「私の民は・・」

この世界には二つの神がある

人間を作った神(God)と

人間が作った神(gods)だ

神様はただ一人だけ

それが聖書の神髄だ

神はただ一人なのに

人間がそれぞれの欲望を神に

また経験を神に

またはある人が神になっちゃったので

色んな神ができて

人間は争いに争いをかさねてしまう

神は愛

それが聖書の1番大事な部分だ

神が愛ならば

その愛は必ず

感じられるはずだ

神は

愛を行動で示した

十字架にかかったイエスキリスト

私たちの恥を一手に負ってくれた

私たちの誰にも言えないような恥

過去の失敗

顔に手をあてて覆いたくなるようなことを

キリストが変わりに

人々の罪を背負って

恥ずかしい思いをしてくれた

だから

その私たちが人前で受けるべき恥を

全て

神であるイエスが引き受けてくれたので

僕たちは

もうそれ以上の恥を受けることはないのだ

イエスが自分の恥を変わりに受けてくれたと

知って

それを受け入れる者は

決して

永遠に恥をかくことはない

永遠の恥とは

人類が神の前に立たされる時

隠れていた罪を

公の前で暴露されることだ

あいつは

実はあんなことしてたんだ

過去の失敗を全て

消しゴムのように消してくれる

イエスキリストの十字架の愛

それは

私たちを恐れのない

裸の姿に変えてくれる

人の評価が恐くなくなり

本当に全てを見ている神の評価だけが

大事なことになる

だから

罪を赦してくれる神の前に

私たちは堂々と罪を告白できるのだ

すると

私たちはもう隠し事がなくなる

罪を告白する人生はなんと

楽だろうか

この開放感を味わった人は

分かる

イエスキリストを信じるものは

決して永遠に恥を見ることがないのだ!!

この約束に私はただただ感謝しているのです。


2010年03月25日

心のごはん 64  シリーズ  ホセア書

わたしは

誠実をよろこぶが

いけにえは喜ばない。

全焼のいけにえより

むしろ、神を知ることを喜ぶ。 ホセア 6章6節

いま政治家は

色んな法律を作ろとしてくれている

感謝なことだ

交通ルールも

法律も

そこには意味があって作られている

知っていますか?

僕の友人から聞いた話しですが

あの制限時速30キロという原付の法律ありますよね

ほとんど守っている人を見たことがないのですが

この法律を作った人の話しを聞かされ

なるほどと思いました

バイクの交通事故で親御さんをなくした方が

作られた法律だったのです

ルールには元々意味や理由があります

バイブルの中にたくさんある

旧約聖書の法律

文字っつらだけ読むと

なんだか分からなくて

ルールを守るだけの人生なんてやだ!

みたいな印象を受ける人はすくなくありません

旧約聖書で

神は人類に

いけにえを捧げることを勧めました

自分たちの罪を犯した場合に

動物が犠牲になることによって

命がとられる

だから、人は気をつけようってなるはずだった

ところが

動物さえ殺せば

また罪を犯してもいいやになるし

義務的にルールだけ守って

自己満足してしまうことは多々ある

この場所で言う神の願い

誠実さ

それは、神と真剣にコミュニケーションをとるなら

自然と生まれて来るだろう

そして

神を知ること

それは

知識や情報を指しているのではない

神の心

神の愛を

体験的に

人生で味わうということだ

生まれて来た意味

生きる目的

人生の方向性

孤独の埋め方

罪の赦し

死んだ後の自分の存在

神は

誰かがあなたに経験から教える

なんとなくずれているそんなアドバイスではなく

わお!

まさにそれ!

それ言いたかったんだ

ていう答えをくれます

神を知る

それは

大きな人生の転換になります


2010年03月12日

心のごはん 63  シリーズ  ダニエル書

そこで

ダニエルは王に答えた。

「王さま。永遠にいきられますように。

 私の神は御使いを送り

 獅子の口をふさいでくださったので

 獅子は私になんの害も加えませんでした。

 それは私に罪のないことが神の前に

 認められたからです。

 王よ。

 私はあなたにも、なにも悪い事をしていません。」ダニエル書6章21、22節

ダニエル

紀元前7世紀頃

イスラエルに伝説の預言者がいた

火の中に落とされても害を受けず

ライオンの檻の中に入れられても

死を味わう事がなかった

そんな話し信じられない

そう思う人もいなくもない

でも

神と共に生きていることは

いつも

非常識的な

また超自然的な

奇跡的な体験をすることがよくある

医学は進歩しているが

いまだに解明できない難病はいくつもある

かつては恐れられた癌も

いまじゃ初期に治療すれば

治せる病気になった

古い時代に

不可能なことが

いまでは可能になっていることが山ほどある

飛行機だって

きっと平安時代の人に見せれば

奇跡だと言うに違いない

でも

もはや奇跡ではない

奇跡とは

相対的な事でもなく

時代と共に変わる事でもない

神のしてくれることは

全て奇跡だ

いまだに研究を重ねても

一部しか分かっていない

奇跡の中の奇跡

体の中にある小宇宙

絶妙なバランスが

人の命を奇跡的に保つ

バイブルの中に

神にあっては不可能は一つもないという

ダニエルの話しは

そのよく分かりやすい事実の証拠だ

こないだ妻の実家いわき市で

末期ガンで余命ゼロと宣告された夫人が

奇跡的にガンが完全に消えた事を話してくれた

イエスキリストを信じていた女性だ

医者はもう残りの日はないと告げた

彼女はそれを鵜呑みにはしなかった

神にすがって

なんとかしてもらう

彼女は祈り始めた

しばらくして病院にいくと

末期ガンは完全になくなっていた

医者もこれは神様からの贈り物ですよと告げた

神はいまも生きている

それがバイブルのメッセージだ

神はそばにいて

愛をもって私たちを取り囲んでいる

死か命か

希望か絶望か

愛か無関心か

私たちの日々の生活に

いつだって選択肢がある

どんな時にも

あきらめなくていいよと

バイブルも

またバイブルの話しを体験した人達は

伝えたい

2010年03月08日

心のごはん 62  シリーズ  エゼキエル書

なんと

その谷間には非常に多くの骨があり

ひどく干からびていた

主は私に仰せられた

「人の子よ。

 これらの骨は生き返ることができようか。」

私は答えた。

「神、主よ。

 あなたがご存知です。」エゼキエル37章2、3節

エゼキエルという神の言葉を伝える人が

捕囚でぼろぼろになっている

自分の民、イスラエル人が生き返ることを

骨が神の息吹によって命を取り戻すという

そんな絵で見せられた

蘇る

死んだ人の蘇生はいくらでもある

バイブルでキリストが十字架で死んで復活した

死んだ人が生き返る

あるある

日本でも

1638年に天草四郎率いるキリシタン37000人が殺されて

今でも、長崎は島原の原城の土の下に

骨が山ほど埋まっている

掘り返せばいくらでも出てくる

2年前に

熊本は天草という地で

キリシタンの殉教からそのパッションとその本気の生き様を学びたくて

ゴスペルライブツアーに行った

殉教から370年記念

37000人の先輩から

エゼキエル37章と重ねて学ばせてもらった

死より大事なものってあるか

命よりも大事なものがあった

江戸幕府は

将軍よりも神を恐れるキリシタンを大層恐れた

なぜなら将軍でさえも聖書に照らし合わせて間違いについては間違いと考えるからだ

関ヶ原の戦いでプロの兵隊たちが8万対8万

どれだけ幕府が恐れていたか

その導入したプロの兵隊によって分かる

その数12万5000以上

江戸に時代が変わり

30年そこそこで国に脅威を与える程

他と生き様を異にする人達が日本にはいた

長崎の26聖人

天草の37000人の殉教

これでキリシタン撲滅運動は加速化した

鎖国

檀家制度

踏み絵

五人組

類族改めの令

天草には

今でもキリシタンとは無縁であることを証明する「しめ縄」が

家の扉の前に飾られていることが多い

見ざる聞かざる言わざる

キリシタン迫害についてそんな時もあった

妻の生まれ育った福島県いわきでは

キリシタンを告発すると年間の収入の半額

宣教師を告発すると一年分のお金がもらえた

そんな文書が出て来た

そりゃ、困っていれば誰でも利用するわな

そして、「村八分」

これもキリシタンに行われていた

葬儀と火事以外は彼らのコミュニティーと関係を持たないと言う意味

いじめの江戸バージョンだ

世界に類をみない大迫害を経験した

聖書の価値観と

それに生きた人々

勇敢に生きて殺される

まわりにしっかり「恐れ」というマインドコントロールは

江戸時代に大きく作られた

人の顔色を見て生きる日本人

明治維新で前後で入ったプロテスタントのキリスト教

経済や文化とともに入ったが

ペリーの来航は大砲とともに日本と言う閉じた心の少女を

無理矢理レイプしたと見る人さえいる

無理矢理欧米化された日本

そのために用いられた明治維新の志士達

時は経ち

またアメリカに戦争で負けた20世紀

今度はアメリカのキリスト教があたかも

聖書の文化みたいな時代に入った

戦争で負け

アメリカナイズされた日本

そりゃ戦争で勝った国は魅力的だった

しかし

江戸時代を上回る

聖書の影響力はいまだ見当たらない

なぜだろう

日本は

真理を握ると

殺されると言う徹底的な恐れが全国に染み渡り

いまでは宗教アレルギーがそれを更にコーティングする

人生をかけて

命をかけても

価値があるものを見いだしたことがあるだろうか

私たちは人生で一度死んだように思えても

真理を見いだすとき

また復活し

よみがえるのだ

ローマ帝国の迫害につぐと言われる程

隅には置いておけない

日本でおきたキリシタン迫害史

第二次世界大戦以後

戦いをしなくなった臆病な日本に

喝をいれてやろうと

メディアのみならず

日本にくる外国人達がいる

しかし

天草四郎達をはじめ

この勇士たちの存在を知った人達は

途端に日本への見方が変わる

武士道

日本の技術

世界に通じる日本文化があった

更に

日本が取り戻す文化は

自殺ではなく

人を助けるために命をかけるその生き様

すなわち人を命にあふれる人生に導く死に様だ

金ではなく真理を優先した先輩達のその数

いま草食系だとか

平和になったとか

金だけで行動しないと言われきた日本のありかたに

必ず何かを投げくれてくれることだろう

殉教者

その意味は「イエスキリストを生涯かけて伝える人達」

いま日本にはいったいどれだけいるのだろうか・・・

2010年03月07日

心のごはん 61  シリーズ 哀歌

主よ。ご覧下さい。

顧みてください。

あなたは誰に

このようなしうちをされたでしょうか。

女が自分の産んだ子

養い育てた幼子を食べて良いでしょうか。 哀歌 2章20節

信じられないような真実の描写

母親が飢えに困ってわが子を食べる

本当に嘆くべき現実

戦時中も

人を食べたと言う話もありますが

人が追い込まれるとき

人は信じられない行動にでる

長野県に入り

過疎化で悩むある市の市議会議員さんと話をしていたとき

お婆さんのお医者さんがやってきた

唐突に議員さんが

地元の哀しい現実を話して来た

女の子は以外と元気なんですよね

ん?

女の子が生まれると新聞に包んで殺していたんですよ

真顔で話す議員さん

あまりにも自然に話すから

もう随分昔の話かなと思いきや

お婆さんのお医者さんが若い頃

産婆をしていたころの話

そんなに昔の話じゃない

ホロコーストもそうだし

日本のキリシタンの殉教もそうだし

第二次世界大戦もそうだけど

人が殺されるのが

当たり前のようにされる時代がある

それって

人ごとだと思いますよね

自分には関係ないと・・

直接殺していないし

基本的にそうはあってほしくないも思ってる

日本の自殺ここ30数年2万人を越え続け

最近12年に限っては3万人を超え続けている

無縁死も3万人を数え

中絶の表の数は年間30万以上で裏の数字はその10倍と言われています

イスラエルで嘆きが起きましたが

実は

嘆きの現実がいまも起き続けています

臭いものには蓋をしろ

自分たちのまわりに起きた

または起きている現実はおいておいて

社会問題を批評するのは本当に簡単なことです

それでは

その簡単な方を選び続けたら

問題は更にエスカレートします

いまの悲劇を食い止めるために

大事なことは

自分のまわりに起きていることを

後回しにしないということでしょうか

隣人を自分のように愛する

逃げずに

ごまかさずに

勇気をもって向き合わないと

問題は更に加速します

なんでこんなことが

表面化するものに

必ず根があります

どんなに

地面から出ている草の一部分だけ抜いていても

根っこから取り除かないと

問題は繰り返される

人にはできないことも

神にはできるのです

自分の力で苦しむ

私たちに神は

帰っておいでと

待っているのです

2010年03月06日

心のごはん 60  シリーズ エレミヤ書

主は 遠くから現れた。

「永遠の愛をもって

 私はあなたを愛した。

 それゆえ、私は誠実を尽くし続けた。 エレミヤ31章3節」

神は永遠の愛で

私たちを愛している

とっても嬉しいことだ

もしも

私たちが

誰かを愛していて

ずっと一途に愛しているのに

裏切られたとして

あなたはどうするか

複数の異性と肉体関係をもち

都合の良い時だけ

あなたのところに困った、助けてくれと

戻って来る

そんな人を愛し続けられるだろうか

どうですか?

