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2010年03月08日

心のごはん 62  シリーズ  エゼキエル書

なんと

その谷間には非常に多くの骨があり

ひどく干からびていた

主は私に仰せられた

「人の子よ。

 これらの骨は生き返ることができようか。」

私は答えた。

「神、主よ。

 あなたがご存知です。」エゼキエル37章2、3節

エゼキエルという神の言葉を伝える人が

捕囚でぼろぼろになっている

自分の民、イスラエル人が生き返ることを

骨が神の息吹によって命を取り戻すという

そんな絵で見せられた

蘇る

死んだ人の蘇生はいくらでもある

バイブルでキリストが十字架で死んで復活した

死んだ人が生き返る

あるある

日本でも

1638年に天草四郎率いるキリシタン37000人が殺されて

今でも、長崎は島原の原城の土の下に

骨が山ほど埋まっている

掘り返せばいくらでも出てくる

2年前に

熊本は天草という地で

キリシタンの殉教からそのパッションとその本気の生き様を学びたくて

ゴスペルライブツアーに行った

殉教から370年記念

37000人の先輩から

エゼキエル37章と重ねて学ばせてもらった

死より大事なものってあるか

命よりも大事なものがあった

江戸幕府は

将軍よりも神を恐れるキリシタンを大層恐れた

なぜなら将軍でさえも聖書に照らし合わせて間違いについては間違いと考えるからだ

関ヶ原の戦いでプロの兵隊たちが8万対8万

どれだけ幕府が恐れていたか

その導入したプロの兵隊によって分かる

その数12万5000以上

江戸に時代が変わり

30年そこそこで国に脅威を与える程

他と生き様を異にする人達が日本にはいた

長崎の26聖人

天草の37000人の殉教

これでキリシタン撲滅運動は加速化した

鎖国

檀家制度

踏み絵

五人組

類族改めの令

天草には

今でもキリシタンとは無縁であることを証明する「しめ縄」が

家の扉の前に飾られていることが多い

見ざる聞かざる言わざる

キリシタン迫害についてそんな時もあった

妻の生まれ育った福島県いわきでは

キリシタンを告発すると年間の収入の半額

宣教師を告発すると一年分のお金がもらえた

そんな文書が出て来た

そりゃ、困っていれば誰でも利用するわな

そして、「村八分」

これもキリシタンに行われていた

葬儀と火事以外は彼らのコミュニティーと関係を持たないと言う意味

いじめの江戸バージョンだ

世界に類をみない大迫害を経験した

聖書の価値観と

それに生きた人々

勇敢に生きて殺される

まわりにしっかり「恐れ」というマインドコントロールは

江戸時代に大きく作られた

人の顔色を見て生きる日本人

明治維新で前後で入ったプロテスタントのキリスト教

経済や文化とともに入ったが

ペリーの来航は大砲とともに日本と言う閉じた心の少女を

無理矢理レイプしたと見る人さえいる

無理矢理欧米化された日本

そのために用いられた明治維新の志士達

時は経ち

またアメリカに戦争で負けた20世紀

今度はアメリカのキリスト教があたかも

聖書の文化みたいな時代に入った

戦争で負け

アメリカナイズされた日本

そりゃ戦争で勝った国は魅力的だった

しかし

江戸時代を上回る

聖書の影響力はいまだ見当たらない

なぜだろう

日本は

真理を握ると

殺されると言う徹底的な恐れが全国に染み渡り

いまでは宗教アレルギーがそれを更にコーティングする

人生をかけて

命をかけても

価値があるものを見いだしたことがあるだろうか

私たちは人生で一度死んだように思えても

真理を見いだすとき

また復活し

よみがえるのだ

ローマ帝国の迫害につぐと言われる程

隅には置いておけない

日本でおきたキリシタン迫害史

第二次世界大戦以後

戦いをしなくなった臆病な日本に

喝をいれてやろうと

メディアのみならず

日本にくる外国人達がいる

しかし

天草四郎達をはじめ

この勇士たちの存在を知った人達は

途端に日本への見方が変わる

武士道

日本の技術

世界に通じる日本文化があった

更に

日本が取り戻す文化は

自殺ではなく

人を助けるために命をかけるその生き様

すなわち人を命にあふれる人生に導く死に様だ

金ではなく真理を優先した先輩達のその数

いま草食系だとか

平和になったとか

金だけで行動しないと言われきた日本のありかたに

必ず何かを投げくれてくれることだろう

殉教者

その意味は「イエスキリストを生涯かけて伝える人達」

いま日本にはいったいどれだけいるのだろうか・・・

2010年03月07日

心のごはん 61  シリーズ 哀歌

主よ。ご覧下さい。

顧みてください。

あなたは誰に

このようなしうちをされたでしょうか。

女が自分の産んだ子

養い育てた幼子を食べて良いでしょうか。 哀歌 2章20節

信じられないような真実の描写

母親が飢えに困ってわが子を食べる

本当に嘆くべき現実

戦時中も

人を食べたと言う話もありますが

人が追い込まれるとき

人は信じられない行動にでる

長野県に入り

過疎化で悩むある市の市議会議員さんと話をしていたとき

お婆さんのお医者さんがやってきた

唐突に議員さんが

地元の哀しい現実を話して来た

女の子は以外と元気なんですよね

ん?

女の子が生まれると新聞に包んで殺していたんですよ

真顔で話す議員さん

あまりにも自然に話すから

もう随分昔の話かなと思いきや

お婆さんのお医者さんが若い頃

産婆をしていたころの話

そんなに昔の話じゃない

ホロコーストもそうだし

日本のキリシタンの殉教もそうだし

第二次世界大戦もそうだけど

人が殺されるのが

当たり前のようにされる時代がある

それって

人ごとだと思いますよね

自分には関係ないと・・

直接殺していないし

基本的にそうはあってほしくないも思ってる

日本の自殺ここ30数年2万人を越え続け

最近12年に限っては3万人を超え続けている

無縁死も3万人を数え

中絶の表の数は年間30万以上で裏の数字はその10倍と言われています

イスラエルで嘆きが起きましたが

実は

嘆きの現実がいまも起き続けています

臭いものには蓋をしろ

自分たちのまわりに起きた

または起きている現実はおいておいて

社会問題を批評するのは本当に簡単なことです

それでは

その簡単な方を選び続けたら

問題は更にエスカレートします

いまの悲劇を食い止めるために

大事なことは

自分のまわりに起きていることを

後回しにしないということでしょうか

隣人を自分のように愛する

逃げずに

ごまかさずに

勇気をもって向き合わないと

問題は更に加速します

なんでこんなことが

表面化するものに

必ず根があります

どんなに

地面から出ている草の一部分だけ抜いていても

根っこから取り除かないと

問題は繰り返される

人にはできないことも

神にはできるのです

自分の力で苦しむ

私たちに神は

帰っておいでと

待っているのです

2010年03月06日

心のごはん 60  シリーズ エレミヤ書

主は 遠くから現れた。

「永遠の愛をもって

 私はあなたを愛した。

 それゆえ、私は誠実を尽くし続けた。 エレミヤ31章3節」

神は永遠の愛で

私たちを愛している

とっても嬉しいことだ

もしも

私たちが

誰かを愛していて

ずっと一途に愛しているのに

裏切られたとして

あなたはどうするか

複数の異性と肉体関係をもち

都合の良い時だけ

あなたのところに困った、助けてくれと

戻って来る

そんな人を愛し続けられるだろうか

どうですか?

あなたは

愛する人に

裏切り行為をされて

何度

赦せますか

ここで登場するエレミヤという人

この時すでに

イスラエルはアッシリア帝国に捕囚で連れて行かれ

残りのイスラエル人たちもバビロンに捕囚される手前

イスラエル人を愛する神

その神を裏切り続ける人間たち

愛し合う関係を続けるとしたら

あなたは裏切りる人と正しい関係に戻るとすれば

どうしますか?

その人が自分の勝手に生きて

こちらの話も聞かず

要望も聞かず

しかも好き勝手に他の異性と遊んで

あなたはそれを諦めずに

その人とやっていけますか?

かなり難しいかも知れません

神の

私たち人間に対する愛はこんな感じです

自分の好きなように生きて

困った時だけ神様に頼む、祈る

そして

またすぐに自分の好きなまま生きる

神は

適当にされて

いいよいいよとなあなあにはしない

ちゃんと向き合って

罪の部分だけ

問うて来る

裏切り行為を

あなたはどうやって私に誠意をしめすか

神は

裏切りは喜んでくれない

悲しむ

でも

私たちのことを愛している

神は

一途に

誠実に愛してくれている

私たちは

よく神を裏切ります

都合のいい時だけ

神を必要とする

神が人の形として

すなわちイエスキリストがこの地上に来たのは

愛を形にするためだった

永遠の愛

なんだか良く分からない

愛は概念ではなく

行動になる

十字架にかかる前のキリスト

全ての人が

裏切った

見捨てた

良い時だけキリストを必要とし

自分たちの期待通りのことしてくれなくなったとき

全ての人が

見捨てた

それが

あの2000年前の十字架

永遠の愛

私たちにはよくわかりにくい

でも

十字架で

裏切る私たちに

「おまえらは結局そんなもんかい」とは言わなかった

「俺がこれだけしてやったのに」とも言わなかった

罵られても

罵り返さず

苦しめられも

脅すことをしなかった

それでも

「赦す」よと言ったのです

人は

それでも

愛され

赦されるとき

やっと人に対して

愛し

赦せるようになるのでしょう

2010年03月03日

心のごはん 59  シリーズ  イザヤ書

神である主の霊がわたしの上にある。

主はわたしに油を注ぎ

貧しい者に良い知らせを伝え

心の傷ついた者を癒すために

私をつかわされた。

捕われ人には解放を

囚人には釈放を告げ

主の恵みの年と

われわれの神の復讐の日を告げ

全ての悲しむ者を慰め

シオンの悲しむ者たちに

灰の代わりに頭の飾りを

悲しみの代わりに喜びの油を

憂いの心の代わりに賛美の外套を

つけさせるためである。

彼らは義の樫の木

栄光を現す主の植木と呼ばれよう イザヤ61章1〜3節

イザヤ書の主人公、預言者イザヤ

旧約聖書の預言者の中で最もほっておけない人だ

まさに、この人は

来るべき救い主

イエスキリストを語り続けた

キリストが地上にきたとき

何が起きるか

上に書いた通り

貧しい者は良い知らせを聞く

それは経済的な貧しさではない

マタイの福音書5章3節の心の貧しさである

すなわち霊の貧しさ

ここの心の貧しさについてはここをクリック!