あなたは

愛する人に

裏切り行為をされて

何度

赦せますか

ここで登場するエレミヤという人

この時すでに

イスラエルはアッシリア帝国に捕囚で連れて行かれ

残りのイスラエル人たちもバビロンに捕囚される手前

イスラエル人を愛する神

その神を裏切り続ける人間たち

愛し合う関係を続けるとしたら

あなたは裏切りる人と正しい関係に戻るとすれば

どうしますか?

その人が自分の勝手に生きて

こちらの話も聞かず

要望も聞かず

しかも好き勝手に他の異性と遊んで

あなたはそれを諦めずに

その人とやっていけますか?

かなり難しいかも知れません

神の

私たち人間に対する愛はこんな感じです

自分の好きなように生きて

困った時だけ神様に頼む、祈る

そして

またすぐに自分の好きなまま生きる

神は

適当にされて

いいよいいよとなあなあにはしない

ちゃんと向き合って

罪の部分だけ

問うて来る

裏切り行為を

あなたはどうやって私に誠意をしめすか

神は

裏切りは喜んでくれない

悲しむ

でも

私たちのことを愛している

神は

一途に

誠実に愛してくれている

私たちは

よく神を裏切ります

都合のいい時だけ

神を必要とする

神が人の形として

すなわちイエスキリストがこの地上に来たのは

愛を形にするためだった

永遠の愛

なんだか良く分からない

愛は概念ではなく

行動になる

十字架にかかる前のキリスト

全ての人が

裏切った

見捨てた

良い時だけキリストを必要とし

自分たちの期待通りのことしてくれなくなったとき

全ての人が

見捨てた

それが

あの2000年前の十字架

永遠の愛

私たちにはよくわかりにくい

でも

十字架で

裏切る私たちに

「おまえらは結局そんなもんかい」とは言わなかった

「俺がこれだけしてやったのに」とも言わなかった

罵られても

罵り返さず

苦しめられも

脅すことをしなかった

それでも

「赦す」よと言ったのです

人は

それでも

愛され

赦されるとき

やっと人に対して

愛し

赦せるようになるのでしょう

2010年03月03日

心のごはん 59  シリーズ  イザヤ書

神である主の霊がわたしの上にある。

主はわたしに油を注ぎ

貧しい者に良い知らせを伝え

心の傷ついた者を癒すために

私をつかわされた。

捕われ人には解放を

囚人には釈放を告げ

主の恵みの年と

われわれの神の復讐の日を告げ

全ての悲しむ者を慰め

シオンの悲しむ者たちに

灰の代わりに頭の飾りを

悲しみの代わりに喜びの油を

憂いの心の代わりに賛美の外套を

つけさせるためである。

彼らは義の樫の木

栄光を現す主の植木と呼ばれよう イザヤ61章1〜3節

イザヤ書の主人公、預言者イザヤ

旧約聖書の預言者の中で最もほっておけない人だ

まさに、この人は

来るべき救い主

イエスキリストを語り続けた

キリストが地上にきたとき

何が起きるか

上に書いた通り

貧しい者は良い知らせを聞く

それは経済的な貧しさではない

マタイの福音書5章3節の心の貧しさである

すなわち霊の貧しさ

ここの心の貧しさについてはここをクリック!

自分の奥深い場所が

なんだか欠けている

その穴を埋めてくれる神の愛

心の傷ついた者を癒し

何かに捕われている人にはその依存状態から自由を与え

罪の中に苦しむ人に罪の奴隷状態から赦免されることを教える

イエスキリストの救いに導く愛は

同時に

全ての人が神の前に立たされることへの

間違いのない保証なのだ

この保証を得ていれば

堂々と神の前に胸をはって立てる

キリストと出会う人生は

このような大転換を経験する

キリストの弟子たちに始まり

この2000年間

キリストの愛に生き続け

この愛を伝え続けているクリスチャンたちはみな

人生のシフトチェンジを与えられた人達だ

こんな嬉しい情報

もしも知っちゃったら伝えないわけにいかない

2010年03月02日

Gospel Radio Station トークアップ!

トーク「バンクーバーの若者」

3月で丸6周年を迎え

4月から7周年目をスタートするこの番組

バンクーバーオリンピックで感じたことをテーマに

若者たちを応援したい意味でトークを展開しています

ラジオサイトトップ画面へ


2010年03月01日

熱いとりなし お願い します 伝道旅行チームのために

イカピーです。

今も生きておられる
イエス様の権威ある御名を賛美します。

韓国のオンヌリ教会も
使徒行伝「29章」と題しているように

復活の主イエスと出会った
キリストの弟子たちの活きた証は
2000年脈々と続いていますが

日本でも起きています!
ハレルヤ!!

さて、先ほど
あきる野の先輩牧師から
メールが入り

涙が出る程嬉しい知らせを聞きました。

詳細は改めてお知らせしますが
簡単にとりなしの内容をお送りします。

2009年の夏、火曜夜のタマリバ(若者の集会)に
自転車で走り急ぐ森田政志は、9台の暴走族のバイクを
ひょんなタイミングで追い越してしまった。
「なんかヤバイな。」予感は的中し、路地に追い詰められる。
「イエス様、どうするんですか!!」 すると伝道の言葉が口をついて出てきた。
すると全員が命を捨てた十字架のイエス様を泣きながら信じ受け入れてしまった。
2か月後、荷揚げの現場で声をかけてくる集団があった。
金髪は丸刈りの黒髪になり、彼らとは気付かなかった。
イエス様を信じた次の日曜日から礼拝に出席しているという。
新旧約聖書は全員2回読んだという。
先日また偶然の出会い。半年間の荷揚げで一人一人200万円貯めた。
彼ら独自のスタイルで全国に伝道に行く。
毎朝3時から6時までのデボーションで聖書は既に黒ずんでいた。
3月1日零時、「これから九州から全国に伝道に行く。」と電話連絡があった。
満月の深夜、十字架を背にした特攻服の青年たちが9台の旗付原チャで九州を目指して出発した。


何も情報も持たず
毎日毎日働いてお金をため
そして自分たちの生活をかけて
ただ、彼らは信仰で一歩踏み出しました。

後の者が先になるとは
まさにこのことです。
名も無き伝道者が用いられる時です。
主の尊い名前だけがあがめられます。

私たちは打算的に
色々考え安いですが

結局のところ
聖霊の御業
イエスキリストのシナリオにはかないません。

エルサレムに留まって
父の約束を待ちなさいと言われて
祈って待った
あのペンテコステの日

主に祈り
GOサインを受けたら
ただ、キリストに頼って
御霊によって信仰で進めます。

どうか、全国各地のみなさま
彼らの風貌で間違った判断をせず
助けが必要なとき
水一杯を差し出してあげてください。

また、宿が必要なら
宿を提供して下さい。

どうか
神の眼差しで
とりなし、キリストの体として
協力して下さい。

また若い彼らがサタンの攻撃から守られますように!

イカピーより

2010年02月28日

心のごはん 58  シリーズ 雅歌

大水もその愛を消すことができません。

洪水も押し流すことができません。

もし、人が愛を得ようとして

自分の財産をことごとく与えても

ただのさげすみしか得られません。 雅歌 8章7節

ソロモン王シリーズ

最後は

雅歌

とは?

もともとのヘブライ語の意味は

シリーム ハ シリーム

つまり、Song of Songs

歌の中の歌

そうです

究極の歌

それが雅歌

結局のところ

究極の歌って

そうです

冒頭のバイブルの言葉にもあったように

「愛」の歌です

世界中どこでも

ヒットソングの1番はラブソングです

愛の歌

みんな誰もが愛し

愛されたいんです

ゴスペルソングってありますよね?

あれ、神に対してまっすぐに歌っているものもあれば

間接的に神に歌っているから分からないものあります

日本に定着してしまったゴスペルソングのイメージと言えば

「天使にラブソングを」

つまり黒人のクワイヤースタイルやハモリバージョン

あまりにもこれがインパクト強いから

黒人霊歌=ゴスペルみたいな

偏見が日本で定着してしまいました

実は「赤とんぼ」でお馴染みの

三木露風

彼はクリスチャンで

最後の歌詞

「とまっているよ、竿(さお)の先」

これが十字架を表していると言われています

アメリカの建国が1776年

元々住んでいるネイティブの人にしたら

どうでもいい記念日ですが

日本ではとっくにゴスペルが歌われていました

だから

アメリカよりゴスペルは日本が古いのです

さて

雅歌とゴスペルは同じです

神様が

私たちをどんなに愛しているか

私たちがどんなに神様を慕っているか

男と女の愛の描写で学べます

世の中に蔓延するラブソングも

よく雅歌を読んで下さい

ロマンスの歌です

ロマンスを持つ矛先が

人間ならばただのラブソング

それが神様に向かっていれば

歌詞が直接であっても

間接であっても

ゴスペルなのです

すげー!

究極の歌

その究極の愛って??

人が友の為に命を捨てるほどこれほど

大きな愛はないとキリストは言いました

ここまでの本気の愛です

じゃあ、愛って?なんですか?

アガペーって知っていますか?

ギリシャ語で「神の愛」を言います

織田昭のギリシャ語小辞典(教文館)によると

アガペーとは

「主体的に積極的に尊重する愛」と説明します。

また、愛とは日本語で言い換えると「相手を大事にすること」です

だから

究極に人を大事にすれば

命をかけてでも守りたくなるわけです

夫婦

親子

恋人

誰でもできちゃいます

でもそれができなくなっている世の中なので

実にさみしい時代になって来たわけです

聖書には

完全な愛は恐れがないって書いてあります

完全な愛って?

それは

神が私たちに注ぐ愛の態度

つまり

どんなことがあっても

一緒にいる

失敗しても

罪犯しても

弱くても

あきらめない愛です

神は

私たちに対して

決して

見限らず

見捨てず

見くびらず

押し付けがましくない愛で

私たちと寄り添ってくれます

愛するからその見返りを強要しません

条件付きで

なにかをクリアしたら愛してあげると言うものでもありません

最初の言葉にあったように

もしも愛を何かと引き換えに得ようと言うなら

私たちは自分の愛に答えてもらえず

がっかりします

しかし

バイブルが教える愛は

相手が答えてくれても答えてくれなくても

大切にし続ける愛なのです

人生で最も必要なのは愛

その歌をずっと歌い続けていけたらいいなと思いました

※※※

最新号、リバイバルジャパン3月15日号から毎月

編集長の谷口さんと交代で「風知一筆」書かせていただきます

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2010年02月26日

心のごはん 57  シリーズ 伝道者の書

空の空。

・・・

昔あったのもは
これからもあり
昔起こったことは
これからも起こる
日の下に新しいものは一つもない。

「これを見よ。
 これは新しい」と
言われるものがあっても
それは、私たちよりはるか
先の時代に、すでにあったものだ。

・・・あなたの若い日に
あなたの創造者を覚えよ。

わざわいの日が来ないうちに
また、「なんの喜びもない」と言う
年月が近づくまえに。 伝道者の書 1章〜12章

この作者は言わずと知れた

ソロモン王

イスラエルで最も繁栄を極めた王様だ

彼は紀元前約900年頃生きていた

空の空

この思想

どこかで聞いたことありませんか?

釈迦が「無」とか「空」とか言ったけど

釈迦が生きていたのが紀元前の早くて6世紀

遅くて5世紀

ソロモン王が世界に影響を与えていたとき

世界中の権力者も彼の知恵を聞きに集まったと言われていますが

インドとイスラエルが交流があったことはもちろん知られています

聖書は

口頭で伝えられ

またソロモンの時代にもなれば

色んな媒体が生まれていたでしょう

いずれにしても

人生の空しさ

空虚さ

誰もが経験します

なんの為に生まれて

なんの為に生きて

誰が一体

全てを評価してくれるんだ??