自分の奥深い場所が

なんだか欠けている

その穴を埋めてくれる神の愛

心の傷ついた者を癒し

何かに捕われている人にはその依存状態から自由を与え

罪の中に苦しむ人に罪の奴隷状態から赦免されることを教える

イエスキリストの救いに導く愛は

同時に

全ての人が神の前に立たされることへの

間違いのない保証なのだ

この保証を得ていれば

堂々と神の前に胸をはって立てる

キリストと出会う人生は

このような大転換を経験する

キリストの弟子たちに始まり

この2000年間

キリストの愛に生き続け

この愛を伝え続けているクリスチャンたちはみな

人生のシフトチェンジを与えられた人達だ

こんな嬉しい情報

もしも知っちゃったら伝えないわけにいかない

2010年03月02日

Gospel Radio Station トークアップ!

トーク「バンクーバーの若者」

3月で丸6周年を迎え

4月から7周年目をスタートするこの番組

バンクーバーオリンピックで感じたことをテーマに

若者たちを応援したい意味でトークを展開しています

ラジオサイトトップ画面へ


2010年03月01日

熱いとりなし お願い します 伝道旅行チームのために

イカピーです。

今も生きておられる
イエス様の権威ある御名を賛美します。

韓国のオンヌリ教会も
使徒行伝「29章」と題しているように

復活の主イエスと出会った
キリストの弟子たちの活きた証は
2000年脈々と続いていますが

日本でも起きています!
ハレルヤ!!

さて、先ほど
あきる野の先輩牧師から
メールが入り

涙が出る程嬉しい知らせを聞きました。

詳細は改めてお知らせしますが
簡単にとりなしの内容をお送りします。

2009年の夏、火曜夜のタマリバ(若者の集会)に
自転車で走り急ぐ森田政志は、9台の暴走族のバイクを
ひょんなタイミングで追い越してしまった。
「なんかヤバイな。」予感は的中し、路地に追い詰められる。
「イエス様、どうするんですか!!」 すると伝道の言葉が口をついて出てきた。
すると全員が命を捨てた十字架のイエス様を泣きながら信じ受け入れてしまった。
2か月後、荷揚げの現場で声をかけてくる集団があった。
金髪は丸刈りの黒髪になり、彼らとは気付かなかった。
イエス様を信じた次の日曜日から礼拝に出席しているという。
新旧約聖書は全員2回読んだという。
先日また偶然の出会い。半年間の荷揚げで一人一人200万円貯めた。
彼ら独自のスタイルで全国に伝道に行く。
毎朝3時から6時までのデボーションで聖書は既に黒ずんでいた。
3月1日零時、「これから九州から全国に伝道に行く。」と電話連絡があった。
満月の深夜、十字架を背にした特攻服の青年たちが9台の旗付原チャで九州を目指して出発した。


何も情報も持たず
毎日毎日働いてお金をため
そして自分たちの生活をかけて
ただ、彼らは信仰で一歩踏み出しました。

後の者が先になるとは
まさにこのことです。
名も無き伝道者が用いられる時です。
主の尊い名前だけがあがめられます。

私たちは打算的に
色々考え安いですが

結局のところ
聖霊の御業
イエスキリストのシナリオにはかないません。

エルサレムに留まって
父の約束を待ちなさいと言われて
祈って待った
あのペンテコステの日

主に祈り
GOサインを受けたら
ただ、キリストに頼って
御霊によって信仰で進めます。

どうか、全国各地のみなさま
彼らの風貌で間違った判断をせず
助けが必要なとき
水一杯を差し出してあげてください。

また、宿が必要なら
宿を提供して下さい。

どうか
神の眼差しで
とりなし、キリストの体として
協力して下さい。

また若い彼らがサタンの攻撃から守られますように!

イカピーより

2010年02月28日

心のごはん 58  シリーズ 雅歌

大水もその愛を消すことができません。

洪水も押し流すことができません。

もし、人が愛を得ようとして

自分の財産をことごとく与えても

ただのさげすみしか得られません。 雅歌 8章7節

ソロモン王シリーズ

最後は

雅歌

とは?

もともとのヘブライ語の意味は

シリーム ハ シリーム

つまり、Song of Songs

歌の中の歌

そうです

究極の歌

それが雅歌

結局のところ

究極の歌って

そうです

冒頭のバイブルの言葉にもあったように

「愛」の歌です

世界中どこでも

ヒットソングの1番はラブソングです

愛の歌

みんな誰もが愛し

愛されたいんです

ゴスペルソングってありますよね?

あれ、神に対してまっすぐに歌っているものもあれば

間接的に神に歌っているから分からないものあります

日本に定着してしまったゴスペルソングのイメージと言えば

「天使にラブソングを」

つまり黒人のクワイヤースタイルやハモリバージョン

あまりにもこれがインパクト強いから

黒人霊歌=ゴスペルみたいな

偏見が日本で定着してしまいました

実は「赤とんぼ」でお馴染みの

三木露風

彼はクリスチャンで

最後の歌詞

「とまっているよ、竿(さお)の先」

これが十字架を表していると言われています

アメリカの建国が1776年

元々住んでいるネイティブの人にしたら

どうでもいい記念日ですが

日本ではとっくにゴスペルが歌われていました

だから

アメリカよりゴスペルは日本が古いのです

さて

雅歌とゴスペルは同じです

神様が

私たちをどんなに愛しているか

私たちがどんなに神様を慕っているか

男と女の愛の描写で学べます

世の中に蔓延するラブソングも

よく雅歌を読んで下さい

ロマンスの歌です

ロマンスを持つ矛先が

人間ならばただのラブソング

それが神様に向かっていれば

歌詞が直接であっても

間接であっても

ゴスペルなのです

すげー!

究極の歌

その究極の愛って??

人が友の為に命を捨てるほどこれほど

大きな愛はないとキリストは言いました

ここまでの本気の愛です

じゃあ、愛って?なんですか?

アガペーって知っていますか?

ギリシャ語で「神の愛」を言います

織田昭のギリシャ語小辞典(教文館)によると

アガペーとは

「主体的に積極的に尊重する愛」と説明します。

また、愛とは日本語で言い換えると「相手を大事にすること」です

だから

究極に人を大事にすれば

命をかけてでも守りたくなるわけです

夫婦

親子

恋人

誰でもできちゃいます

でもそれができなくなっている世の中なので

実にさみしい時代になって来たわけです

聖書には

完全な愛は恐れがないって書いてあります

完全な愛って?

それは

神が私たちに注ぐ愛の態度

つまり

どんなことがあっても

一緒にいる

失敗しても

罪犯しても

弱くても

あきらめない愛です

神は

私たちに対して

決して

見限らず

見捨てず

見くびらず

押し付けがましくない愛で

私たちと寄り添ってくれます

愛するからその見返りを強要しません

条件付きで

なにかをクリアしたら愛してあげると言うものでもありません

最初の言葉にあったように

もしも愛を何かと引き換えに得ようと言うなら

私たちは自分の愛に答えてもらえず

がっかりします

しかし

バイブルが教える愛は

相手が答えてくれても答えてくれなくても

大切にし続ける愛なのです

人生で最も必要なのは愛

その歌をずっと歌い続けていけたらいいなと思いました

※※※

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2010年02月26日

心のごはん 57  シリーズ 伝道者の書

空の空。

・・・

昔あったのもは
これからもあり
昔起こったことは
これからも起こる
日の下に新しいものは一つもない。

「これを見よ。
 これは新しい」と
言われるものがあっても
それは、私たちよりはるか
先の時代に、すでにあったものだ。

・・・あなたの若い日に
あなたの創造者を覚えよ。

わざわいの日が来ないうちに
また、「なんの喜びもない」と言う
年月が近づくまえに。 伝道者の書 1章〜12章

この作者は言わずと知れた

ソロモン王

イスラエルで最も繁栄を極めた王様だ

彼は紀元前約900年頃生きていた

空の空

この思想

どこかで聞いたことありませんか?

釈迦が「無」とか「空」とか言ったけど

釈迦が生きていたのが紀元前の早くて6世紀

遅くて5世紀

ソロモン王が世界に影響を与えていたとき

世界中の権力者も彼の知恵を聞きに集まったと言われていますが

インドとイスラエルが交流があったことはもちろん知られています

聖書は

口頭で伝えられ

またソロモンの時代にもなれば

色んな媒体が生まれていたでしょう

いずれにしても

人生の空しさ

空虚さ

誰もが経験します

なんの為に生まれて

なんの為に生きて

誰が一体

全てを評価してくれるんだ??

あまりにも

期待が裏切られたり

関心の目が向けられなければ

人はいつしか

投げやりになるでしょう

まじめに考えたくなくなるでしょう

そうです

誰でもそうです

そうなり得ます

栄華を極め

お金も

女性も

名誉も

全て味わった王の王ソロモンが出した答え

伝道者の書最後でこう閉じる

「我が子よ

 これ以外のことにも注意せよ。

 多くの本を作ることには

 限りがない。
 
 多くのものに熱中するとからだが疲れる。

 結局のところ
 
 もうすべてが聞かされていることだ。

 神を恐れよ。

 神の命令を守れ。

 これが人間にとって全てである。

 神は

 善であれ

 悪であれ

 すべての隠れたことについて

 すべてのわざをさばかれるからだ。」

 人は何か自分で発見したように思えること

 実は、全て聖書の中にあります

 神は罪を憎んで

 人を愛しています

 神の命令は

 全ての人が

 滅びることのないように

 イエスキリストの十字架の愛を

 受け入れて

 本当の命を得ることなのだ・・・・

2010年02月25日

心のごはん 56  シリーズ 箴言

主を恐れることは

知識の初めである。 箴言1章7節

最近

世の中は

不景気だから

やたら自己啓発本とか

儲かる話しが流行っている

日本で言うなら

ご利益的なうまみのある話しだ

うまみがあるなら

リスクもある

人生は

全て

良い面も

悪い面もある

特に聖書が利用されて

自己啓発とか

金儲けとか

そういうフレーズで使われることは

ここ2000年で幾度あっただろうか・・・

はっきり言っておきます

神はそれぞれに様々な人生を

与えています

聖書は儲かるための書物じゃありません

生涯 経済的に貧しい人もいますし

アフリカの奥地の山奥で育つ人もいます

私はインドの山奥で聖書の話しをしに行ったことがありますが

そこは海もなく

ちゃんとしたトイレもなく

おそらく、村人は生涯、飛行機に乗ることはなく

その村で骨を埋めることになるでしょう

いままでに

日本ではホームレスのおじさん

インドでのストリートチルドレン

ケニアのスラム街の人達

彼らから人生を学びました

人生は相対的に見る人達には

人の芝生が青く見えるものだと

大事なことは

与えられていることに感謝できることからでしょう

中途半端な金持ちや

中途半端な貧乏の人達が

1番中途半端な生き方を選びそうです

ラジオ日本で番組をさせてもらっているとき

いろんな方と会えました

ある人は600冊の著書を出し

もう金には困らない生活をするようになりましたが

メリットが目的で人々が集まるので

逆に友達がいなくなりました

昔、関わっていたホームレスのおじさんたちが

住んでいる公園では

お金持ちのホームレスの人もいました

亡くなる時、大金を所持していました

また、インドで会ったストリートチルドレンは

確かに貧しいです

涙も出ます

でも、本当に彼らの人生はかわいそうでしょうか?