あまりにも

期待が裏切られたり

関心の目が向けられなければ

人はいつしか

投げやりになるでしょう

まじめに考えたくなくなるでしょう

そうです

誰でもそうです

そうなり得ます

栄華を極め

お金も

女性も

名誉も

全て味わった王の王ソロモンが出した答え

伝道者の書最後でこう閉じる

「我が子よ

 これ以外のことにも注意せよ。

 多くの本を作ることには

 限りがない。
 
 多くのものに熱中するとからだが疲れる。

 結局のところ
 
 もうすべてが聞かされていることだ。

 神を恐れよ。

 神の命令を守れ。

 これが人間にとって全てである。

 神は

 善であれ

 悪であれ

 すべての隠れたことについて

 すべてのわざをさばかれるからだ。」

 人は何か自分で発見したように思えること

 実は、全て聖書の中にあります

 神は罪を憎んで

 人を愛しています

 神の命令は

 全ての人が

 滅びることのないように

 イエスキリストの十字架の愛を

 受け入れて

 本当の命を得ることなのだ・・・・

2010年02月25日

心のごはん 56  シリーズ 箴言

主を恐れることは

知識の初めである。 箴言1章7節

最近

世の中は

不景気だから

やたら自己啓発本とか

儲かる話しが流行っている

日本で言うなら

ご利益的なうまみのある話しだ

うまみがあるなら

リスクもある

人生は

全て

良い面も

悪い面もある

特に聖書が利用されて

自己啓発とか

金儲けとか

そういうフレーズで使われることは

ここ2000年で幾度あっただろうか・・・

はっきり言っておきます

神はそれぞれに様々な人生を

与えています

聖書は儲かるための書物じゃありません

生涯 経済的に貧しい人もいますし

アフリカの奥地の山奥で育つ人もいます

私はインドの山奥で聖書の話しをしに行ったことがありますが

そこは海もなく

ちゃんとしたトイレもなく

おそらく、村人は生涯、飛行機に乗ることはなく

その村で骨を埋めることになるでしょう

いままでに

日本ではホームレスのおじさん

インドでのストリートチルドレン

ケニアのスラム街の人達

彼らから人生を学びました

人生は相対的に見る人達には

人の芝生が青く見えるものだと

大事なことは

与えられていることに感謝できることからでしょう

中途半端な金持ちや

中途半端な貧乏の人達が

1番中途半端な生き方を選びそうです

ラジオ日本で番組をさせてもらっているとき

いろんな方と会えました

ある人は600冊の著書を出し

もう金には困らない生活をするようになりましたが

メリットが目的で人々が集まるので

逆に友達がいなくなりました

昔、関わっていたホームレスのおじさんたちが

住んでいる公園では

お金持ちのホームレスの人もいました

亡くなる時、大金を所持していました

また、インドで会ったストリートチルドレンは

確かに貧しいです

涙も出ます

でも、本当に彼らの人生はかわいそうでしょうか?

私たちがないものをだれかに助けてもらように

彼らのないものを過度にならない範囲で

助け合えばいいのです

気をつけないと

そういう貧しい人達に関わることで自分のいきがいを見いだしてしまったりします

ホームレスのおじさんも

インドの子供たちも

アフリカのスラム街の青年たちも

目が輝いていました

もちろん

私もできるだけのお手伝いをしましたが

経済的な

文化的な発展をすることが

(発展と言いながら、先進国は大事なものを失っていますが)

幸せではないのです

人生の勝利は

相対的に自分が幸せになることではなく

私たちを創った神様を知る事です

その神様が本当にいることを知れば

私たちは

本当は何も分かっていない周りの人達の

目や

評価に踊らされることなく

見えない悪事も見て叱ってくれる

見えない良いことも評価してくれる

その神様のまなざしを知るならば

人生は変わります

人生の勝利は

描いたプランをどれだけ

実行できたかではなく

それがどれだけうまくいったのではなく

むしろ

どれだけ

神の喜ぶ生き方ができたかです

それは人それぞれ違うはずです

総理大臣も

ホームレスも

天国で同じ報いにあずかることができます

神を知る時

人生は変わります

金儲けや

自己実現しても

幸せは訪れません

もう一度言います

神を恐れることが

知識の初めです

クリスチャンたちに警告します

プロスパリティゴスペルに踊らされるな!


2010年02月24日

心のごはん 55  シリーズ 詩編

神よ。

御恵みによって

私に情けをかけ

あなたの豊かな憐れみによって

私のそむきの罪をぬぐい去って下さい。

どうか、私の咎を

私から全く洗い去り

私の罪から、私を清めてください。

まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。

私の罪はいつも私の目の前にあります。 詩編51編

端的に言います。

本当に人はどんな罪も赦されるのか?

と聞かれると

日本人ならどう感じますか?

そも

そも

日本に鬱や自殺が多いのは

赦されると言う道を知らないからです。

自分を赦せない

そして

人を赦せない

また人から赦してもらえない

赦しと

許しは

違います

罪は許可されるものではなく

罪は神によって免除されると言ったほうが分かりやすいでしょうか?

人は死ぬまで完璧には生きられません

全ての人がそうです

以前のブログにも書きましたが
(以下からブログの話しに飛びます)

1話 
2話 
3話 
4話 
5話 
6話 
7話 
8話 
聖書が私たちに教えるイエスキリストの十字架での赦しは

たとえ、

神に背いてもそれが神の前に罪とカウントされない

罪とみなされないということです

??

どういうこと?

日本人たちは多くの人が

自分たちは他の人よりましだという幻想に生きています

だから

いとも簡単に

なにか政治家や犯罪者に対しては

平気で

他人事のように

自分のことを棚にあげて

非難できちゃいます

でも

バイブルは

神のまえに罪の大小はなく

全ての人が正しくないことを教えています

外側に見える悪い行為だけではなく

心の中にあるその行動に移る前の思いも

また、見て見ぬ振りする行為も

また、神をそもそも必要としないこと自体

最も大きな罪だと教えています

神の前に「罪の時効」はありません

罪を赦す権利のある

唯一なる救い主イエスキリストによって

罪を赦してもらえるかどうかです

神は

人類に

一人も滅びて欲しくないと言います

お互いに愛し合い

裁きあうなと・・・

敵をも愛しなさいと言います

でも

私たちは

自分に都合の良い人とだけ関わり

自分に不利益な人達とは関わろうとしません

キリストは違います

私たち人類が

神にとって不利益なことをしても

神は見捨てず

あきらめず

見限らず

いつも

私たちを愛し

私たちの心のドアをノックしています。

神の愛は

強制ではなく

本当の愛し合う関係を知っているならば

相手に強要はしないはずです

罪を認めない人に

本当に人の苦しみ悲しみに寄り添うことはできません

なぜなら

人は自分の至らなさ

駄目さ

弱さ

失敗に悩むからです

それは神を見失う時に

大きな絶望として押し寄せます

神は愛です

神は私たち一人一人を

あなたを待っています

「私は愛する者をしかったり、懲らしめたりする。

 だから、熱心になって悔い改めなさい。

 見よ。

 私は戸の外に立って叩く。

 誰でも

 私の声を聞いて

 戸を開けるなら

 私は

 彼のところに入って

 彼とともに食事をし

 彼も私とともに食事する。」黙示録3章19、20節

 人を指差すのをやめ

 自分の内側の誰も知らない問題を

 神に差し出しましょう
 
 神はそれを赦してくれます

 もうあなたは

 イエスキリストによって

 罪人と判定されることはないのです

 

2010年02月21日

心のごはん 54  シリーズ エステル記

それは

ユダヤ人モルデカイが

アハシュエロス王の次に位し

ユダヤ人の中でも大いなるものであり

彼の多くの同胞たちに敬愛され

自分の民の幸福を求め

自分の全民族に平和を語ったからである。 エステル記10章3節

たった1人

王にこびなかった男がいた

その名はモルデカイ

ユダヤ人の男だ

ユダヤ人は真の神以外には頭を下げない

だからいつも歴史の中で独裁的な王が現れると殺される

それでも神以外に頭を下げることはしない

凄い民だ・・・

話は戻ってモルデカイが王のもとで昇進したハマンという男に

頭を下げなかったと言うその態度をハマンは気に入らず

モルデカイとその民族全てを殺してしまえと考え実践に移そうとしていた

このモルデカイが育てた養女エステルという美しい女性が

この時すでに、王妃となっていたのだが

彼女が滅ぼされようとしているユダヤ人であることはまだ

明かされていなかった

この全滅の作戦の前に

王妃エステルは立ち上がろうとするのです

すると

モルデカイが王の命を狙っていた人達を告発したことで

王が守られたことの記録の文書が出て来た

このことでモルデカイの信頼は一挙に回復し

王から位を得ることになった

モルデカイとユダヤ民族全員を滅ぼそうとしていた

ハマンの作戦は失敗に終わることになる

そして、彼は自分にその報いを得ることになった

ユダヤ人はすんでのところで全滅から守られた

蒔いた種は刈り取る

バイブルは言いますが

人は欺けても

神を欺ことができないことを

ここで実に学べます

本音と建前を上手く使い分け

半分嘘みたいな本当みたいな生き方をしつづけ

自分のことは棚におきやすい私たち日本人

現代本当に必要なのは

人の評価じゃない

神が全てを見ておられることを

人類が認めることだ

無神論

宗教はなんでもいいじゃん

曖昧な考えが

罪やごまかしを赦すことになる

一回の嘘が嘘を繰り返させ

一度の罪が数度の繰り返しをうむ

神は悔い改めるものを

赦してくれるとバイブルは教える

イエスキリストが十字架にかかった

唯一なる神の

人類への憐れみのチャンスだ

人は

自分のぬぐい去ることのできない罪を

自分の努力

善行

苦行

お金

学歴等では

なんとかすることができない

自分の隠れた罪を

取り返すことのできない問題を

最終判断出来るのは

その最後の審判で裁くことができる

全知全能の神様だけだ

「神は1人も滅びることを望まず」

愚かな人類に対してそれでもそう語ってくれる

最後にこの言葉を載せて終える

「彼らに言いなさい。

 わたしは生きている、と主なる神は言われる。

 わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。

 むしろ、悪人がその道から立ち帰って

 生きることを喜ぶ。

 立ち帰れ、立ち帰れ、お前達の悪しき道から。

 イスラエルの家よ、

 どうしてお前達は死んで良いのだろうか。」エゼキエル33章11節

イスラエルとは彼らだけのことじゃない

全ての人間に語られている真理だ


2010年02月20日

リバイバルジャパン「風知一筆」

イカピーです。

全国でつながっているマイミクの皆様へ

12月にリバイバルジャパンで妻の母教会の火事の義援金の記事を

掲載してもらって以来、毎回記事を書かせてもらっています。

平教会の火事
ラブレボカウントダウン
青森山田高校のサッカーマン
いわき市のWEBデザイナー山本昇平さん

そして次回はペンテコステ教役者大会の記事があがります。

また
リバイバルジャパン最後のページの
「風知一筆」を谷口さんと交代で書かせていただくことになりました。
リバイバルジャパンホームページ


どうか、日本のクリスチャンメディアの活性化のために
教会で回し読みではなく
経済の祝福の為にちゃんと買って下さい。

ラジオでクリスチャンのアーティストの曲を紹介しはじめて
アーティストのCDの無断コピーの防止を訴えてきました
ちゃんと買って聞いて下さいと・・

そうじゃないと
その分野で食べている人達が食えないのです

前にテレビでものまねお笑い芸人のコロッケが

こんなことを言っていました

「いつも周りの人がいとも軽々しく

 誰かのものまねやってと言うけれど

 それは、電柱を建てる仕事をしている人に

 ただで、電柱を建ててと言っていることと
 
 同じなんですよね」 と言っていました。

知的財産で食べている人達が

しっかりとそれで成り立って行くしくみになって欲しいと思います

石原都知事じゃないけれど

日本人は知的財産で

世界と太刀打ちできると

僕も思っています

日本よよみがえれ!

2010年02月10日

心のごはん 53  シリーズ ヨブ記 

私は若く

あなたがたは年寄りだ

だから、わきに控えて、遠慮し

あなたがたに私の意見を述べなかった

私は思った

「日を重ねた者が語り

 年の多い者が知恵を教える」と

しかし、人の中には確かに霊がある

全能者の息が人に悟りを与える

年長者が知恵深いわけではない

老人が道理を分けまえるわけでもない

だから、私は言う

「私の言うことを聞いてくれ

 私も、また私の意見を述べよう」

今まで私はあなたがたの言うことに期待し

あなたがた言い分を調べ上げるまで

あなたがたの意見に耳を傾けた ヨブ記 32章6〜11節

ここに登場する主役はヨブ

神の前に正しい人で

本当に正しい人か

悪魔が試すシーン

彼は多くのものを失い

まわりの友達が彼を責める

結局

正しい正しいと言われていたが

お前は罪人だと・・・

しばらく、ヨブと仲間達の問答を離れたところから見ていた若者がいた

その名は

エリフ

4人のやりとりをじっと見守り

どうしても割って入らなければならないタイミングで

彼は語り始めたのが最初の聖書の言葉だ

いま時代は

混沌としている

若者が悪い悪いと良く耳にする

本当にそうだろうか

若者はいつの時代も若者だ

いつの時代だって若さに対して否定的な人がいる

いま政治が

教育が

経済が

日本自体がぐらぐらして

どこを目指しているのかが分からない

Boys be ambitious

いまこの言葉にどれだけの若い人が反応するか

誰が

明日に希望を示してくれるのか

Boys be ambitious in Christ

北海道でクラーク博士は

キリストにあって少年よ大志をいだけと語ったそうだ

坂本龍馬もしかり

幕末の志士たちもしかり

天草四郎も

日本には若くして改革をもたらした先人が何人もいる

人に知恵を与えるのは

真理だ

真理は

聖書の中にある

それは経験とか

お金では得られない

ただ

神に祈るだけだ

人が知恵を得るのは

神の霊による

聖書に宿る

神の言霊

それを受け取る人は

誰でも

この世界に

メスをいれることができる

生き返れ日本!

そのメスは愛と言う麻酔で手術されるのだ

痛みの向こうに癒しがある


2010年01月28日

心のごはん 52  シリーズ ネヘミヤ記

しかし

大いなるあわれみをかけて

彼らを滅ぼしつくさず

彼らを捨てませんでした。

あなたは、情け深く

憐れみ深い神ですから。 ネヘミヤ9章31節

前回に続いての

捕囚ネタ

このネヘミヤ記のネヘミヤさんは

エズラ記のエズラさんと

イスラエルにお宮を回復したリーダー

神は愛だと聖書は言います

しかし

100%完全で純粋な本来の愛を持っていない私たちは

愛というと、自分が体験した愛や

周りから得る情報に基づく愛しか思い浮かばないはずです

だから

神の愛という時

自分のフィルターにかけるもんですから

なんだか

神も自分の想像できる範囲の神に成り下がってしまいます

聖書で神は愛というとき

優しさだけではなく

めちゃ厳しいです

子育てするようになって

この厳しさ

しつけも

愛だと痛感しています

ただ

大事なことは人格を損ねない厳しい愛です

神は人格を持っています

神格と言えばいいでしょうか?

漠然とした概念ではなく

パーソナリティーがありますので

人格と人格で接するように関われます

神は私たち人類を愛しているので

尊重してくださりながら

厳しい愛を実践してくれます。

その体験を痛い程何回も味わったのが

ユダヤ人です

何度も道を外しても

また神とのあるべき関係に立ち返って

癒され

また復活して行く

このネヘミヤ記がまさにそうです

神に捨てられたと思えるような状況の中で

彼らの中にまたセカンドチャンスが訪れます

一見駄目なように思えても

瞬間だけを見るのではなく

少しひいてみて

どこを歩んでいるか

考えられたらと思うのです

かならず

回復の道は見つかるのです

人生の再建

必要な人は見える所だけに

捕われないようにしたいですね

心のバビロン捕囚からの解放

今も起きるのです

それは人生の本来あるべきところへの回復です

2010年01月27日

世界自殺予防デーの話

最近、これを読んでくださっている方から

励ましの言葉をいただくことが増えました。

少しでも聖書のエッセンスが伝わっているなら嬉しいです。

こないだ、三が日に愛知の新城市にある教会に行って

たけしげる画伯と一緒に朝食をとっていた時のこと

たけしげる画伯が入り口付近が寒いと仰るものですから

少し暖かそうな場所に移動するとそこには夫婦で食事されている方がいます。

僕らの会話のある単語で奥様が声をかけてくれました

「もしかして、いわきの森牧使はご存知ですか?」

え?

この奥様の知っていた教会の出身である僕の妻も横にいたので

突然話は盛り上がります

奥様は言います「私もいわき出身です。」

そして、僕の顔を見るなり

「五十嵐さんですか?」と聞かれます。

はいそうです。

ブログ読ませてもらっています。

妻と結婚してこの教会とつながって色々助けてもらうようになりました。

幼なじみくらい古くから妻と仲間の昇平さんが

僕のためにブログもつくってくれたのです

ラジオのサイト、ブログ、イベント、ラブレボ、インターネットショップ

気づけばいくつもサイトを作ってもらいました。

去年にはインターネット事業も始めさせてもらうことになりました。

もともと、パソコンとか携帯とか持ちたくなかった僕も

イエス様の愛を伝える為には使いたいと思ったのが今から9年前

今やSNSの代名詞のmixiも

自殺した仲間が誘ってくれたから大事にしているのです。

そうじゃないなら使っていないと思います。

2009年も自殺者3万人でした。

一体これはいつまで続くのでしょうか?

私は今年いよいよ立ち上がります。

この為に何かしらのアクションを起こします。

計画中です。

自殺者が3万人ならば

家族の死で苦しむ人は一体何倍なのでしょうか?

自殺未遂の人もまたその数倍と言います

一体どれほどの家族が苦しみから解放されずに今日を過ごしているのでしょうか?

私たちは苦しみの中にいる人達に傍観者ではなく

寄り添う人になっているでしょうか?

世界自殺予防デーに関するトークはこちらから聞けます
http://www.voiceblog.jp/ikapi/1042829.html

和歌山県にいのちの電話を設置して

500人以上の命が救われました

http://www.aikis.or.jp/~fujiyabu/
(白浜バプテスト基督教会)

「Love is on the move」by Leeland


心のごはん 51  シリーズ エズラ記

そして、彼らは

主を賛美し、感謝しながら、互いに

「主はいつくしみ深い。
 その恵みはとこしえまでもイスラエルに。」

と歌いあった。

こうして、主の宮の礎が据えられたので

民はみな、主を賛美して大声で喜び叫んだ。 エズラ記3章11節

世界史でも有名な

イスラエル人のバビロン捕囚

ペルシャ帝国が支配していた時代

王様のクロスが奴隷のユダヤ人たちを解放し

イスラエルに帰って神殿を再建することをさせた

それは神様からの語りかけによった

早速、自分たちの故郷に戻って

ぼろぼろになった街

また、崩壊した神殿を再建することになる

三度の飯より

神様のことを愛していたユダヤ人

ユダヤ人にとって大事な宮が

また建て上げられることになって

工事は急ピッチで進められた

以前に建てられた神殿を見ていた人達は

目の前で建物の基礎が据えられたとき

大声をあげて泣いた

また新しい世代は大喜びした

泣き声も

喜びの声も見分けがつかない程に

ドラマチックな出来事がおきた

ここからいくつものレッスンを私は受ける

人があるべき場所に帰ることがどんなに嬉しいことか

人はどんなに基礎がしっかりと出来上がることが嬉しいか

新しい世代も古い世代も一致することができる

不景気で

先行きが不安視されるこの時代だからこそ

基礎がしっかりと建てられているか確かめたい

スポーツでも同じだが

基本が出来ていなければ

もしも不調の時に良いプレイはできない

不安定なきまぐれなプレイになる

しかし基本が日々しっかり出来ていれば

思い通りにならない試合でもそれなりに戦える

そして

自分の居場所を探す私たちにとって

本当に帰るべき所はどこか今1度考えたい

私たちの人生は偶然か必然か

神が私たちを作ったのか

意思も何もないところで単細胞生物が偶然を繰り替えし多細胞生物に成長したのか

そして

私たちはもうやめなければならない

昔は良かったと言う妄想からの脱出

戦後日本は大きな変化を遂げたと思う

戦争で負ける前と後

経済復興をしてバブルがはじける前と後

そして今

それぞれの時代が時代を批判していても

それは非常に滑稽なことだ

温故知新

また省みることは省み

変えるべき所は変え

挑戦すべきことは挑戦し

新しく作るものは新しく作るべきだ

いずれにしても

苦しい奴隷時代に

故郷に帰ったイスラエル人たちから学びたい

人々は、老若男女助け合って大事なものを回復した

そして、復興し、回復し、生き返ったのだ

聖書は同じように日本にも語る

違いを超えて手を取り合い

世代を超えて助け合い

キリストが愛したように愛し合うことを

人生の目的

そしてゴールは

愛だ

無味無臭の人生ではない

命と喜びが溢れる人生を

私たちは新しくも再び持つことができる


2010年01月10日

心のごはん 50  シリーズ 歴代誌② バビロン捕囚から解放へ

「ペルシャ王クロスは言う。

『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。

 この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために
 
 宮を建てることを私にゆだねられた。

 あなたがた、すべての主の民に属する者はだれでも

 その神、主がその者とおられるように。

 その者はのぼって行くようにせよ。』」歴代誌2 36章23節

世界史や歴史の好きな人は

1度は聞いたことがあるであろう

バビロン捕囚

そう、ユダヤ人がバビロンに連れて行かれた事件

そして、ペルシャ帝国の王クロス

誰だって知っている話が

聖書には何度も何度も出て来る

世界で最も繁栄を受けたイスラエルのソロモン王

彼の後には

国が北と南に分裂し

しまいには

アッシリアやバビロンに

ユダヤ人たちは奴隷として連れて行かれてしまうことになった

しかし

アフリカの人もアメリカで苦しい奴隷時代を経験したが

ユダヤ人も同じように長く苦しい奴隷時代を経験した

ユダヤ人て

結局、何?

天地万物を創造し

人間を作った神様だけを

信じてつ生活している人達ですよね

このブログでは何度も書いているけど

人間は自分たちの都合の良い

宗教や「god」や「gods」を

作っては亡くなり

金儲けしては堕落し

宗教法人を作っては脱税しみたいな

そんな歴史を繰り返していることを書いています

しかし

前回のデボーションブログでも書いたように

神は建物を立派に建てたり

お金をご利益の為にせがむことはありません

神と人との前に

誠実に正義と愛をもって生きることを教えます

さて

神を信じていたユダヤ人も

聖書を見る限り

何度も神から心が離れています

現在は

宗教を持たないと言う人が増えましたが

でも、何かに依存して生きています

聖書は

依存している「それ」が

自分を縛っている「それ」が

自分が頼っている「宗教」だと気づかせてくれます

ユダヤ人が奴隷状態になったことで

ここに自分の人生をあてはめることが出来ます

自分を

本来、従わせるものではない

何かにずっととらわれる状態

ある人は

物に

ある人は

考えに

ある人は

人間関係に

色々縛られているものです

本来、自分を支配する物ではないものに

支配されていると

だんだん少しずつ不純物が混ざって来て

そのうち、気づくと

釜の中のカエルのように

気づけば

その状態から逃げ出しにくい状態に陥って行ったりします

まっすぐ歩みにくい私たちは

ボーリングの玉が少しのぶれで

ストライク取れないように

少しくらいぶれてもいいやなんて

思っていると

人生の最後に

大きくぶれてしまうこともあるかもしれません

人生がぶれやすい私は

今一度

世界で最も読まれ

また

今もなおベストセラーである

流行を超えた書物

バイブルから真理を汲み取りたいと思っています

そして

バイブルは

イエスキリストがその真理の源だと教えます

私は今日も真理を求めて

そしてストライクの方向を目指して生きたいなとつくづく思うのでした。

2010年01月08日

心のごはん 49  シリーズ 歴代誌(神はあなたのそばにいる)

主はこ仰せられる。

あなたはわたしのために住む家を建ててはならない。

歴代誌1 17章4節

聖書の神様の

心優しいその愛は

どこかの建物まで来て拝めと命令するのではなく

私たちがいるところどこでも

呼べば答えるよと言ってくれている所だ。

聖書の神様は一貫していて

ずっとその愛の示し方は変わらない。

それは

私たちとずっと一緒にいたいということだ

一緒にいてくれるということだ。

人間が自分の願い事を叶えるために

宗教や「god」を作ってしまうと

わざわざ交通費と大金をかけて

拝ませたり、メンテナンスできない形になってしまう。

しかし

神様がいるなら

どうだろうか?

水も

空気も

光も

そして命も

全てただでもらっていて

これを仮にお金でやりとりされたら

誰が生きて行けるだろうか?

礼拝に入場料を求めるだろうか?

聖書は

再三

私たち人類に

どんなことがあっても恐れなくて良いよと励ましてくれる

親子と同じで

神の呼びかけに

私たちは普段気づいているだろうか?

一人で苦しんでいる時

誰にも理解されない悩みを抱えているとき

誰にも言えない問題を一人で抱えているとき

ただ1人語りかけている神がいる

それがイエスキリストだ

聖書の神は

イエスキリストを表している

彼の名前はクリスマスで知られているように

「インマヌエル」と言う

それは、神は私たちと一緒にいるという意味だ

聖書で神は

昔から

今も

ずっと

そばにいるよと語っている

人の解決したいテーマ

孤独

自分の価値

それに的確に答えてくれるのが

神だ

聖書を通して

何千年も世界中で

ベストセラーであることは

ただの流行ではない

真理だからだ

今年こそ日本!