私たちがないものをだれかに助けてもらように

彼らのないものを過度にならない範囲で

助け合えばいいのです

気をつけないと

そういう貧しい人達に関わることで自分のいきがいを見いだしてしまったりします

ホームレスのおじさんも

インドの子供たちも

アフリカのスラム街の青年たちも

目が輝いていました

もちろん

私もできるだけのお手伝いをしましたが

経済的な

文化的な発展をすることが

(発展と言いながら、先進国は大事なものを失っていますが)

幸せではないのです

人生の勝利は

相対的に自分が幸せになることではなく

私たちを創った神様を知る事です

その神様が本当にいることを知れば

私たちは

本当は何も分かっていない周りの人達の

目や

評価に踊らされることなく

見えない悪事も見て叱ってくれる

見えない良いことも評価してくれる

その神様のまなざしを知るならば

人生は変わります

人生の勝利は

描いたプランをどれだけ

実行できたかではなく

それがどれだけうまくいったのではなく

むしろ

どれだけ

神の喜ぶ生き方ができたかです

それは人それぞれ違うはずです

総理大臣も

ホームレスも

天国で同じ報いにあずかることができます

神を知る時

人生は変わります

金儲けや

自己実現しても

幸せは訪れません

もう一度言います

神を恐れることが

知識の初めです

クリスチャンたちに警告します

プロスパリティゴスペルに踊らされるな!


2010年02月24日

心のごはん 55  シリーズ 詩編

神よ。

御恵みによって

私に情けをかけ

あなたの豊かな憐れみによって

私のそむきの罪をぬぐい去って下さい。

どうか、私の咎を

私から全く洗い去り

私の罪から、私を清めてください。

まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。

私の罪はいつも私の目の前にあります。 詩編51編

端的に言います。

本当に人はどんな罪も赦されるのか?

と聞かれると

日本人ならどう感じますか?

そも

そも

日本に鬱や自殺が多いのは

赦されると言う道を知らないからです。

自分を赦せない

そして

人を赦せない

また人から赦してもらえない

赦しと

許しは

違います

罪は許可されるものではなく

罪は神によって免除されると言ったほうが分かりやすいでしょうか?

人は死ぬまで完璧には生きられません

全ての人がそうです

以前のブログにも書きましたが
(以下からブログの話しに飛びます)

1話 
2話 
3話 
4話 
5話 
6話 
7話 
8話 
聖書が私たちに教えるイエスキリストの十字架での赦しは

たとえ、

神に背いてもそれが神の前に罪とカウントされない

罪とみなされないということです

??

どういうこと?

日本人たちは多くの人が

自分たちは他の人よりましだという幻想に生きています

だから

いとも簡単に

なにか政治家や犯罪者に対しては

平気で

他人事のように

自分のことを棚にあげて

非難できちゃいます

でも

バイブルは

神のまえに罪の大小はなく

全ての人が正しくないことを教えています

外側に見える悪い行為だけではなく

心の中にあるその行動に移る前の思いも

また、見て見ぬ振りする行為も

また、神をそもそも必要としないこと自体

最も大きな罪だと教えています

神の前に「罪の時効」はありません

罪を赦す権利のある

唯一なる救い主イエスキリストによって

罪を赦してもらえるかどうかです

神は

人類に

一人も滅びて欲しくないと言います

お互いに愛し合い

裁きあうなと・・・

敵をも愛しなさいと言います

でも

私たちは

自分に都合の良い人とだけ関わり

自分に不利益な人達とは関わろうとしません

キリストは違います

私たち人類が

神にとって不利益なことをしても

神は見捨てず

あきらめず

見限らず

いつも

私たちを愛し

私たちの心のドアをノックしています。

神の愛は

強制ではなく

本当の愛し合う関係を知っているならば

相手に強要はしないはずです

罪を認めない人に

本当に人の苦しみ悲しみに寄り添うことはできません

なぜなら

人は自分の至らなさ

駄目さ

弱さ

失敗に悩むからです

それは神を見失う時に

大きな絶望として押し寄せます

神は愛です

神は私たち一人一人を

あなたを待っています

「私は愛する者をしかったり、懲らしめたりする。

 だから、熱心になって悔い改めなさい。

 見よ。

 私は戸の外に立って叩く。

 誰でも

 私の声を聞いて

 戸を開けるなら

 私は

 彼のところに入って

 彼とともに食事をし

 彼も私とともに食事する。」黙示録3章19、20節

 人を指差すのをやめ

 自分の内側の誰も知らない問題を

 神に差し出しましょう
 
 神はそれを赦してくれます

 もうあなたは

 イエスキリストによって

 罪人と判定されることはないのです

 

2010年02月21日

心のごはん 54  シリーズ エステル記

それは

ユダヤ人モルデカイが

アハシュエロス王の次に位し

ユダヤ人の中でも大いなるものであり

彼の多くの同胞たちに敬愛され

自分の民の幸福を求め

自分の全民族に平和を語ったからである。 エステル記10章3節

たった1人

王にこびなかった男がいた

その名はモルデカイ

ユダヤ人の男だ

ユダヤ人は真の神以外には頭を下げない

だからいつも歴史の中で独裁的な王が現れると殺される

それでも神以外に頭を下げることはしない

凄い民だ・・・

話は戻ってモルデカイが王のもとで昇進したハマンという男に

頭を下げなかったと言うその態度をハマンは気に入らず

モルデカイとその民族全てを殺してしまえと考え実践に移そうとしていた

このモルデカイが育てた養女エステルという美しい女性が

この時すでに、王妃となっていたのだが

彼女が滅ぼされようとしているユダヤ人であることはまだ

明かされていなかった

この全滅の作戦の前に

王妃エステルは立ち上がろうとするのです

すると

モルデカイが王の命を狙っていた人達を告発したことで

王が守られたことの記録の文書が出て来た

このことでモルデカイの信頼は一挙に回復し

王から位を得ることになった

モルデカイとユダヤ民族全員を滅ぼそうとしていた

ハマンの作戦は失敗に終わることになる

そして、彼は自分にその報いを得ることになった

ユダヤ人はすんでのところで全滅から守られた

蒔いた種は刈り取る

バイブルは言いますが

人は欺けても

神を欺ことができないことを

ここで実に学べます

本音と建前を上手く使い分け

半分嘘みたいな本当みたいな生き方をしつづけ

自分のことは棚におきやすい私たち日本人

現代本当に必要なのは

人の評価じゃない

神が全てを見ておられることを

人類が認めることだ

無神論

宗教はなんでもいいじゃん

曖昧な考えが

罪やごまかしを赦すことになる

一回の嘘が嘘を繰り返させ

一度の罪が数度の繰り返しをうむ

神は悔い改めるものを

赦してくれるとバイブルは教える

イエスキリストが十字架にかかった

唯一なる神の

人類への憐れみのチャンスだ

人は

自分のぬぐい去ることのできない罪を

自分の努力

善行

苦行

お金

学歴等では

なんとかすることができない

自分の隠れた罪を

取り返すことのできない問題を

最終判断出来るのは

その最後の審判で裁くことができる

全知全能の神様だけだ

「神は1人も滅びることを望まず」

愚かな人類に対してそれでもそう語ってくれる

最後にこの言葉を載せて終える

「彼らに言いなさい。

 わたしは生きている、と主なる神は言われる。

 わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。

 むしろ、悪人がその道から立ち帰って

 生きることを喜ぶ。

 立ち帰れ、立ち帰れ、お前達の悪しき道から。

 イスラエルの家よ、

 どうしてお前達は死んで良いのだろうか。」エゼキエル33章11節

イスラエルとは彼らだけのことじゃない

全ての人間に語られている真理だ


2010年02月20日

リバイバルジャパン「風知一筆」

イカピーです。

全国でつながっているマイミクの皆様へ

12月にリバイバルジャパンで妻の母教会の火事の義援金の記事を

掲載してもらって以来、毎回記事を書かせてもらっています。

平教会の火事
ラブレボカウントダウン
青森山田高校のサッカーマン
いわき市のWEBデザイナー山本昇平さん

そして次回はペンテコステ教役者大会の記事があがります。

また
リバイバルジャパン最後のページの
「風知一筆」を谷口さんと交代で書かせていただくことになりました。
リバイバルジャパンホームページ


どうか、日本のクリスチャンメディアの活性化のために
教会で回し読みではなく
経済の祝福の為にちゃんと買って下さい。

ラジオでクリスチャンのアーティストの曲を紹介しはじめて
アーティストのCDの無断コピーの防止を訴えてきました
ちゃんと買って聞いて下さいと・・

そうじゃないと
その分野で食べている人達が食えないのです

前にテレビでものまねお笑い芸人のコロッケが

こんなことを言っていました

「いつも周りの人がいとも軽々しく

 誰かのものまねやってと言うけれど

 それは、電柱を建てる仕事をしている人に

 ただで、電柱を建ててと言っていることと
 
 同じなんですよね」 と言っていました。

知的財産で食べている人達が

しっかりとそれで成り立って行くしくみになって欲しいと思います

石原都知事じゃないけれど

日本人は知的財産で

世界と太刀打ちできると

僕も思っています

日本よよみがえれ!

2010年02月10日

心のごはん 53  シリーズ ヨブ記 

私は若く

あなたがたは年寄りだ

だから、わきに控えて、遠慮し

あなたがたに私の意見を述べなかった

私は思った

「日を重ねた者が語り

 年の多い者が知恵を教える」と

しかし、人の中には確かに霊がある

全能者の息が人に悟りを与える

年長者が知恵深いわけではない

老人が道理を分けまえるわけでもない

だから、私は言う

「私の言うことを聞いてくれ

 私も、また私の意見を述べよう」

今まで私はあなたがたの言うことに期待し

あなたがた言い分を調べ上げるまで

あなたがたの意見に耳を傾けた ヨブ記 32章6〜11節

ここに登場する主役はヨブ

神の前に正しい人で

本当に正しい人か

悪魔が試すシーン

彼は多くのものを失い

まわりの友達が彼を責める

結局

正しい正しいと言われていたが

お前は罪人だと・・・

しばらく、ヨブと仲間達の問答を離れたところから見ていた若者がいた

その名は

エリフ

4人のやりとりをじっと見守り

どうしても割って入らなければならないタイミングで

彼は語り始めたのが最初の聖書の言葉だ

いま時代は

混沌としている

若者が悪い悪いと良く耳にする

本当にそうだろうか

若者はいつの時代も若者だ

いつの時代だって若さに対して否定的な人がいる

いま政治が

教育が

経済が

日本自体がぐらぐらして

どこを目指しているのかが分からない

Boys be ambitious

いまこの言葉にどれだけの若い人が反応するか

誰が

明日に希望を示してくれるのか

Boys be ambitious in Christ

北海道でクラーク博士は

キリストにあって少年よ大志をいだけと語ったそうだ

坂本龍馬もしかり

幕末の志士たちもしかり

天草四郎も

日本には若くして改革をもたらした先人が何人もいる

人に知恵を与えるのは

真理だ

真理は

聖書の中にある

それは経験とか

お金では得られない

ただ

神に祈るだけだ

人が知恵を得るのは

神の霊による

聖書に宿る

神の言霊

それを受け取る人は

誰でも

この世界に

メスをいれることができる

生き返れ日本!