真理に立とう

日本を心から愛しています。

命で溢れて欲しい・・

あなたに聞いて欲しいメッセージソングは
こちら
一緒に


2010年01月04日

心のごはん 48  シリーズ 列王記 ②

エリシャは彼女に言った

「何をしてあげようか。
 あなたには、家にどんなものがあるか
 言いなさい。」

彼女は答えた。

 「はしための家には何もありません。
  ただ、一つの油つぼしかありません。」第二列王記4章2節 

聖書の中で登場する神の言葉をとりつぐ預言者たち

その中で最も知られている1人がエリシャだ

その中で

2010年の最初のデボーションブログということで

失望ではなく

希望の持てる話をしたい

二人の子供を持つ夫を亡くした女性一家が

借金のゆえに奴隷になりそうになった時のこと

何もない一家に唯一あったものが

油のつぼだった

たった一つの望みが

一家を救うことになる

エリシャは一家に

隣近所から借りられるだけ器を借りてくるように語った

そして

婦人と子供達は

あるだけの器を集めた

そこに

一つだけあった油つぼから

順番に器に注いでも注いでも

油はなくならず

奇跡的に溢れて来た油を売って

借金を返し

そして生活費が与えられた話だ

日本にかつて徳政令という政策があった

貧しい人達が負債から助けられる施策だ

聖書では

何千年も前から

ヨベルの年っていうのがあって

50年目に

やっぱり負債等が免除される

いまや

借金大国になった日本

国が借金だらけと言うことは

個人だって負債を負っている人は多い証拠だ

誰もが願っている景気回復

聖書が真実なら

この場所で起きた話が起こりうる

負っているものが帳消しになる

お金の負債に苦しみがちな私たちだが

しかし

聖書は

もっと重い負債を負い続けることの苦しみ

そのことからの徳政令を教える

経済に負債があるように

目に見えない精神的な負債もある

聖書はそれを罪と表現する

人生の中でおきる

マイナスのスパイラル

心の中に積もる罪の負債

借金もそのままおいておけば

利息がましていくことがあるが

罪の借金もやはり増して行くのだ

人間の中に芽生える

マイナスの出来事

それが積もり積もって

気づけば

もう追い込まれるような状況になっていることがある

精神的な孤独

誰にでもあるのではないか

誰にも言えない悩み

1人で抱えて

いつか負いきれなくなって

人によっては

命を絶ってしまう

たとえ景気が悪くても

聖書はイエスキリストに

すなわち神に身を委ねる人に

必ずなんでも与えてくれると約束する

それだけではない

誰にも言えない

過去に拭うことのできない

ゆるしてもらうことのできない

自分では処理することのできない

あらゆる心の苦しみを

心の葛藤を

心の重荷を

イエスキリストの命がけの愛と引き換えに

全て解決出来ると約束してくれている

たった一つの油つぼが全ての借金を帳消しにしたように

たった一度のイエスへの祈りが

罪の負債を帳消しにしてくれる

心の徳政令

イエスキリスト

「あなたの道を主に委ねよ。
 主が成し遂げて下さる。」

2009年12月23日

心のごはん 47  シリーズ 列王記(ソロモン王)

その夜

ギブオンで主は夢の内にソロモンに現れた。

神は仰せられた。

「あなたに何を与えようか。願え。」

・・・・中略・・・・

この願い事は主の御心にかなった。

ソロモンがこのことを願ったからである。

神は彼に仰せられた。

「あなたがこのことを求め

 自分のために長寿を求めず

 自分のために富を求めず

 あなたの敵の命を求めず

 むしろ、自分のために

 正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので

 今、わたしはあなたの言った通りにする。

 ・・・」列王記第一 3章5〜15節

ソロモンの知恵なんて

どこかで聞いたことのあるフレーズだけどれども

「ことわざ」という意味の箴言を書き残したのも

伝道者の書という「人生の悟り」を書いたのも彼だ

ソロモン王は

王位を与えられて

神に善悪を判断する心を求めたのだ

神に喜ばれ

彼はさっそく知恵を持って事件を裁いた

二人の女性が連れて来た

赤ん坊がどちらも自分のものだと言い張っていたのだが

この問題をずばり見事に判断した

一人は自分の赤ん坊が死んでしまった親

一人は本当の赤ん坊の親

赤ん坊を失った女性は

必死に人の子を自分のものだと主張した

そこでソロモンは一つの課題を与えた

では

子供を半分に剣で裂いて

二人で分けたら良い

そこで二人の女性がどう反応するかソロモン王は見ていた

一人は自分の子が可哀想なので

そんなことするならば相手にあげてくださいと言い

もう一人は断ち切ってくださいと言った

そこでソロモンは

子供を殺そうとしない女性が本物の親だと見抜き

彼のジャッジが神から来ていることが回りに知られ驚かれた

ソロモンの知恵は世界中に知られ

世界的にイスラエルには人々が集まった

ちなみに

釈迦がとなえた「空」の思想があるが

あれは、まるっきり「ソロモンの伝道者の書」とほぼそっくりだ

ソロモン王が生きていた紀元前1000〜900年代に

インドとの交流があったと言われるが

そう言えば、釈迦の生まれた時期はその約500年後で

イスラエルの聖書の影響を世界中が受けた後で

思想が似ているのも良くわかる

とにかく

ソロモンの知恵は世界で知られ

世界中の王たちに影響を与えた

神を畏れることは

知識の始まりだと

ソロモンは言った

結局

人生は

何によって支えられているか

自分の力か

偶然というきまぐれな不安定な思想か

それとも

人間を造った神か・・・

神は人を創造したが

人類は幾度も神に背き

その度に神々や宗教を生み出した

しかし

自己中心な神概念と

自分の欲望や願い事を叶えるために造られた宗教は

どこかゆがんでおり

どうしてもバランスが悪く

バランスの良い愛がない

知恵は

恵みを知ると日本語で書く

恵みとは

神様からのプレゼントのこと

神の愛のプレゼントを

知識ではなく

全身全霊で「知る」時

私たちの人生の何かが変わる

生きているのか

生かされているのか

human beingは

human doning でないことを

クリスマスに思いたい

神は実にそのひとり子をお与えるほどに

この世界の一人一人を愛された

それはイエスキリストを信じるものが

一人として滅びることなく

永遠の命を持つためです。

2009年12月21日

心のごはん 46  シリーズ サムエル記 ②

「それなのに

どうしてあなたは主のことばをさげすみ

私の目の前に悪を行ったのか

あなたはヘテ人ウリヤを剣で打ち

その妻を自分の妻にした

あなたが彼をアモン人の剣で切り殺したのだ

今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない

あなたがわたしをさげすみ

ヘテ人ウリヤの妻をとり

自分の妻にしたからだ」 第二サムエル12章9、10節

私の勝手に作った言葉で

「正直者は馬鹿を見ない」がある

正直者は馬鹿を見るを肯定しただけだけれども

聖書のこの場所から心に迫って思ったことだ

イスラエルと言う国を

繁栄させ

王として力を持っていたダビデ

彼は

一人の時に間違いを犯してしまった

人を堕落させるもの

富と名誉とは言ったものだが

人に誉められる時

私たちは1番気をつけなければならない

高くなればなるほど

足場が不安定になりやすい

「小人閑居して不善をなす」

なんて言葉もあるが

本質的に罪を抱えている我々人間は

一人になる時

間違いを犯しやすいのだ

神の前に誠実だった王様ダビデも

1度大きな失敗をした

兵士たちが戦いに出ていた時

王宮で一人になっていると

女性が水浴びしているのが見えた

あまりにも美しかったので

自分のものにしてしまった

後から

この女性に自分の部下の兵士で

夫がいることが分かり

なんと

戦場の先頭にたたせ

戦死のようにみせかけて

実は意図的な殺人だった

さてさて

王ダビデには

神の言葉をとりつぐ預言者がいた

その人の名前はナタン

神がいることを知っていて

本当に畏れている人ならば

不真実や

不義などをほっておくことができない

たとえダビデ王でも

罪は罪

失敗は失敗

ダビデの罪を指摘した

人々にはダビデ王のしたことは

一部の遣いの者たち以外知らなかった

本末転倒して

事実を作り上げようとした

しかし

神は見ていた

神は

全てを見てくれている

罪を犯しているものにとってはそれは厳しい目であり

真実に生きようとしているものにとっては救いのまなざしだ

神の公平は

人の公平とは違う

人を欺いても

神を欺くことは出来ない

ダビデは王でありながら

自分の罪を認めて

神の前に悔い改めた

そして彼は心が変えられた

クリスマス

神は我々に語りかける

全ては神の目にお見通しだ

だから

逃げないで

神のふところに帰っておいで

親が子供の過ちを知りながら

自分からごめんなさいと告白するのを待つかのように

神は

一人一人の自発的な意志で

神様の元に帰って来るのを待っている

クリスマスは

神がプレゼント交換をする日だ

神の御子、救い主イエスと

私たちの存在

神は

心のドアをノックしながら

私たちから神のもとへ行けないでいる状況の中で語りかける

神は罪や問題を持っている

全ての人達と愛し合いたい

一緒にいたい

しかし

心の中に

救い主イエスをクリスマスの主役として受け入れるスペースはあるのか??

2000年前

キリストが馬小屋で生まれたその時

どこも母マリヤと父ヨセフが泊まる場所がなかった

あまりに忙しくて

心を失っていないだろうか?

キリストが

私たちの心の中に住む時

そのスペースが必要だ

しかし

いつも私たちのキリストを迎え入れるスペースは

ダビデのような問題で埋まっている

その問題のありかに

キリストは入りたい

私たちの背負っている罪の借金を

キリストは自分の命で払ってくれた

それが十字架だ

私たちの命の値打ちは

お金や

学歴や

業績や

名誉など

そんなもんでは

不十分だ

人間が負いきれない罪の負債は

自分たちの努力では

かえって増えてしまうだけだ

キリストは

命をかけて

愛を示した

その友のために命を捨てるこれほど大きな愛はない・・・

神は私たち一人一人と友になってくれる

友である私たちのために

命を捨てた

まだこちらから

友達になっていなくても

神のほうから友達になろうとしてくれる

神の愛のプレゼント

イエスキリストを自分の救い主として

心のパーティー会場で迎え入れる

それが

クリスマスの本当の祝い方だ

罪に悩む

人こそ

キリストを向かい入れるにふさわしいのだ

メリークリスマス

神は

あなたを愛のまなざしで

見つめています

2009年12月18日

心のごはん 45  シリーズ サムエル記

しかし

主はサムエルに仰せられた。

「彼の容貌や背の高さを見てはならない。

 わたしは彼を退けている。

 人が見るようには見ないからだ。

 人はうわべを見るが

 主は心見る。」 第一サムエル記16章7節

クリスマスシーズンということもあり

イエスキリストに関係する話がしたい

キリストはダビデの子と通称で呼ばれるのだが

聖書で誰もが知っている登場人物の一人という意味でも

ダビデ王は隅におけない存在だ

世界で最も知恵があったと言われる

ソロモン王のお父さんがダビデ

ダビデは聖書の詩編の多くの歌を書いた人でもある

王であったのに

神の前に謙遜だった人である

人はうわべを見るが

主は心を見る

聖書の中で私が最も大好きな言葉の一つだ

人間と

神の違いを

決定的にここで語る

人は自分の目が正しいとすぐに思いやすい

そんな間違ったまなざしの人達が多く集まって

より、正しいのだと勘違いしやすい

聖書は語る

「見える」というところに罪がある・・・・

深い

英語でsee

とは分かるという意味もある

分かっていると思っているときこそ

人間が1番危ない状態にいる時だ

聖書は何度も教える

神が作った光のおかげで

はじめて見えるのに

人は自分で見えるようになったと錯覚しやすい

聖書で

神が人を選ぶ時の選び方は

非常にユニークだ

かなりの場合

私たちの予想を外してくれる

羊飼いをしていた

末っ子のダビデが

イスラエルの最も有名な王として

選ばれた

人生の中に起きるまさかの展開

誰もが驚かされるギャップがもたらすドラマ

イエスはダビデの子として呼ばれる

救い主イエスは

天地万物を造った神なのに

神ぶったシーンは一度もない

あまりに神ぶらないので

色んな研究家たちに

イエスはただの人だと言いたくさせる程だ

神が

馬小屋で生まれ

大工の子として育ち

まくらする所もないような生活もした

紙に書き残せないくらいの

圧倒的な奇跡を幾度もしてきたのに

イエスが人類の罪を背負って

十字架にかかる時には

全員に裏切られた

最も辛い孤独を味わっても

なお

神は我々、人間一人一人に語る

私たちを私たちの価値観という欠けのあるものさしで

お互いをはかる計りでは評価しない

神の変わらない愛のはかりで

私たちの価値をはかる

誰でも

神に捧げることができる

心の態度

人は

私たちのする全てを把握してはくれない

でも

人の見えない

心の葛藤や

心の中での様々な選択を

神は受け取ってくれる

だから

人間が

見える所で判断しやすいから

キリストはそうではない歩み方をあえてしてくれた

キリストは世の光だと言った

光なら

進むべき道が分かるはずだ

こんなに暗い時代だからこそ

真実の光と言われる

救い主イエスを

クリスマスに改めて

心の中に灯火として点したいと思うのである

まだ神の灯火を点していない人はこの機会に試して欲しい

人の目を気にしても

大方の場合

正しく判断してくれてはいない

だから

安心して

神のまなざしを求めれば良い


2009年12月17日

心のごはん 44  シリーズ ルツ記

ナオミはその子をとり
胸に抱いて、養い育てた。

近所の女たちは
「ナオミに男の子が生まれた。」と言って
その子に名をつけた。

彼女たちは
その名をオベデと呼んだ。

オベデはダビデの父エッサイの父である。ルツ記4章16、17節

いよいよ西洋暦のクリスマシーズン真っ盛りと

言ったところだろうか

イスラエルのベツレヘムと言う街に生まれたメシアは

通称でダビデの子と呼ばれる

メシアすなわち救い主イエスが今から2009年前に

人類を救うために生まれた・・

マタイの福音書というところの最初には

イエスの系図が書かれている

メシアが誕生するまでの流れだ

その中に「ルツ」の名前が登場する

ルツはボアズと言う有力主と結婚した女性で

本人も義母も大きな苦しみを乗り越えて慰めを得た人である

ルツの義母ナオミは夫と子供二人を亡くした未亡人だ

夫を亡くして

しかもすぐに

息子二人を亡くした

その亡くなった息子の嫁さんの一人がルツなのだ

イエスが生まれた街で知られるベツレヘム出身の

ナオミお義母さんは

自分と同じく未亡人になったルツに

自分の出身地に帰るように勧めるも

ルツは忠実に義母を慕い続けたのだった

そんなこんなで

ボアズと言う土地の有力主の奥さんに見初められる時が来た

ルツとナオミと言うと「落ち穂拾い」で知られる女性のモデルだ

貧しい生活を恥ずかしむことなく

忠実に誠実にいきていて

すばらしい旦那さんを再び得ることになった

そして新しい夫の町でも歓迎され

与えられた子供は

なんとイスラエルで最も有名な

ダビデ王のおじいさんとなった

「今日ダビデの町であなたがたのために

 救い主がお生まれになった

 この方こそ主キリストです。」

クリスマスに読まれる聖書で

もっとも有名な箇所の一つだが

悲しみを乗り越えて

その末に大きな希望を得る

聖書が私たちに教える大事な大事な原則だ

悲しむ者は幸いです。

その人は慰められるからです。

メシアであるイエスは

人々の悲しみを知るために

十字架を選んだ

たった一人にされる孤独と

裏切られると言う悲しみを叫ぶほどに味わってくれた

救い主が

私たちと同じく

恥や

悲しみや

孤独を味わってくれた

クリスマスは

ただ楽しみだけを求めるときではなく

本当の人生の味わいを教えてくれるときなのだ

ルツから学ぶ

人生の原則

クリスマスのストーリーの1つに覚えておきたいものだと

改めて思ったのでした

2009年12月15日

心のごはん 43  シリーズ 士師記

ギデオンは神に申し上げた

「もしあなたが仰せられたように

私の手でイスラエルを救おうとされるなら

今、私は討ち場で刈り取った一頭分の羊の毛をおきます。

もしその羊の毛の上にだけ露が降りていて

土全体がかわいていたら

あながお言葉のとおりに

私の手でイスラエルを救われることが

私に分かります。

するとそのようになった。士師記6章36〜38節

ユニクロでいまや有名になったフリースと言う言葉

英語の聖書ではここで出て来る「羊の毛」は

「フリース」ですでに呼ばれています。

この士師記とは

モーセのあとのヨシュアが亡くなった後に

イスラエル人を治めるリーダー達の話なのけれども

ギデオンはその中でも特に興味深いことに

聖書の中で

ヘブライ語で読むと

ただ一度だけ、神がギデオンの方に直接向かいあって語っているところなのだ

それなだけにも

彼のしたことは気になる

意気揚々と自分の国の仲間を救おうとしたのだけれども

戦が上手くいかなかったらしく

敵から逃げて、普通の仕事に戻っていた

そして、弱々しくなっている

その力で十分だからもう一度立ち上がることを神に語られた

イスラエルの部族の中で

最も弱く、若い

そんな人達が強い敵に立ち向かうことを命じられる

一度、引き下がってしまっていたので

彼は神に十分祈る

それも

明らかに祈りは答えられているのだけれども

もう一回どうしても確かめたかった

羊の毛を通して

神が自分のそばにいてくれることを知ったギデオンは

弱々しいのに立ち上がっていた

次の戦に

2万2千人の男が集まった

しかし

選びに選ばれ

結局


300人だけが残され

いよいよ

大逆転劇になった

人生の中でギデオンのようなことは起きたりしないか

意気揚々とやろうとしたことが

上手くいかなくて

随分落ち込んでしまうシーン

自分の人生さえ否定的に全部見えてしまうような

マイナスに見えるようなできごと

しかし

聖書は

教えます

弱い時、強い

弱さの中に奇跡が起こる

社会を見ても

歴史を見ても

やはり思うことがある

逆境を乗り越え

苦しみを経験した人から受ける影響

聖書で

失敗だらけの人達が

色々と成功を収めて行くシーンは何度も登場する

人は悲しみが多いほど

人には優しく出来るのだから

どこかの歌手がこんな歌を歌っていた

どんな人生も

どんな経験も

必ず+に変わると教える聖書

何千年も

全世界で最もよく読まれているゆえんを

はしばしで学ぶのである


2009年12月13日

心のごはん 42  シリーズ ヨシュア記

わたしは命じたではないか。

強くあれ。雄々しくあれ。

恐れてはならない。

おののいてはならない。

あなたの神、主が

あなたの行くところどこにでも

あなたと共にいるからである。 ヨシュア1章9節

聖書のリーダーで最も有名で偉大な人

その一人がモーセだ

男だけで60万人はいたイスラエル人

ここに奥さんや子供たちの数を含めるとしたら

60万にいくつの数をかけて計算したらいいか分からないくらい

大勢のイスラエル人を率いて

エジプトから大脱出に成功したスーパーリーダー

その後を継がされるとしたら

どれだけのプレッシャーだろうか?

聖書のこのシーンで

モーセを出エジプトから無事に成功させた

無敵の神が二代目のリーダーのヨシュアに

語りかけたその言葉

強くありなさい

恐れてはならない

ということは

弱気になっていたのだろうし

恐れていたのであろう

実を言うと

モーセは神からなんとかして助けてもらったエジプトから

行くべきゴール地点まで

到達することができずに

リーダーの交代となった訳だったのでした

もう今後はこんな偉大なリーダーは出て来ないだろうと

言われていただけに

大役をまかされたヨシュアはどんなに不安になったことでしょうか

どうでしょうか?

私たちが似たような状況におかれたとしたら

自分から見て大尊敬する人もできなかった

そんなことを託されたとしたら

一体どう思うでしょうか?

弱気になり

不安になり

恐怖に襲われるのではないでしょうか?

人生の中で

自分では受け止めきれない問題

または、状況が起きることがあります

その度に起こる心の葛藤

不安

自分で処理できそうもない事態で

私たちは、どうしたらそれを乗り越えられるか

自問自答する時が来たります

この聖書のシーンで

神はヨシュアに恐れてはならない

強くありなさいと

言ったその根拠は

神がヨシュアと共にいるからだと言いました

モーセを助けた神が

あなたとも同じように一緒にいる

だから大丈夫

恐れなくても良い

ヨシュアも含めてイスラエルの人たちが

目の当たりにし

経験して来た

奇跡の数々

それをヨシュアは知っています

事実を知っていても

まさか、自分が当事者になるとは

思いもせぬタイミングでそんなことが起きます

そこで

聖書は繰り返し

繰り返し教えてくれます

人ごと見たいに聖書の奇跡

他の人の奇跡の話が

ある時

自分の身に起こるその直前

私たちは

乗り越えられるとは

また、現実になるとは信じがたい

でも

聖書は

今も生きている神は

世界を

また人間を心を込めて創造し

また愛していると語る神は

まさに

そのただ中にある

あなたのそばに

一緒にいるよと

語っています

祈りを持って

答えてみようではありませんか

神様

助けて下さい

そして

あなたが本当にいるのか

教えてください・・・・

必ず神は答えてくれるのです

恐れなくても良いよ

神はそばにいるよ

それが実はクリスマスの主人公

イエスキリストの別名

インマヌエルの意味なのです

神はあなたと共にいる

それが愛のしるしです。

この愛は裏切りません。


2009年12月09日

心のごはん 41  シリーズ 申命記

貧しい者が国のうちから絶えることはないであろうから

私は、あなたに命じて言う。

「あなたの悩んでいる者と
 貧しい者に、必ずあなたの手を開かなければならない。」

申命記 15章11節

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2009年12月06日

心のごはん 40  シリーズ 民数記

主はモーセに答えられた。

「主の手は短いのだろうか。

 わたしのことばが実現するかどうかは、今分かる。」民数記11章23節 

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2009年12月04日

心のごはん 39  シリーズ レビ記

あなたがたの土地の収穫を刈り入れる時は

畑の隅々まで刈ってはならない。

あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。

また、あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。

あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。

貧しい者と在留異国人のために

それらを残しておかなければならない。

わたしはあなたがたの神、主である。 レビ記 19章9、10節

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2009年12月03日

心のごはん 38  シリーズ 出エジプト

しかし、助産婦たちは神を恐れ
エジプトの王が命じたとおりにはせず
男の子を生かしておいた。

そこで、エジプトの王はその助産婦たちを呼び寄せて言った。
「なぜ、男の子を生かしておいたのか。」

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2009年12月02日

心のごはん 37  シリーズ 創世記 

神は仰せられた。
「さぁ、人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。
 彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、
 地をはうすべてのものを支配するように。」創世記 1章26節(新解訳聖書から)

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2008年12月20日

ラブレボ通信 47都道府県 カウントダウンメール① 北海道

もうすでに

ラブレボ通信は101回を超えましたが

このブログでもう1回

聖書の言葉をかみしめます

まずは第1回目

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2008年11月06日

インド オリッサ州のクリスチャン大迫害への祈りと献金依頼

大事な仲間

阿部俊弥牧師からのお願いメールです

どうぞ

お気持ちのある方はコンタクトとって下さい

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2008年09月01日

イカピーの福音書 ① キリストが現代にいたらシリーズ「キリストは命の豚骨醤油ラーメン」

さて

今回いよいよ満を持してイカピーの福音書シリーズに行きます

これは僕の勝手な推測とパロディーで

キリストが現代にいたらどういう風に語るのかただそれが気になって

現代を舞台にバイブルの話を置き換えてみたいと思っています

その第一回目は!!

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2008年08月25日

中国の老伝道者の詩「十字架の道」

8月に山口県出身の友達と出会った時もらって

非常に感動した中国の老伝道者の詩です

実に同感したので

ちょっと載せてみます

キリストの弟子だと自覚している人は

ぜひ現象に踊らされないで

十字架の道をいつも胸にいてほしいなって思いました。

まずは自分から・・・

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2008年08月01日

心のごはん 36  アラカルト モーセの十戒「わたしの他に違う神があってはならない」

モーセの十戒シリーズ最後は

このテーマです

神々があってはならない

日本はもろに八百万の神々の国

ちょっと日本人考える必要があるかもしれません

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2008年07月28日

心のごはん 35  アラカルト モーセの十戒「神以外のものを作って神として拝んじゃだめ」

あと二回こてこてバイブルトーク続きます

でも一度はこのテーマで考えたいので

ぜひとも一緒におつきあいください

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2008年07月27日

心のごはん 34  アラカルト モーセの十戒「神の名をやたら使うな」

今回のテーマはちょっと意味不明な方もいるかもしれませんが

なぜこの世界に宗教があるのかということをちょっと考えてほしいので

お時間ある方は是非最後までおつきあいください

人類のテーマです

いるのかいないのか

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2008年07月21日

心のごはん 33  アラカルト モーセの十戒「休みの日をとることの大切さについて」

バイブルで休める日を持つことの大切さを語ります

バイブルを沢山読んでいる方々には今回のタイトルは

少し物足りない表現と感じるかもしれませんが

日本社会で分かるように考えてみました

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心のごはん 32  アラカルト モーセの十戒「父と母を敬いなさい」

このメッセージは

本当にいま考えたいです

父と母を敬う

当たり前がなかなか素直にできなかったり・・・

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2008年07月15日

心のごはん 31  アラカルト モーセの十戒「殺しちゃだめ」

これほど駄目だと知っていることなど世界でないはずなのに

どれほど多くの人がこれを止められなかったでしょうか

人と人とが殺し合ってしまうという悲惨な現実

これは終わらないのでしょうか

そして人を殺すとは

どういった所からスタートしてしまうのでしょうか?