そのメスは愛と言う麻酔で手術されるのだ

痛みの向こうに癒しがある


2010年01月28日

心のごはん 52  シリーズ ネヘミヤ記

しかし

大いなるあわれみをかけて

彼らを滅ぼしつくさず

彼らを捨てませんでした。

あなたは、情け深く

憐れみ深い神ですから。 ネヘミヤ9章31節

前回に続いての

捕囚ネタ

このネヘミヤ記のネヘミヤさんは

エズラ記のエズラさんと

イスラエルにお宮を回復したリーダー

神は愛だと聖書は言います

しかし

100%完全で純粋な本来の愛を持っていない私たちは

愛というと、自分が体験した愛や

周りから得る情報に基づく愛しか思い浮かばないはずです

だから

神の愛という時

自分のフィルターにかけるもんですから

なんだか

神も自分の想像できる範囲の神に成り下がってしまいます

聖書で神は愛というとき

優しさだけではなく

めちゃ厳しいです

子育てするようになって

この厳しさ

しつけも

愛だと痛感しています

ただ

大事なことは人格を損ねない厳しい愛です

神は人格を持っています

神格と言えばいいでしょうか?

漠然とした概念ではなく

パーソナリティーがありますので

人格と人格で接するように関われます

神は私たち人類を愛しているので

尊重してくださりながら

厳しい愛を実践してくれます。

その体験を痛い程何回も味わったのが

ユダヤ人です

何度も道を外しても

また神とのあるべき関係に立ち返って

癒され

また復活して行く

このネヘミヤ記がまさにそうです

神に捨てられたと思えるような状況の中で

彼らの中にまたセカンドチャンスが訪れます

一見駄目なように思えても

瞬間だけを見るのではなく

少しひいてみて

どこを歩んでいるか

考えられたらと思うのです

かならず

回復の道は見つかるのです

人生の再建

必要な人は見える所だけに

捕われないようにしたいですね

心のバビロン捕囚からの解放

今も起きるのです

それは人生の本来あるべきところへの回復です

2010年01月27日

世界自殺予防デーの話

最近、これを読んでくださっている方から

励ましの言葉をいただくことが増えました。

少しでも聖書のエッセンスが伝わっているなら嬉しいです。

こないだ、三が日に愛知の新城市にある教会に行って

たけしげる画伯と一緒に朝食をとっていた時のこと

たけしげる画伯が入り口付近が寒いと仰るものですから

少し暖かそうな場所に移動するとそこには夫婦で食事されている方がいます。

僕らの会話のある単語で奥様が声をかけてくれました

「もしかして、いわきの森牧使はご存知ですか?」

え?

この奥様の知っていた教会の出身である僕の妻も横にいたので

突然話は盛り上がります

奥様は言います「私もいわき出身です。」

そして、僕の顔を見るなり

「五十嵐さんですか?」と聞かれます。

はいそうです。

ブログ読ませてもらっています。

妻と結婚してこの教会とつながって色々助けてもらうようになりました。

幼なじみくらい古くから妻と仲間の昇平さんが

僕のためにブログもつくってくれたのです

ラジオのサイト、ブログ、イベント、ラブレボ、インターネットショップ

気づけばいくつもサイトを作ってもらいました。

去年にはインターネット事業も始めさせてもらうことになりました。

もともと、パソコンとか携帯とか持ちたくなかった僕も

イエス様の愛を伝える為には使いたいと思ったのが今から9年前

今やSNSの代名詞のmixiも

自殺した仲間が誘ってくれたから大事にしているのです。

そうじゃないなら使っていないと思います。

2009年も自殺者3万人でした。

一体これはいつまで続くのでしょうか?

私は今年いよいよ立ち上がります。

この為に何かしらのアクションを起こします。

計画中です。

自殺者が3万人ならば

家族の死で苦しむ人は一体何倍なのでしょうか?

自殺未遂の人もまたその数倍と言います

一体どれほどの家族が苦しみから解放されずに今日を過ごしているのでしょうか?

私たちは苦しみの中にいる人達に傍観者ではなく

寄り添う人になっているでしょうか?

世界自殺予防デーに関するトークはこちらから聞けます
http://www.voiceblog.jp/ikapi/1042829.html

和歌山県にいのちの電話を設置して

500人以上の命が救われました

http://www.aikis.or.jp/~fujiyabu/
(白浜バプテスト基督教会)

「Love is on the move」by Leeland


心のごはん 51  シリーズ エズラ記

そして、彼らは

主を賛美し、感謝しながら、互いに

「主はいつくしみ深い。
 その恵みはとこしえまでもイスラエルに。」

と歌いあった。

こうして、主の宮の礎が据えられたので

民はみな、主を賛美して大声で喜び叫んだ。 エズラ記3章11節

世界史でも有名な

イスラエル人のバビロン捕囚

ペルシャ帝国が支配していた時代

王様のクロスが奴隷のユダヤ人たちを解放し

イスラエルに帰って神殿を再建することをさせた

それは神様からの語りかけによった

早速、自分たちの故郷に戻って

ぼろぼろになった街

また、崩壊した神殿を再建することになる

三度の飯より

神様のことを愛していたユダヤ人

ユダヤ人にとって大事な宮が

また建て上げられることになって

工事は急ピッチで進められた

以前に建てられた神殿を見ていた人達は

目の前で建物の基礎が据えられたとき

大声をあげて泣いた

また新しい世代は大喜びした

泣き声も

喜びの声も見分けがつかない程に

ドラマチックな出来事がおきた

ここからいくつものレッスンを私は受ける

人があるべき場所に帰ることがどんなに嬉しいことか

人はどんなに基礎がしっかりと出来上がることが嬉しいか

新しい世代も古い世代も一致することができる

不景気で

先行きが不安視されるこの時代だからこそ

基礎がしっかりと建てられているか確かめたい

スポーツでも同じだが

基本が出来ていなければ

もしも不調の時に良いプレイはできない

不安定なきまぐれなプレイになる

しかし基本が日々しっかり出来ていれば

思い通りにならない試合でもそれなりに戦える

そして

自分の居場所を探す私たちにとって

本当に帰るべき所はどこか今1度考えたい

私たちの人生は偶然か必然か

神が私たちを作ったのか

意思も何もないところで単細胞生物が偶然を繰り替えし多細胞生物に成長したのか

そして

私たちはもうやめなければならない

昔は良かったと言う妄想からの脱出

戦後日本は大きな変化を遂げたと思う

戦争で負ける前と後

経済復興をしてバブルがはじける前と後

そして今

それぞれの時代が時代を批判していても

それは非常に滑稽なことだ

温故知新

また省みることは省み

変えるべき所は変え

挑戦すべきことは挑戦し

新しく作るものは新しく作るべきだ

いずれにしても

苦しい奴隷時代に

故郷に帰ったイスラエル人たちから学びたい

人々は、老若男女助け合って大事なものを回復した

そして、復興し、回復し、生き返ったのだ

聖書は同じように日本にも語る

違いを超えて手を取り合い

世代を超えて助け合い

キリストが愛したように愛し合うことを

人生の目的

そしてゴールは

愛だ

無味無臭の人生ではない

命と喜びが溢れる人生を

私たちは新しくも再び持つことができる


2010年01月10日

心のごはん 50  シリーズ 歴代誌② バビロン捕囚から解放へ

「ペルシャ王クロスは言う。

『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。

 この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために
 
 宮を建てることを私にゆだねられた。

 あなたがた、すべての主の民に属する者はだれでも

 その神、主がその者とおられるように。

 その者はのぼって行くようにせよ。』」歴代誌2 36章23節

世界史や歴史の好きな人は

1度は聞いたことがあるであろう

バビロン捕囚

そう、ユダヤ人がバビロンに連れて行かれた事件

そして、ペルシャ帝国の王クロス

誰だって知っている話が

聖書には何度も何度も出て来る

世界で最も繁栄を受けたイスラエルのソロモン王

彼の後には

国が北と南に分裂し

しまいには

アッシリアやバビロンに

ユダヤ人たちは奴隷として連れて行かれてしまうことになった

しかし

アフリカの人もアメリカで苦しい奴隷時代を経験したが

ユダヤ人も同じように長く苦しい奴隷時代を経験した

ユダヤ人て

結局、何?

天地万物を創造し

人間を作った神様だけを

信じてつ生活している人達ですよね

このブログでは何度も書いているけど

人間は自分たちの都合の良い

宗教や「god」や「gods」を

作っては亡くなり

金儲けしては堕落し

宗教法人を作っては脱税しみたいな

そんな歴史を繰り返していることを書いています

しかし

前回のデボーションブログでも書いたように

神は建物を立派に建てたり

お金をご利益の為にせがむことはありません

神と人との前に

誠実に正義と愛をもって生きることを教えます

さて

神を信じていたユダヤ人も

聖書を見る限り

何度も神から心が離れています

現在は

宗教を持たないと言う人が増えましたが

でも、何かに依存して生きています

聖書は

依存している「それ」が

自分を縛っている「それ」が

自分が頼っている「宗教」だと気づかせてくれます

ユダヤ人が奴隷状態になったことで

ここに自分の人生をあてはめることが出来ます

自分を

本来、従わせるものではない

何かにずっととらわれる状態

ある人は

物に

ある人は

考えに

ある人は

人間関係に

色々縛られているものです

本来、自分を支配する物ではないものに

支配されていると

だんだん少しずつ不純物が混ざって来て

そのうち、気づくと

釜の中のカエルのように

気づけば

その状態から逃げ出しにくい状態に陥って行ったりします

まっすぐ歩みにくい私たちは

ボーリングの玉が少しのぶれで

ストライク取れないように

少しくらいぶれてもいいやなんて

思っていると

人生の最後に

大きくぶれてしまうこともあるかもしれません

人生がぶれやすい私は

今一度

世界で最も読まれ

また

今もなおベストセラーである

流行を超えた書物

バイブルから真理を汲み取りたいと思っています

そして

バイブルは

イエスキリストがその真理の源だと教えます

私は今日も真理を求めて

そしてストライクの方向を目指して生きたいなとつくづく思うのでした。

2010年01月08日

心のごはん 49  シリーズ 歴代誌(神はあなたのそばにいる)

主はこ仰せられる。

あなたはわたしのために住む家を建ててはならない。

歴代誌1 17章4節

聖書の神様の

心優しいその愛は

どこかの建物まで来て拝めと命令するのではなく

私たちがいるところどこでも

呼べば答えるよと言ってくれている所だ。

聖書の神様は一貫していて

ずっとその愛の示し方は変わらない。

それは

私たちとずっと一緒にいたいということだ

一緒にいてくれるということだ。

人間が自分の願い事を叶えるために

宗教や「god」を作ってしまうと

わざわざ交通費と大金をかけて

拝ませたり、メンテナンスできない形になってしまう。

しかし

神様がいるなら

どうだろうか?