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2008年07月14日

心のごはん 30  アラカルト モーセの十戒「姦淫しちゃだめ」

姦淫

う〜ん

使いませんねぇ

この言葉

でもどんな意味でしょ

女性が軽んじられている国、日本

反省の時です

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心のごはん 29  アラカルト モーセの十戒「盗んじゃだめ」

もうこれは歴然です

盗むことは

駄目

だって法にふれますし

いやいや

盗みって法にふれることだけではないことをバイブルは教えます

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2008年07月11日

心のごはん 28  アラカルト モーセの十戒「嘘の証言をしちゃだめ」

嘘の証言はだめなのです

もちろんみんな分かっています

でも嘘も方便って日本人言いますよね?

一体

大人の階段を上る過程で

どうしたらいいのやら??

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2008年07月10日

心のごはん 27  アラカルト モーセの十戒「隣の人のものをほしがっちゃだめ」

映画でも有名な「十戒」

モーセと言えば歴史上の人物で

イスラエルのもう欠かせない人ですが

十戒シリーズいってみたいとおもいます

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2008年07月09日

心のごはん 26  アラカルト 「正義のために迫害されている人は幸せ」

でた

また夢みたいなこと

って言うじゃない?!

この歴史の中にこの類いの幸せを経験した人達がいるわけです


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心のごはん 25  アラカルト 「平和をつくる人は幸せ」

平和のないところに平和を作れるなら

それはどんなに幸せになれるでしょう

平和って一体なんでしょうか?

バイブルの持つ平和という考え方はまたオモローです

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2008年07月07日

心のごはん 24  アラカルト 「心の清い人は幸せ」

心が清い人なんているんですか?

心が清くなりたい

僕がクリスチャンになりたかったのは

それが理由でした

小学校のことでした

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心のごはん 23  アラカルト 「憐れみふかい人は幸せ者」

憐れみが深い人は幸せって

そんな絵に描いたような憐れみ深さって

持てるようで持てない

憐れみ

憐れむ心ってどうやって培われるのだろうか?

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2008年07月06日

心のごはん 22  アラカルト 「正義に飢え渇く人は幸せ」

義に飢え渇く人は幸せだとバイブルは言います

男なら子供の頃あこがれるヒーローもの

ミスチルの桜井くんも歌っていますが

正義は誰でも求めてながら

現実社会でそれが実践されていない中で

妥協したくないのに

ついついその場の勢いに流されてって多いんじゃないかって思います

正義が実践される為に

人はどう生きたらいいのでしょうか?

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2008年07月04日

心のごはん 21  アラカルト 「謙虚で柔和な人は幸せ者」

謙虚で柔和な人は幸せになれるよねって

思えるかなって思いますが

そりゃ柔和で謙虚な人は幸せになれるでしょうよって

こいうことと自分と切り離して考えてはいませんか?

一体これはどういうことなのだろうか?

ちょっと考えてみました


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心のごはん ⑳  アラカルト 「悲しむあなたは幸せ者」

でた!

心のごはん アラカルトシリーズ 

ただいま幸せについて考えています

悲しむ人は幸せだと言うのですが

どうやったら悲しみが幸せになるのでしょうか?

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2008年07月03日

心のごはん ⑲  アラカルト 「心が貧しいあなたは幸せ者」

バイブルで良く知られた言葉で

心の貧しい人は幸せです

とあるのです

心の貧しさって一体何?

心の貧困って悪いんじゃないの?

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2008年07月02日

心のごはん ⑱  愛シリーズ 「友のために表す愛の極みって?」

さて今回は愛シリーズ第18回目でとりあえず

愛のメッセージ続きものは最後となります

また愛とはなんなのか色んな角度から考えて行きたいと思いますが

愛の実践の為に段階を踏んでここまで考えてきたつもりではいましたが

今日はかなりの強者です

え?

そんなんできねぇだろ!

って思うのも思わないのも自由です

でも一緒に考えてみるだけでも

お時間頂けたら嬉しいです

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2008年06月30日

心のごはん ⑰  愛シリーズ 「敵を愛する」

バイブルの言葉の中で

最も有名な一つがこれです

キリストが言った「あなたの敵を愛しなさい」

わお!

敵って・・

それは頭で分かっても

感情で嫌に決まっているでしょう

ではどうやって

不可能が可能になるのでしょうか?

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心のごはん ⑯  愛シリーズ 「完全な愛は恐れを追い払う」

愛は恐れない

そりゃそうでしょうよ

って思うけれども愛せないものあげてみましょうか

また恐れているものをあげてみたいです

どうやって克服できるか

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2008年06月28日

心のごはん ⑮  愛シリーズ 「愛はようはパテみないなもの」

前回まで結婚式の有名な愛の箇所からシリーズでやってきましたが

今回はまた別のバイブルのところから

考えてみたいです

愛ってパテ???

パテって、あの?

そうなんです。

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心のごはん ⑭  愛シリーズ 「愛は全てを耐え忍ぶ」

今回はバイブルの中の「コリントに住む人とたちに書かれた手紙」から

愛について書かれている部分を一つ一つ考えてきましたが

コリントとはギリシャです

現在もある町の名前です

約2000年前の人達も愛ってじつのところ何か分からずに

教えてもらったことがあったわけですが

今もなお通じるのですから

時代が変わっても人は同じですね

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2008年06月27日

心のごはん ⑬  愛シリーズ 「愛は全てを期待する」

今回はいやはや

良い言葉です

分かりやすい

でも以外と実践が難しかったり・・・

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2008年06月26日

心のごはん ⑫  愛シリーズ 「愛は全てを信じる」

愛は全てを信じる

全て?

これも?

前回は全てを覆うでしたが

今回も「全てを信じる」?

一部ではなく?

では本来、信じるって??

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心のごはん ⑪  愛シリーズ 「愛はすべてをおおう」

いよいよ愛シリーズも10回目を超えました

今回のテーマはまた興味深いです

愛って・・・

そこまでか!

あなたはこれを誰までできますか?

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2008年06月24日

心のごはん ⑩  愛シリーズ 「愛は不正ではなく真理を喜ぶ」

今回はタイトル長いです

愛は不正を喜ばず

愛は真理を喜ぶとあります

もしあなたが誰かを愛しているなら

こういった場面でどういう態度を取るべきか

不正を犯しそうになっている人がいたら

あなたならどう接しますか?

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2008年06月23日

心のごはん ⑨  愛シリーズ 「愛は人のした悪を思わない」

愛は深い

知れば知るほど深いですね

そして知れば知るほど愛せる人になりたい

今度はこのテーマ

「愛は人のした悪を思わない」


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心のごはん ⑧  愛シリーズ 「愛は怒らず?」

愛は怒らず

いからず?

おこらず?

そりゃそういう時もあるでしょ

って思われるかもしれません

子育てされている方も

誰かに指導している方も

指導されている方も

いらっしゃるでしょうから

よくこれを考えてみたいと思います

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2008年06月21日

心のごはん ⑦  愛シリーズ 「愛は自分の利益を求めない」

愛は自分の利益を求めない

え?

ビジネスはだめなのか?

どこからどこまでが自己中心になっちゃうのか?

わからなくなりそうですが

ちょっと考えてみたいです


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2008年06月20日

心のごはん ⑥  愛シリーズ 「愛は礼儀に反することをしない」

いやー愛ってこれも?

もちろんそうですが

自由と秩序のバランスが人間とても大事ですが

礼儀に反しないって一体どこからどこまで?

どうやって愛の行為としてとらえたらいいか・・・

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心のごはん ⑤  愛シリーズ 「愛は高慢になりません」

世間でも一番歌われ、聞いている愛の歌

ラブソングも恋愛以外で連想できにくい今日この頃ですが

愛って以外と知っているようで知っていないことが多く

人を愛しているようで実は届いていないことがよくあります

愛・・

今回の愛の要素は・・・

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2008年06月19日

心のごはん ④  愛シリーズ 「愛は自慢しません」

愛って深いですね

一言で言えないので色んな要素がバイブルで書かれています

今回は

愛は「自慢しません」

自慢しないそれが愛だというのです

でも自慢しているつもりないのに

自慢するなと言われたことはありませんか?

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心のごはん ③  愛シリーズ 「愛は人をねたまない」

心のごはんシリーズ第三回目です

愛って何かただただ考えてみたいだけですが

今回は愛は「人をねたみません」

人はねたみやすいですよね

ではどうやってこれが可能になるのでしょうか?

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2008年06月18日

心のごはん ②  愛シリーズ 「愛は親切」

ただいま

結婚式で有名な「愛は○○」のシリーズを

一つずつ簡単におって考えています

今回は愛は「親切」だということです

愛の要素の中にある親切とはどんなことか考えてみましょう

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心のごはん ①  愛シリーズ 「愛は寛容って何?」

さてこれから

バイブルのエッセンスを絞り出して行こうと考えています

バイブルトークシリーズを始めようと思います

まずは大事な愛についてちょっとずつ進めて行きたいとおもいます

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2008年05月14日

五十嵐義隆ヒストリー インド No34 インドで8年ぶりの挽回のチャンス 

あの時こうしておけば良かったって

誰もが一度は考えたことがあるかもしれない

俺にとっては高校三年の時の悔しい思い出があった

その状況ににたシーンにインドで遭遇することになった

聖書で完全な愛は恐れを閉め出すとあるんだけど

神の愛を知った後の俺の人生は

本当に恐れから解放されていた

その事件は空港で仲間を見送る時に起きた

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(インドのタージマハルホテルの前の港)

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五十嵐義隆ヒストリー 関東 No33 インドでまた考えさせられる

アフリカの旅の中で思わず

価値観革命と題しながらそんなに革命した部分について書いてなかったので

インドでの旅と重ねながら

俺を変えた三つのできごと

大阪のホームレスのおじさん

アフリカ人たち

インド人たちを重ねながら振り返りたい・・・

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(インド行きの空港で 親友の阿部さんと)

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2008年05月13日

五十嵐義隆ヒストリー 関東 No32 ソマリアに行く???

ケニア滞在中の突然の急展開

そこに待ち受けていたのは

エキサイティングな旅

ケニアから突然・・・ソマリアへ????

それは午前4時のできごとだった

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(ケニア、タンザニア、エチオピア、ソマリア付近 アフリカの東岸)

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2008年05月12日

五十嵐義隆ヒストリー 関東 No31 アフリカに侍来たり

ナイロビは夜危ないって

地元に住んでいる外国人に言われた

え?まじで?

イスラエルに行くときも危ないって言われた

俺はどこでもそんなのあると思っているから

全然気にしていなかった

しかも・・・俺の服装のチョイスがまさにタイムリーヒットだった

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(じんべえと下駄でナイロビへ 聖書学校の仲間たちと)

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2008年05月09日

五十嵐義隆ヒストリー 関東 No30 初アフリカ大陸 俺の価値観の革命へ

大阪の学校でもそう

また卒業してから今までの過去五年間もそうだが

あまりにも一つ一つの思い出が濃く

また色々ありすぎてなにから整理して良いか

一つはアフリカに行った時の話をしよう

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(インド航空で行った初アフリカ大陸 ケニア上空からの景色)

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五十嵐義隆ヒストリー 東京都 No28 フリーランス

人生初めての東京生活

これからどんなことが待っているのか楽しみだ・・・・

これから舞台は日本中、世界へ・・・・・
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(ラーメン屋の前で仲間とたわむれる 写真撮影提供たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 関東 No29 五十嵐義隆伝説 わらしべ長者

現在妻と息子がいる

結婚前まで東京の町田と神奈川県は相模原に住んでいた

ここでもミラクルがたくさんあった

いくつもミラクルがある中で面白ミラクルをいくつか

まさかのまさか再会


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(電車で息子と外の風景を眺める 写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府〜東京都町田市 No27 初の東京、捨て身の出発

もう大阪でホームレスのおじさんたちや色んな背景の方々と会うようになって

もう俺の中の当たり前や常識などくつがえされまくった

生きる為に必要なものは何か

生きるって何かホームレスのおじさんを見ていると

ずいぶん俺たちはいらないものを失う心配をして生きているのだなって思っていた

そんな経験をしていざ東京に行くときはなんと!!