水も

空気も

光も

そして命も

全てただでもらっていて

これを仮にお金でやりとりされたら

誰が生きて行けるだろうか?

礼拝に入場料を求めるだろうか?

聖書は

再三

私たち人類に

どんなことがあっても恐れなくて良いよと励ましてくれる

親子と同じで

神の呼びかけに

私たちは普段気づいているだろうか?

一人で苦しんでいる時

誰にも理解されない悩みを抱えているとき

誰にも言えない問題を一人で抱えているとき

ただ1人語りかけている神がいる

それがイエスキリストだ

聖書の神は

イエスキリストを表している

彼の名前はクリスマスで知られているように

「インマヌエル」と言う

それは、神は私たちと一緒にいるという意味だ

聖書で神は

昔から

今も

ずっと

そばにいるよと語っている

人の解決したいテーマ

孤独

自分の価値

それに的確に答えてくれるのが

神だ

聖書を通して

何千年も世界中で

ベストセラーであることは

ただの流行ではない

真理だからだ

今年こそ日本!

真理に立とう

日本を心から愛しています。

命で溢れて欲しい・・

あなたに聞いて欲しいメッセージソングは
こちら
一緒に


2010年01月04日

心のごはん 48  シリーズ 列王記 ②

エリシャは彼女に言った

「何をしてあげようか。
 あなたには、家にどんなものがあるか
 言いなさい。」

彼女は答えた。

 「はしための家には何もありません。
  ただ、一つの油つぼしかありません。」第二列王記4章2節 

聖書の中で登場する神の言葉をとりつぐ預言者たち

その中で最も知られている1人がエリシャだ

その中で

2010年の最初のデボーションブログということで

失望ではなく

希望の持てる話をしたい

二人の子供を持つ夫を亡くした女性一家が

借金のゆえに奴隷になりそうになった時のこと

何もない一家に唯一あったものが

油のつぼだった

たった一つの望みが

一家を救うことになる

エリシャは一家に

隣近所から借りられるだけ器を借りてくるように語った

そして

婦人と子供達は

あるだけの器を集めた

そこに

一つだけあった油つぼから

順番に器に注いでも注いでも

油はなくならず

奇跡的に溢れて来た油を売って

借金を返し

そして生活費が与えられた話だ

日本にかつて徳政令という政策があった

貧しい人達が負債から助けられる施策だ

聖書では

何千年も前から

ヨベルの年っていうのがあって

50年目に

やっぱり負債等が免除される

いまや

借金大国になった日本

国が借金だらけと言うことは

個人だって負債を負っている人は多い証拠だ

誰もが願っている景気回復

聖書が真実なら

この場所で起きた話が起こりうる

負っているものが帳消しになる

お金の負債に苦しみがちな私たちだが

しかし

聖書は

もっと重い負債を負い続けることの苦しみ

そのことからの徳政令を教える

経済に負債があるように

目に見えない精神的な負債もある

聖書はそれを罪と表現する

人生の中でおきる

マイナスのスパイラル

心の中に積もる罪の負債

借金もそのままおいておけば

利息がましていくことがあるが

罪の借金もやはり増して行くのだ

人間の中に芽生える

マイナスの出来事

それが積もり積もって

気づけば

もう追い込まれるような状況になっていることがある

精神的な孤独

誰にでもあるのではないか

誰にも言えない悩み

1人で抱えて

いつか負いきれなくなって

人によっては

命を絶ってしまう

たとえ景気が悪くても

聖書はイエスキリストに

すなわち神に身を委ねる人に

必ずなんでも与えてくれると約束する

それだけではない

誰にも言えない

過去に拭うことのできない

ゆるしてもらうことのできない

自分では処理することのできない

あらゆる心の苦しみを

心の葛藤を

心の重荷を

イエスキリストの命がけの愛と引き換えに

全て解決出来ると約束してくれている

たった一つの油つぼが全ての借金を帳消しにしたように

たった一度のイエスへの祈りが

罪の負債を帳消しにしてくれる

心の徳政令

イエスキリスト

「あなたの道を主に委ねよ。
 主が成し遂げて下さる。」

2009年12月23日

心のごはん 47  シリーズ 列王記(ソロモン王)

その夜

ギブオンで主は夢の内にソロモンに現れた。

神は仰せられた。

「あなたに何を与えようか。願え。」

・・・・中略・・・・

この願い事は主の御心にかなった。

ソロモンがこのことを願ったからである。

神は彼に仰せられた。

「あなたがこのことを求め

 自分のために長寿を求めず

 自分のために富を求めず

 あなたの敵の命を求めず

 むしろ、自分のために

 正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので

 今、わたしはあなたの言った通りにする。

 ・・・」列王記第一 3章5〜15節

ソロモンの知恵なんて

どこかで聞いたことのあるフレーズだけどれども

「ことわざ」という意味の箴言を書き残したのも

伝道者の書という「人生の悟り」を書いたのも彼だ

ソロモン王は

王位を与えられて

神に善悪を判断する心を求めたのだ

神に喜ばれ

彼はさっそく知恵を持って事件を裁いた

二人の女性が連れて来た

赤ん坊がどちらも自分のものだと言い張っていたのだが

この問題をずばり見事に判断した

一人は自分の赤ん坊が死んでしまった親

一人は本当の赤ん坊の親

赤ん坊を失った女性は

必死に人の子を自分のものだと主張した

そこでソロモンは一つの課題を与えた

では

子供を半分に剣で裂いて

二人で分けたら良い

そこで二人の女性がどう反応するかソロモン王は見ていた

一人は自分の子が可哀想なので

そんなことするならば相手にあげてくださいと言い

もう一人は断ち切ってくださいと言った

そこでソロモンは

子供を殺そうとしない女性が本物の親だと見抜き

彼のジャッジが神から来ていることが回りに知られ驚かれた

ソロモンの知恵は世界中に知られ

世界的にイスラエルには人々が集まった

ちなみに

釈迦がとなえた「空」の思想があるが

あれは、まるっきり「ソロモンの伝道者の書」とほぼそっくりだ

ソロモン王が生きていた紀元前1000〜900年代に

インドとの交流があったと言われるが

そう言えば、釈迦の生まれた時期はその約500年後で

イスラエルの聖書の影響を世界中が受けた後で

思想が似ているのも良くわかる

とにかく

ソロモンの知恵は世界で知られ

世界中の王たちに影響を与えた

神を畏れることは

知識の始まりだと

ソロモンは言った

結局

人生は

何によって支えられているか

自分の力か

偶然というきまぐれな不安定な思想か

それとも

人間を造った神か・・・

神は人を創造したが

人類は幾度も神に背き

その度に神々や宗教を生み出した

しかし

自己中心な神概念と

自分の欲望や願い事を叶えるために造られた宗教は

どこかゆがんでおり

どうしてもバランスが悪く

バランスの良い愛がない

知恵は

恵みを知ると日本語で書く

恵みとは

神様からのプレゼントのこと

神の愛のプレゼントを

知識ではなく

全身全霊で「知る」時

私たちの人生の何かが変わる

生きているのか

生かされているのか

human beingは

human doning でないことを

クリスマスに思いたい

神は実にそのひとり子をお与えるほどに

この世界の一人一人を愛された

それはイエスキリストを信じるものが

一人として滅びることなく

永遠の命を持つためです。

2009年12月21日

心のごはん 46  シリーズ サムエル記 ②

「それなのに

どうしてあなたは主のことばをさげすみ

私の目の前に悪を行ったのか

あなたはヘテ人ウリヤを剣で打ち

その妻を自分の妻にした

あなたが彼をアモン人の剣で切り殺したのだ

今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない

あなたがわたしをさげすみ

ヘテ人ウリヤの妻をとり

自分の妻にしたからだ」 第二サムエル12章9、10節

私の勝手に作った言葉で

「正直者は馬鹿を見ない」がある

正直者は馬鹿を見るを肯定しただけだけれども

聖書のこの場所から心に迫って思ったことだ

イスラエルと言う国を

繁栄させ

王として力を持っていたダビデ

彼は

一人の時に間違いを犯してしまった

人を堕落させるもの

富と名誉とは言ったものだが

人に誉められる時

私たちは1番気をつけなければならない

高くなればなるほど

足場が不安定になりやすい

「小人閑居して不善をなす」

なんて言葉もあるが

本質的に罪を抱えている我々人間は

一人になる時

間違いを犯しやすいのだ

神の前に誠実だった王様ダビデも

1度大きな失敗をした

兵士たちが戦いに出ていた時

王宮で一人になっていると

女性が水浴びしているのが見えた

あまりにも美しかったので

自分のものにしてしまった

後から

この女性に自分の部下の兵士で

夫がいることが分かり

なんと

戦場の先頭にたたせ

戦死のようにみせかけて

実は意図的な殺人だった

さてさて

王ダビデには

神の言葉をとりつぐ預言者がいた

その人の名前はナタン

神がいることを知っていて

本当に畏れている人ならば

不真実や

不義などをほっておくことができない

たとえダビデ王でも

罪は罪

失敗は失敗

ダビデの罪を指摘した

人々にはダビデ王のしたことは

一部の遣いの者たち以外知らなかった

本末転倒して

事実を作り上げようとした

しかし

神は見ていた

神は

全てを見てくれている

罪を犯しているものにとってはそれは厳しい目であり

真実に生きようとしているものにとっては救いのまなざしだ

神の公平は

人の公平とは違う

人を欺いても

神を欺くことは出来ない

ダビデは王でありながら

自分の罪を認めて

神の前に悔い改めた

そして彼は心が変えられた

クリスマス

神は我々に語りかける

全ては神の目にお見通しだ

だから

逃げないで

神のふところに帰っておいで

親が子供の過ちを知りながら

自分からごめんなさいと告白するのを待つかのように

神は

一人一人の自発的な意志で

神様の元に帰って来るのを待っている

クリスマスは

神がプレゼント交換をする日だ

神の御子、救い主イエスと

私たちの存在

神は

心のドアをノックしながら

私たちから神のもとへ行けないでいる状況の中で語りかける

神は罪や問題を持っている

全ての人達と愛し合いたい

一緒にいたい

しかし

心の中に

救い主イエスをクリスマスの主役として受け入れるスペースはあるのか??

2000年前

キリストが馬小屋で生まれたその時

どこも母マリヤと父ヨセフが泊まる場所がなかった

あまりに忙しくて

心を失っていないだろうか?

キリストが

私たちの心の中に住む時

そのスペースが必要だ

しかし

いつも私たちのキリストを迎え入れるスペースは

ダビデのような問題で埋まっている

その問題のありかに

キリストは入りたい

私たちの背負っている罪の借金を

キリストは自分の命で払ってくれた

それが十字架だ

私たちの命の値打ちは

お金や

学歴や

業績や

名誉など

そんなもんでは

不十分だ

人間が負いきれない罪の負債は

自分たちの努力では

かえって増えてしまうだけだ

キリストは

命をかけて

愛を示した

その友のために命を捨てるこれほど大きな愛はない・・・

神は私たち一人一人と友になってくれる

友である私たちのために

命を捨てた

まだこちらから

友達になっていなくても

神のほうから友達になろうとしてくれる

神の愛のプレゼント

イエスキリストを自分の救い主として

心のパーティー会場で迎え入れる

それが

クリスマスの本当の祝い方だ

罪に悩む

人こそ

キリストを向かい入れるにふさわしいのだ

メリークリスマス

神は

あなたを愛のまなざしで

見つめています

2009年12月18日

心のごはん 45  シリーズ サムエル記

しかし

主はサムエルに仰せられた。

「彼の容貌や背の高さを見てはならない。

 わたしは彼を退けている。

 人が見るようには見ないからだ。

 人はうわべを見るが

 主は心見る。」 第一サムエル記16章7節

クリスマスシーズンということもあり

イエスキリストに関係する話がしたい

キリストはダビデの子と通称で呼ばれるのだが

聖書で誰もが知っている登場人物の一人という意味でも

ダビデ王は隅におけない存在だ

世界で最も知恵があったと言われる

ソロモン王のお父さんがダビデ

ダビデは聖書の詩編の多くの歌を書いた人でもある

王であったのに

神の前に謙遜だった人である

人はうわべを見るが

主は心を見る

聖書の中で私が最も大好きな言葉の一つだ

人間と

神の違いを

決定的にここで語る

人は自分の目が正しいとすぐに思いやすい

そんな間違ったまなざしの人達が多く集まって

より、正しいのだと勘違いしやすい

聖書は語る

「見える」というところに罪がある・・・・

深い

英語でsee

とは分かるという意味もある

分かっていると思っているときこそ

人間が1番危ない状態にいる時だ

聖書は何度も教える

神が作った光のおかげで

はじめて見えるのに

人は自分で見えるようになったと錯覚しやすい

聖書で

神が人を選ぶ時の選び方は

非常にユニークだ

かなりの場合

私たちの予想を外してくれる

羊飼いをしていた

末っ子のダビデが

イスラエルの最も有名な王として

選ばれた

人生の中に起きるまさかの展開

誰もが驚かされるギャップがもたらすドラマ

イエスはダビデの子として呼ばれる

救い主イエスは

天地万物を造った神なのに

神ぶったシーンは一度もない

あまりに神ぶらないので

色んな研究家たちに

イエスはただの人だと言いたくさせる程だ

神が

馬小屋で生まれ

大工の子として育ち

まくらする所もないような生活もした

紙に書き残せないくらいの

圧倒的な奇跡を幾度もしてきたのに

イエスが人類の罪を背負って

十字架にかかる時には

全員に裏切られた

最も辛い孤独を味わっても

なお

神は我々、人間一人一人に語る

私たちを私たちの価値観という欠けのあるものさしで

お互いをはかる計りでは評価しない

神の変わらない愛のはかりで

私たちの価値をはかる

誰でも

神に捧げることができる

心の態度

人は

私たちのする全てを把握してはくれない

でも

人の見えない

心の葛藤や

心の中での様々な選択を

神は受け取ってくれる

だから

人間が

見える所で判断しやすいから

キリストはそうではない歩み方をあえてしてくれた

キリストは世の光だと言った

光なら

進むべき道が分かるはずだ

こんなに暗い時代だからこそ

真実の光と言われる

救い主イエスを

クリスマスに改めて

心の中に灯火として点したいと思うのである

まだ神の灯火を点していない人はこの機会に試して欲しい

人の目を気にしても

大方の場合

正しく判断してくれてはいない

だから

安心して

神のまなざしを求めれば良い


2009年12月17日

心のごはん 44  シリーズ ルツ記

ナオミはその子をとり
胸に抱いて、養い育てた。

近所の女たちは
「ナオミに男の子が生まれた。」と言って
その子に名をつけた。

彼女たちは
その名をオベデと呼んだ。

オベデはダビデの父エッサイの父である。ルツ記4章16、17節

いよいよ西洋暦のクリスマシーズン真っ盛りと

言ったところだろうか

イスラエルのベツレヘムと言う街に生まれたメシアは

通称でダビデの子と呼ばれる

メシアすなわち救い主イエスが今から2009年前に

人類を救うために生まれた・・

マタイの福音書というところの最初には

イエスの系図が書かれている

メシアが誕生するまでの流れだ

その中に「ルツ」の名前が登場する

ルツはボアズと言う有力主と結婚した女性で

本人も義母も大きな苦しみを乗り越えて慰めを得た人である

ルツの義母ナオミは夫と子供二人を亡くした未亡人だ

夫を亡くして

しかもすぐに

息子二人を亡くした

その亡くなった息子の嫁さんの一人がルツなのだ

イエスが生まれた街で知られるベツレヘム出身の

ナオミお義母さんは

自分と同じく未亡人になったルツに

自分の出身地に帰るように勧めるも

ルツは忠実に義母を慕い続けたのだった

そんなこんなで

ボアズと言う土地の有力主の奥さんに見初められる時が来た

ルツとナオミと言うと「落ち穂拾い」で知られる女性のモデルだ

貧しい生活を恥ずかしむことなく

忠実に誠実にいきていて

すばらしい旦那さんを再び得ることになった

そして新しい夫の町でも歓迎され

与えられた子供は

なんとイスラエルで最も有名な

ダビデ王のおじいさんとなった

「今日ダビデの町であなたがたのために

 救い主がお生まれになった

 この方こそ主キリストです。」

クリスマスに読まれる聖書で

もっとも有名な箇所の一つだが

悲しみを乗り越えて

その末に大きな希望を得る

聖書が私たちに教える大事な大事な原則だ

悲しむ者は幸いです。

その人は慰められるからです。

メシアであるイエスは

人々の悲しみを知るために

十字架を選んだ

たった一人にされる孤独と

裏切られると言う悲しみを叫ぶほどに味わってくれた

救い主が

私たちと同じく

恥や

悲しみや

孤独を味わってくれた

クリスマスは

ただ楽しみだけを求めるときではなく

本当の人生の味わいを教えてくれるときなのだ

ルツから学ぶ

人生の原則

クリスマスのストーリーの1つに覚えておきたいものだと

改めて思ったのでした

2009年12月15日

心のごはん 43  シリーズ 士師記

ギデオンは神に申し上げた

「もしあなたが仰せられたように

私の手でイスラエルを救おうとされるなら

今、私は討ち場で刈り取った一頭分の羊の毛をおきます。

もしその羊の毛の上にだけ露が降りていて

土全体がかわいていたら

あながお言葉のとおりに

私の手でイスラエルを救われることが

私に分かります。

するとそのようになった。士師記6章36〜38節

ユニクロでいまや有名になったフリースと言う言葉

英語の聖書ではここで出て来る「羊の毛」は

「フリース」ですでに呼ばれています。

この士師記とは

モーセのあとのヨシュアが亡くなった後に

イスラエル人を治めるリーダー達の話なのけれども

ギデオンはその中でも特に興味深いことに

聖書の中で

ヘブライ語で読むと

ただ一度だけ、神がギデオンの方に直接向かいあって語っているところなのだ

それなだけにも

彼のしたことは気になる

意気揚々と自分の国の仲間を救おうとしたのだけれども

戦が上手くいかなかったらしく

敵から逃げて、普通の仕事に戻っていた

そして、弱々しくなっている

その力で十分だからもう一度立ち上がることを神に語られた

イスラエルの部族の中で

最も弱く、若い

そんな人達が強い敵に立ち向かうことを命じられる

一度、引き下がってしまっていたので

彼は神に十分祈る

それも

明らかに祈りは答えられているのだけれども

もう一回どうしても確かめたかった

羊の毛を通して

神が自分のそばにいてくれることを知ったギデオンは

弱々しいのに立ち上がっていた

次の戦に

2万2千人の男が集まった

しかし

選びに選ばれ

結局


300人だけが残され

いよいよ

大逆転劇になった

人生の中でギデオンのようなことは起きたりしないか

意気揚々とやろうとしたことが

上手くいかなくて

随分落ち込んでしまうシーン

自分の人生さえ否定的に全部見えてしまうような

マイナスに見えるようなできごと

しかし

聖書は

教えます

弱い時、強い

弱さの中に奇跡が起こる

社会を見ても

歴史を見ても

やはり思うことがある

逆境を乗り越え

苦しみを経験した人から受ける影響

聖書で

失敗だらけの人達が

色々と成功を収めて行くシーンは何度も登場する

人は悲しみが多いほど

人には優しく出来るのだから

どこかの歌手がこんな歌を歌っていた

どんな人生も

どんな経験も

必ず+に変わると教える聖書

何千年も

全世界で最もよく読まれているゆえんを

はしばしで学ぶのである


2009年12月13日

心のごはん 42  シリーズ ヨシュア記

わたしは命じたではないか。

強くあれ。雄々しくあれ。

恐れてはならない。

おののいてはならない。

あなたの神、主が

あなたの行くところどこにでも

あなたと共にいるからである。 ヨシュア1章9節

聖書のリーダーで最も有名で偉大な人

その一人がモーセだ

男だけで60万人はいたイスラエル人

ここに奥さんや子供たちの数を含めるとしたら

60万にいくつの数をかけて計算したらいいか分からないくらい

大勢のイスラエル人を率いて

エジプトから大脱出に成功したスーパーリーダー

その後を継がされるとしたら

どれだけのプレッシャーだろうか?

聖書のこのシーンで

モーセを出エジプトから無事に成功させた

無敵の神が二代目のリーダーのヨシュアに

語りかけたその言葉

強くありなさい

恐れてはならない

ということは

弱気になっていたのだろうし

恐れていたのであろう

実を言うと

モーセは神からなんとかして助けてもらったエジプトから

行くべきゴール地点まで

到達することができずに

リーダーの交代となった訳だったのでした

もう今後はこんな偉大なリーダーは出て来ないだろうと

言われていただけに

大役をまかされたヨシュアはどんなに不安になったことでしょうか

どうでしょうか?

私たちが似たような状況におかれたとしたら

自分から見て大尊敬する人もできなかった

そんなことを託されたとしたら

一体どう思うでしょうか?