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(エルサレムのベンユウダ通り かつてテロがあった場所)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No26 夢のかなうタイミング、そして東京へ

25歳までざっと振り返った俺の人生

ずいぶん正直に生きれるようになった

大阪からいよいよ東京にいくことになるが

その前に人生初めてのイスラエル旅行に行ったことを書きたい

すこし時間は前後するが

なんでも初めてのことは忘れにくいものである

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(イスラエルの新市街 市場のパン屋さん)

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2008年05月08日

五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No25 ノンフィクション最高

俺のおやじの生い立ちからあまりにも人生でおきるできごとがおもしろくて

テレビを見てもさほど感動しないのはいた仕方がないことだ

人の生き様というドラマは誰もまねできないからだろう

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(自由が丘で息子と2ショット 写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No24 事件はいつでも隣り合わせ

テレビや新聞で見聞きする事件て人ごとのようで実はいつでも隣り合わせ

明日は我が身ということも言われるが

まさかの展開

この事件でマスコミに対しての見方もまた変わることになった

マスコミを鵜呑みにすることはこの事件で辞めにすることにした

ようは事実関係を確認するまではやまった結論や評価や批評はするものではないことを・・


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(砧公園の桜と俺 写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No23 大阪生活最後のドラマ ノンフィクション

俺は申し訳ないけど映画やドラマが好きではない

作られたものに感動できないさめた性質があって

どうせ嘘なら笑いが良いと思っているから

昔からコメディーやお笑いばかりが好きだった

だって現実世界の方がずっと作り物より感動できるんだから

でも最近役者をやっている仲間たちと関わるようになって変わって来た

さぁ24歳から25歳にかけて間に起きたノンフィクションをお届けしましょう

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(2008年3月30日砧公園で花見 子連れオオカミ 写真提供たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No22 俺の有限 神の無限

俺は残念か幸せか3次元の中で24時間という制限の中で生きている

だからその限界の中で取捨選択するセンスを人は評価するのだ

今回の俺の選択は評価されるとは思えなかった

お金をあげるだけあげて

しまいには限界が訪れるのだから

でも俺の信じる神に不可能はなかった

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(新婚旅行はイスラエル 死海が見える場所から ダビデ王が逃げた場所)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No21 俺もただの人でしたヒーローにはなれず

俺はミスチルでギターを弾けるようになった

あのアコースティックギターのスチールの弦で歌うのが大好き

そしてミスチルも好きになった

名曲「Hero」

男なら誰だってヒーローにあこがれる

俺もその一人だった

俺はヒーローにはなれなかった

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(日本の誇るべき世界遺産 岐阜の白川郷 念願の訪問 滞在時間1時間前後)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑳ 諦めかけたその時、奇跡は起きる

奇跡って誰かの話を聞いているだけなら楽しい

もしかしたら自分にも起きるかもって頭の中で描いているだけで良いのだから

ところが

奇跡がお客さんの立場から当事者の立場になって行くとき

どうしてその過程の中ではまじかよって思う葛藤は常にある

人は結果を出した誰かの良いところだけ見て判断してしまう

人生どんなことにも楽ばかりではない

そんなこと分かっている

人生は傍観者から当事者になるその移り変わりがある

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(2007年5月 韓国のイベント会場のステージにあがることになった)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑲ やっぱ神にできないこともある?

人類はなんでも神のせいにして自分の心をなんとか守る悪い性質がある

もしも神がいるのなら・・・

なんでこんな状況が・・・・

自分にできないことがあるとそうやってものごとを終わらせてしまう傾向がある

本当にそうなのか?
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(韓国での一こま。仲間と一緒に撮ったアクションスター「ヤンドンクン」
 ヤンドンクンも3年前にクリスチャンになった。
 ※ヤンドンクンとは「風のフィター」の主演俳優)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑱ 長い9回の裏の俺の攻撃

俺はサッカーマンだったから90分の試合で

終わり5分になって6対0なら

ちょっと諦めモードになるかもしれない

野球の魅力的なところって100対0でも

コールドゲームがなければ一応

可能性としては時間に制限などない

だから好かれるのかな?

俺の9回裏はこんな展開

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(芝公園のオランダ大使館の横の人工サッカーグラウンド 教え子と共に)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑰ 試される俺の許容量

人はそれぞれ

できる範囲が違う

それを人に押し付けたら人はつぶれる

またその逆もあって

誰かのキャパの範囲と経験と前例だけで判断されてもまた困る

人それぞれ新たな領域とステップがあって

それを乗り越えられる範囲で見極める識別力が本当に大切

それを俺は見つける日々を送るようになっていた

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(港区芝公園にある聖公会の中  写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑯ え?また来たの?

⑮の続き・・・

確か

お金を渡して1週間もしないころに

え?

またあのおじさんが俺を訪ねてやってきたのだ

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(雪の日の旗の台、品川。素足にサンダルであえて歩きたくなる。
 写真撮影提供 たけしげる)

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2008年05月07日

五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑮ 突如現れた新顔

公園のテントに住むおじさんたちとの仲が良くなっていくと

その話がだんだんと広がっていった

最初に理解を示さなかった人達も

だんだん応援してくれるようになった

すると俺の行動は思わぬ人達にも知られていて・・・

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(自由が丘で家族3人 写真撮影提供 たけしげる)

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2008年05月06日

五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑭ 事実は小説よりも奇なり

一人の人をとことん愛したことありますか?

自分のことのように自分以外の誰かを愛し抜いたことありますか?

かつて自己中心だった俺が神の愛で人生変えられ

いつしか人の人生も大切に扱えるようになった

一人の人をとことん愛していく時

そこには色んな試練がやってくる

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(救急車)


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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑬ 公園の主(ぬし)と友達に

隣人を自分を愛するように愛しなさい

聖書で誰もが知っていて

誰もが大事にしている箇所だ

実践しやすく、そしてすぐにマンネリ化しやすいものでもある

隣にいる人を大事するってできるようで難しい

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(スマトラ沖地震被災地での一こま)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑫ ブルーテント

祈りは思いがけぬ時に答えがきたりする

ホームレスのおじさんたちと友達になるきっかけを求めて半年

学校の1年に1度のイベントのために寮を掃除していると

いらない布団や毛布が出てくることになった

さっそくそれを持っていざ城北公園!!

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(城北公園の噴水)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑪ 10年ぶりの大阪に変化が・・・

4年間も時間を経て

まさか

またかつて生活した場所に戻ってくることになるなどは

少しも考えてはいなかった

まさか

同じ大阪であまりにも感動的な日々を過ごせるようになるとも想像していなかったが・・

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(大阪)

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五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑩ いざ決断の時

18歳から22歳までを送った和歌山県田辺市

今でも頭の中に景色が思い浮かぶ

一つ一つのシーンが蘇る

それくらい大事な場所であり時間となった和歌山

いよいよ次の道へ決断をしなければならない日が近づく・・・

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(オシム監督。監督は決断力が必要だ)

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2008年05月05日

五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑨ 自分の価値探しをもう一度

新潟ー大阪ー新潟ー和歌山と人生勉強をしてきた引っ越しの数々

人生はまるで旅のようだと例えられるが

転勤族でもないのに現在で8ヵ所目に移動して来た品川区

その度に色んなことを考えさせられる

特に和歌山で自分は改めて一体何が本当にしたいんだっけ?と

ゆっくり考えることができた4年間だったのだ

一言で言うと

「どうやったら人は輝いて生きれるか?」だった。

それが人というより俺が警備会社にいながら輝いた人生を送れるかだった。

その答えは・・・・

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(宇宙の輝き)

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2008年05月03日

五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑧ 苦手な人を克服する

和歌山での生活で忘れられないできごとが沢山ある

その一つは

列車見張り員という仕事をしていた時の現場にいた難しいおっさんとのこと

残念ながら名前は忘れてしまったでもあのおじさんの顔と存在は忘れていない

そして俺が一つ乗り越えた壁だった

聖書でイエスが教えた「敵を愛しなさい」

人生のテーマだ

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(イメージ画像)

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2008年04月03日

五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑦ 人に好かれる為の秘訣

さて

いままでざっと

生きてきた足跡をまとめてきたが

和歌山でのことはたくさんみんなに伝えたいことがある

その一つ一つをしばらく

細かく焦点をあてて紹介したい

まずは人に好かれるためには???

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(イメージ)

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五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑥ 社会人になって

いざ鎌倉ならぬ

いざ和歌山

しかも田辺市

ご存知ですか??

五十嵐義隆のほとんど誰も知らない4年間が展開します
(もちろん和歌山の知人たちは知っています)

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(和歌山県田辺市のJR紀伊田辺駅)

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2008年04月02日

五十嵐義隆ヒストリー 新潟県加茂市⑤ 高校ミラクル編

奇跡ってあると思いますか?

奇跡ってなんですか?

俺は俺で奇跡を体験することになります

そして俺の人生はサッカー命から神様一番の人生へと変わっていくのです・・・・

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五十嵐義隆ヒストリー 新潟県加茂市④ 高校編

いよいよ

高校生

プロサッカー選手になる為に1からスタートだ!!

そんな矢先・・・・・

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(加茂高校の特徴的な天文観測できる場所)

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五十嵐義隆ヒストリー 新潟県加茂市③

新潟県三条市で12年

大阪市旭区で2年

人生15年目を今度は新潟県でも加茂市に移ることになった

おいおい!!!

まさか まさか まさかですよね・・・・

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(加茂市を上から)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府大阪市旭区②

さて

人生で初めての引っ越し先が大阪

小学校の時、いつも転入生、転校生にあこがれがあった

その転校生にいよいよ俺がなれる日が来たのだ

いきなり大阪でのカルチャーショック・・・

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(写真は淀川)

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2008年04月01日

五十嵐義隆ヒストリー 新潟県三条市 ①

せっかく作ってもらった僕のミニストリーのホームページ

あまり変化もなくここまで

来てしまいましたが

今年の春から自分のスタンスを新たにする為に

今までの僕とキリストの関係を振り返りたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

ブログももっと頻繁に更新します。

まずは、なんでクリスチャンなったのかの話です。

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2007年10月16日

「Spiritual Warfare」リリース

ここに渾身の一枚が登場

僕と山本香織とYoshi Blessedと渋谷ハーベストのケビンが

日本の未来の為に全てをかけて作った歌がいよいよ登場です!!!

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2007年10月02日

やまごもりから もう少しで 解放

いやはや
ひさしぶりの疲労困憊でした
時間が短い短い
9月17日からばったばったで今に至りましたが
その理由は・・・・
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2007年09月24日

9月18日 会議会議会議

この日は

Yoshi Blessed との会議

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9月17日分 いよいよ レコーディング 

いよいよこの日がやってきました
待望のレコーディング

島根に向けて準備してきた音楽がいよいよ

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9月16日分 教会ってなんだ?うちらは家が教会?!

この日は家族で・・・

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2007年09月17日

9月15日分 Love Revolution in 立川

毎月恒例 ラブレボ立川 が 15日に行われた

うーん

毎回感動する

なぜならそこに愛があふれるからだ

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9月14日分 サッカーのコーチングで学ぶもの

僕は5月から港区のこどもサッカーのコーチに就任することになった

そしてもともと青春の全てを捧げたサッカーを今こうして

不思議な形で子供たちとサッカーできていることはぼくにとって良い刺激になっている

一度捨てたものをもう一度取り戻す時のタイミング非常に興味深い

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2007年09月14日

9月13日分 祈りは呼吸

毎週木曜日東京のアメリカンクラブでクリスチャンのアーティストやメディア関係者の為の祈り会をしている。
なぜ祈るのだろうか。
祈りってそんなに大事なのだろうか?
祈りとは・・・・

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2007年09月12日

9月12日分 日記や色々なことここで

ミクシーで毎日日記を書いている
なんでミクシーなんかを大切にしてきたか
それは自殺した僕の友達が招待してくれたからだ
ただそれだけ
他に理由はない
遺産として大事にしているこのミクシーそれが・・・・

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久方のブログ復活

僕が持っていたドメインの更新がうまく行かずに、ドメインが変更されて回復期間ページは眠っていましたが復活しましたのでお知らせします。
今後ともよろしくお願いします。

2007年04月27日

ラブレボリューション 誕生のいきさつ

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2006年の元旦に年越しカウントダウンで始まったイベントが
2006年1月から「Love Revolution」という名前でスタートした
そして、あっというまに二年目に入り
2007年はいよいよ全国展開を始めさせてもらっている

新潟、福島と神の祝福のうちに終えた愛の革命のムーブメントが
神様のガイドの中で全国に愛の波紋を広げていただきたいと思っている

このラブレボリューションはどういう経緯で行われるようになったのか
ぜひ知っていただきたい

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2007年04月25日

Gospel Radio Station 誕生秘話 

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ただ今、ゴスペルレディオステーションの収録のために
長野県は佐久市と小諸市にやって来ています
5月分の収録をするために4月24日、25日と二日間に渡って滞在しています

さて、今年で4年目を迎えたこの番組が
始まるいきさつはこうだったのです・・・・・
www.church.ne.jp/grs

(写真は からし種と一円玉)

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2007年04月17日

初メッセージ

この場所では

心から日本のリバイバル

トランスフォーメーションを願って

メッセージや証を展開していきます

私に与えられたメッセージがいくらかでも

お一人にでもお役に立てたらと願っています

それでは

メッセージの為にもお祈りください