弱気になり

不安になり

恐怖に襲われるのではないでしょうか?

人生の中で

自分では受け止めきれない問題

または、状況が起きることがあります

その度に起こる心の葛藤

不安

自分で処理できそうもない事態で

私たちは、どうしたらそれを乗り越えられるか

自問自答する時が来たります

この聖書のシーンで

神はヨシュアに恐れてはならない

強くありなさいと

言ったその根拠は

神がヨシュアと共にいるからだと言いました

モーセを助けた神が

あなたとも同じように一緒にいる

だから大丈夫

恐れなくても良い

ヨシュアも含めてイスラエルの人たちが

目の当たりにし

経験して来た

奇跡の数々

それをヨシュアは知っています

事実を知っていても

まさか、自分が当事者になるとは

思いもせぬタイミングでそんなことが起きます

そこで

聖書は繰り返し

繰り返し教えてくれます

人ごと見たいに聖書の奇跡

他の人の奇跡の話が

ある時

自分の身に起こるその直前

私たちは

乗り越えられるとは

また、現実になるとは信じがたい

でも

聖書は

今も生きている神は

世界を

また人間を心を込めて創造し

また愛していると語る神は

まさに

そのただ中にある

あなたのそばに

一緒にいるよと

語っています

祈りを持って

答えてみようではありませんか

神様

助けて下さい

そして

あなたが本当にいるのか

教えてください・・・・

必ず神は答えてくれるのです

恐れなくても良いよ

神はそばにいるよ

それが実はクリスマスの主人公

イエスキリストの別名

インマヌエルの意味なのです

神はあなたと共にいる

それが愛のしるしです。

この愛は裏切りません。


2009年12月09日

心のごはん 41  シリーズ 申命記

貧しい者が国のうちから絶えることはないであろうから

私は、あなたに命じて言う。

「あなたの悩んでいる者と
 貧しい者に、必ずあなたの手を開かなければならない。」

申命記 15章11節

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2009年12月06日

心のごはん 40  シリーズ 民数記

主はモーセに答えられた。

「主の手は短いのだろうか。

 わたしのことばが実現するかどうかは、今分かる。」民数記11章23節 

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2009年12月04日

心のごはん 39  シリーズ レビ記

あなたがたの土地の収穫を刈り入れる時は

畑の隅々まで刈ってはならない。

あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。

また、あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。

あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。

貧しい者と在留異国人のために

それらを残しておかなければならない。

わたしはあなたがたの神、主である。 レビ記 19章9、10節

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2009年12月03日

心のごはん 38  シリーズ 出エジプト

しかし、助産婦たちは神を恐れ
エジプトの王が命じたとおりにはせず
男の子を生かしておいた。

そこで、エジプトの王はその助産婦たちを呼び寄せて言った。
「なぜ、男の子を生かしておいたのか。」

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2009年12月02日

心のごはん 37  シリーズ 創世記 

神は仰せられた。
「さぁ、人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。
 彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、
 地をはうすべてのものを支配するように。」創世記 1章26節(新解訳聖書から)

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2008年12月20日

ラブレボ通信 47都道府県 カウントダウンメール① 北海道

もうすでに

ラブレボ通信は101回を超えましたが

このブログでもう1回

聖書の言葉をかみしめます

まずは第1回目

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2008年11月06日

インド オリッサ州のクリスチャン大迫害への祈りと献金依頼

大事な仲間

阿部俊弥牧師からのお願いメールです

どうぞ

お気持ちのある方はコンタクトとって下さい

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2008年09月01日

イカピーの福音書 ① キリストが現代にいたらシリーズ「キリストは命の豚骨醤油ラーメン」

さて

今回いよいよ満を持してイカピーの福音書シリーズに行きます

これは僕の勝手な推測とパロディーで

キリストが現代にいたらどういう風に語るのかただそれが気になって

現代を舞台にバイブルの話を置き換えてみたいと思っています

その第一回目は!!

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2008年08月25日

中国の老伝道者の詩「十字架の道」

8月に山口県出身の友達と出会った時もらって

非常に感動した中国の老伝道者の詩です

実に同感したので

ちょっと載せてみます

キリストの弟子だと自覚している人は

ぜひ現象に踊らされないで

十字架の道をいつも胸にいてほしいなって思いました。

まずは自分から・・・

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2008年08月01日

心のごはん 36  アラカルト モーセの十戒「わたしの他に違う神があってはならない」

モーセの十戒シリーズ最後は

このテーマです

神々があってはならない

日本はもろに八百万の神々の国

ちょっと日本人考える必要があるかもしれません

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2008年07月28日

心のごはん 35  アラカルト モーセの十戒「神以外のものを作って神として拝んじゃだめ」

あと二回こてこてバイブルトーク続きます

でも一度はこのテーマで考えたいので

ぜひとも一緒におつきあいください

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2008年07月27日

心のごはん 34  アラカルト モーセの十戒「神の名をやたら使うな」

今回のテーマはちょっと意味不明な方もいるかもしれませんが

なぜこの世界に宗教があるのかということをちょっと考えてほしいので

お時間ある方は是非最後までおつきあいください

人類のテーマです

いるのかいないのか

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2008年07月21日

心のごはん 33  アラカルト モーセの十戒「休みの日をとることの大切さについて」

バイブルで休める日を持つことの大切さを語ります

バイブルを沢山読んでいる方々には今回のタイトルは

少し物足りない表現と感じるかもしれませんが

日本社会で分かるように考えてみました

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心のごはん 32  アラカルト モーセの十戒「父と母を敬いなさい」

このメッセージは

本当にいま考えたいです

父と母を敬う

当たり前がなかなか素直にできなかったり・・・

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2008年07月15日

心のごはん 31  アラカルト モーセの十戒「殺しちゃだめ」

これほど駄目だと知っていることなど世界でないはずなのに

どれほど多くの人がこれを止められなかったでしょうか

人と人とが殺し合ってしまうという悲惨な現実

これは終わらないのでしょうか

そして人を殺すとは

どういった所からスタートしてしまうのでしょうか?

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2008年07月14日

心のごはん 30  アラカルト モーセの十戒「姦淫しちゃだめ」

姦淫

う〜ん

使いませんねぇ

この言葉

でもどんな意味でしょ

女性が軽んじられている国、日本

反省の時です

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心のごはん 29  アラカルト モーセの十戒「盗んじゃだめ」

もうこれは歴然です

盗むことは

駄目

だって法にふれますし

いやいや

盗みって法にふれることだけではないことをバイブルは教えます

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2008年07月11日

心のごはん 28  アラカルト モーセの十戒「嘘の証言をしちゃだめ」

嘘の証言はだめなのです

もちろんみんな分かっています

でも嘘も方便って日本人言いますよね?

一体

大人の階段を上る過程で

どうしたらいいのやら??

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2008年07月10日

心のごはん 27  アラカルト モーセの十戒「隣の人のものをほしがっちゃだめ」

映画でも有名な「十戒」

モーセと言えば歴史上の人物で

イスラエルのもう欠かせない人ですが

十戒シリーズいってみたいとおもいます

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2008年07月09日

心のごはん 26  アラカルト 「正義のために迫害されている人は幸せ」

でた

また夢みたいなこと

って言うじゃない?!

この歴史の中にこの類いの幸せを経験した人達がいるわけです


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心のごはん 25  アラカルト 「平和をつくる人は幸せ」

平和のないところに平和を作れるなら

それはどんなに幸せになれるでしょう

平和って一体なんでしょうか?

バイブルの持つ平和という考え方はまたオモローです

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2008年07月07日

心のごはん 24  アラカルト 「心の清い人は幸せ」

心が清い人なんているんですか?

心が清くなりたい

僕がクリスチャンになりたかったのは

それが理由でした

小学校のことでした

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心のごはん 23  アラカルト 「憐れみふかい人は幸せ者」

憐れみが深い人は幸せって

そんな絵に描いたような憐れみ深さって

持てるようで持てない

憐れみ

憐れむ心ってどうやって培われるのだろうか?

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2008年07月06日

心のごはん 22  アラカルト 「正義に飢え渇く人は幸せ」

義に飢え渇く人は幸せだとバイブルは言います

男なら子供の頃あこがれるヒーローもの

ミスチルの桜井くんも歌っていますが

正義は誰でも求めてながら

現実社会でそれが実践されていない中で

妥協したくないのに

ついついその場の勢いに流されてって多いんじゃないかって思います

正義が実践される為に

人はどう生きたらいいのでしょうか?

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2008年07月04日

心のごはん 21  アラカルト 「謙虚で柔和な人は幸せ者」

謙虚で柔和な人は幸せになれるよねって

思えるかなって思いますが

そりゃ柔和で謙虚な人は幸せになれるでしょうよって

こいうことと自分と切り離して考えてはいませんか?

一体これはどういうことなのだろうか?

ちょっと考えてみました


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心のごはん ⑳  アラカルト 「悲しむあなたは幸せ者」

でた!

心のごはん アラカルトシリーズ 

ただいま幸せについて考えています

悲しむ人は幸せだと言うのですが

どうやったら悲しみが幸せになるのでしょうか?

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2008年07月03日

心のごはん ⑲  アラカルト 「心が貧しいあなたは幸せ者」

バイブルで良く知られた言葉で

心の貧しい人は幸せです

とあるのです

心の貧しさって一体何?

心の貧困って悪いんじゃないの?

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2008年07月02日

心のごはん ⑱  愛シリーズ 「友のために表す愛の極みって?」

さて今回は愛シリーズ第18回目でとりあえず

愛のメッセージ続きものは最後となります

また愛とはなんなのか色んな角度から考えて行きたいと思いますが

愛の実践の為に段階を踏んでここまで考えてきたつもりではいましたが

今日はかなりの強者です

え?

そんなんできねぇだろ!

って思うのも思わないのも自由です

でも一緒に考えてみるだけでも

お時間頂けたら嬉しいです

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2008年06月30日

心のごはん ⑰  愛シリーズ 「敵を愛する」

バイブルの言葉の中で

最も有名な一つがこれです

キリストが言った「あなたの敵を愛しなさい」

わお!

敵って・・

それは頭で分かっても

感情で嫌に決まっているでしょう

ではどうやって

不可能が可能になるのでしょうか?

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心のごはん ⑯  愛シリーズ 「完全な愛は恐れを追い払う」

愛は恐れない

そりゃそうでしょうよ

って思うけれども愛せないものあげてみましょうか

また恐れているものをあげてみたいです

どうやって克服できるか

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2008年06月28日

心のごはん ⑮  愛シリーズ 「愛はようはパテみないなもの」

前回まで結婚式の有名な愛の箇所からシリーズでやってきましたが

今回はまた別のバイブルのところから

考えてみたいです

愛ってパテ???

パテって、あの?

そうなんです。

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心のごはん ⑭  愛シリーズ 「愛は全てを耐え忍ぶ」

今回はバイブルの中の「コリントに住む人とたちに書かれた手紙」から

愛について書かれている部分を一つ一つ考えてきましたが

コリントとはギリシャです

現在もある町の名前です

約2000年前の人達も愛ってじつのところ何か分からずに

教えてもらったことがあったわけですが

今もなお通じるのですから

時代が変わっても人は同じですね

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2008年06月27日

心のごはん ⑬  愛シリーズ 「愛は全てを期待する」

今回はいやはや

良い言葉です

分かりやすい

でも以外と実践が難しかったり・・・

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2008年06月26日

心のごはん ⑫  愛シリーズ 「愛は全てを信じる」

愛は全てを信じる

全て?

これも?

前回は全てを覆うでしたが

今回も「全てを信じる」?

一部ではなく?

では本来、信じるって??

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心のごはん ⑪  愛シリーズ 「愛はすべてをおおう」

いよいよ愛シリーズも10回目を超えました

今回のテーマはまた興味深いです

愛って・・・

そこまでか!

あなたはこれを誰までできますか?

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2008年06月24日

心のごはん ⑩  愛シリーズ 「愛は不正ではなく真理を喜ぶ」

今回はタイトル長いです

愛は不正を喜ばず

愛は真理を喜ぶとあります

もしあなたが誰かを愛しているなら

こういった場面でどういう態度を取るべきか

不正を犯しそうになっている人がいたら

あなたならどう接しますか?

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2008年06月23日

心のごはん ⑨  愛シリーズ 「愛は人のした悪を思わない」

愛は深い

知れば知るほど深いですね

そして知れば知るほど愛せる人になりたい

今度はこのテーマ

「愛は人のした悪を思わない」


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心のごはん ⑧  愛シリーズ 「愛は怒らず?」

愛は怒らず

いからず?

おこらず?

そりゃそういう時もあるでしょ

って思われるかもしれません

子育てされている方も

誰かに指導している方も

指導されている方も

いらっしゃるでしょうから

よくこれを考えてみたいと思います

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2008年06月21日

心のごはん ⑦  愛シリーズ 「愛は自分の利益を求めない」

愛は自分の利益を求めない

え?

ビジネスはだめなのか?

どこからどこまでが自己中心になっちゃうのか?

わからなくなりそうですが

ちょっと考えてみたいです


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2008年06月20日

心のごはん ⑥  愛シリーズ 「愛は礼儀に反することをしない」

いやー愛ってこれも?

もちろんそうですが

自由と秩序のバランスが人間とても大事ですが

礼儀に反しないって一体どこからどこまで?

どうやって愛の行為としてとらえたらいいか・・・

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心のごはん ⑤  愛シリーズ 「愛は高慢になりません」

世間でも一番歌われ、聞いている愛の歌

ラブソングも恋愛以外で連想できにくい今日この頃ですが

愛って以外と知っているようで知っていないことが多く

人を愛しているようで実は届いていないことがよくあります

愛・・

今回の愛の要素は・・・

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2008年06月19日

心のごはん ④  愛シリーズ 「愛は自慢しません」

愛って深いですね

一言で言えないので色んな要素がバイブルで書かれています

今回は

愛は「自慢しません」

自慢しないそれが愛だというのです

でも自慢しているつもりないのに

自慢するなと言われたことはありませんか?

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心のごはん ③  愛シリーズ 「愛は人をねたまない」

心のごはんシリーズ第三回目です

愛って何かただただ考えてみたいだけですが

今回は愛は「人をねたみません」

人はねたみやすいですよね

ではどうやってこれが可能になるのでしょうか?

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2008年06月18日

心のごはん ②  愛シリーズ 「愛は親切」

ただいま

結婚式で有名な「愛は○○」のシリーズを

一つずつ簡単におって考えています

今回は愛は「親切」だということです

愛の要素の中にある親切とはどんなことか考えてみましょう

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心のごはん ①  愛シリーズ 「愛は寛容って何?」

さてこれから

バイブルのエッセンスを絞り出して行こうと考えています

バイブルトークシリーズを始めようと思います

まずは大事な愛についてちょっとずつ進めて行きたいとおもいます

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2008年05月14日

五十嵐義隆ヒストリー インド No34 インドで8年ぶりの挽回のチャンス 

あの時こうしておけば良かったって

誰もが一度は考えたことがあるかもしれない

俺にとっては高校三年の時の悔しい思い出があった

その状況ににたシーンにインドで遭遇することになった

聖書で完全な愛は恐れを閉め出すとあるんだけど

神の愛を知った後の俺の人生は

本当に恐れから解放されていた

その事件は空港で仲間を見送る時に起きた

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(インドのタージマハルホテルの前の港)

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五十嵐義隆ヒストリー 関東 No33 インドでまた考えさせられる

アフリカの旅の中で思わず

価値観革命と題しながらそんなに革命した部分について書いてなかったので

インドでの旅と重ねながら

俺を変えた三つのできごと

大阪のホームレスのおじさん

アフリカ人たち

インド人たちを重ねながら振り返りたい・・・

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(インド行きの空港で 親友の阿部さんと)

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2008年05月13日

五十嵐義隆ヒストリー 関東 No32 ソマリアに行く???

ケニア滞在中の突然の急展開

そこに待ち受けていたのは

エキサイティングな旅

ケニアから突然・・・ソマリアへ????

それは午前4時のできごとだった

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(ケニア、タンザニア、エチオピア、ソマリア付近 アフリカの東岸)

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2008年05月12日

五十嵐義隆ヒストリー 関東 No31 アフリカに侍来たり

ナイロビは夜危ないって

地元に住んでいる外国人に言われた

え?まじで?

イスラエルに行くときも危ないって言われた

俺はどこでもそんなのあると思っているから

全然気にしていなかった

しかも・・・俺の服装のチョイスがまさにタイムリーヒットだった

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(じんべえと下駄でナイロビへ 聖書学校の仲間たちと)

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2008年05月09日

五十嵐義隆ヒストリー 関東 No30 初アフリカ大陸 俺の価値観の革命へ

大阪の学校でもそう

また卒業してから今までの過去五年間もそうだが

あまりにも一つ一つの思い出が濃く

また色々ありすぎてなにから整理して良いか

一つはアフリカに行った時の話をしよう

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(インド航空で行った初アフリカ大陸 ケニア上空からの景色)

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五十嵐義隆ヒストリー 東京都 No28 フリーランス

人生初めての東京生活

これからどんなことが待っているのか楽しみだ・・・・

これから舞台は日本中、世界へ・・・・・
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(ラーメン屋の前で仲間とたわむれる 写真撮影提供たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 関東 No29 五十嵐義隆伝説 わらしべ長者

現在妻と息子がいる

結婚前まで東京の町田と神奈川県は相模原に住んでいた

ここでもミラクルがたくさんあった

いくつもミラクルがある中で面白ミラクルをいくつか

まさかのまさか再会


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(電車で息子と外の風景を眺める 写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府〜東京都町田市 No27 初の東京、捨て身の出発

もう大阪でホームレスのおじさんたちや色んな背景の方々と会うようになって

もう俺の中の当たり前や常識などくつがえされまくった

生きる為に必要なものは何か

生きるって何かホームレスのおじさんを見ていると

ずいぶん俺たちはいらないものを失う心配をして生きているのだなって思っていた

そんな経験をしていざ東京に行くときはなんと!!

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(エルサレムのベンユウダ通り かつてテロがあった場所)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No26 夢のかなうタイミング、そして東京へ

25歳までざっと振り返った俺の人生

ずいぶん正直に生きれるようになった

大阪からいよいよ東京にいくことになるが

その前に人生初めてのイスラエル旅行に行ったことを書きたい

すこし時間は前後するが

なんでも初めてのことは忘れにくいものである

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(イスラエルの新市街 市場のパン屋さん)

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2008年05月08日

五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No25 ノンフィクション最高

俺のおやじの生い立ちからあまりにも人生でおきるできごとがおもしろくて

テレビを見てもさほど感動しないのはいた仕方がないことだ

人の生き様というドラマは誰もまねできないからだろう

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(自由が丘で息子と2ショット 写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No24 事件はいつでも隣り合わせ

テレビや新聞で見聞きする事件て人ごとのようで実はいつでも隣り合わせ

明日は我が身ということも言われるが

まさかの展開

この事件でマスコミに対しての見方もまた変わることになった

マスコミを鵜呑みにすることはこの事件で辞めにすることにした

ようは事実関係を確認するまではやまった結論や評価や批評はするものではないことを・・


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(砧公園の桜と俺 写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No23 大阪生活最後のドラマ ノンフィクション

俺は申し訳ないけど映画やドラマが好きではない

作られたものに感動できないさめた性質があって

どうせ嘘なら笑いが良いと思っているから

昔からコメディーやお笑いばかりが好きだった

だって現実世界の方がずっと作り物より感動できるんだから

でも最近役者をやっている仲間たちと関わるようになって変わって来た

さぁ24歳から25歳にかけて間に起きたノンフィクションをお届けしましょう

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(2008年3月30日砧公園で花見 子連れオオカミ 写真提供たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No22 俺の有限 神の無限

俺は残念か幸せか3次元の中で24時間という制限の中で生きている

だからその限界の中で取捨選択するセンスを人は評価するのだ

今回の俺の選択は評価されるとは思えなかった

お金をあげるだけあげて

しまいには限界が訪れるのだから

でも俺の信じる神に不可能はなかった

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(新婚旅行はイスラエル 死海が見える場所から ダビデ王が逃げた場所)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府 No21 俺もただの人でしたヒーローにはなれず

俺はミスチルでギターを弾けるようになった

あのアコースティックギターのスチールの弦で歌うのが大好き

そしてミスチルも好きになった

名曲「Hero」

男なら誰だってヒーローにあこがれる

俺もその一人だった

俺はヒーローにはなれなかった

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(日本の誇るべき世界遺産 岐阜の白川郷 念願の訪問 滞在時間1時間前後)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑳ 諦めかけたその時、奇跡は起きる

奇跡って誰かの話を聞いているだけなら楽しい

もしかしたら自分にも起きるかもって頭の中で描いているだけで良いのだから

ところが

奇跡がお客さんの立場から当事者の立場になって行くとき

どうしてその過程の中ではまじかよって思う葛藤は常にある

人は結果を出した誰かの良いところだけ見て判断してしまう

人生どんなことにも楽ばかりではない

そんなこと分かっている

人生は傍観者から当事者になるその移り変わりがある

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(2007年5月 韓国のイベント会場のステージにあがることになった)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑲ やっぱ神にできないこともある?

人類はなんでも神のせいにして自分の心をなんとか守る悪い性質がある

もしも神がいるのなら・・・

なんでこんな状況が・・・・

自分にできないことがあるとそうやってものごとを終わらせてしまう傾向がある

本当にそうなのか?
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(韓国での一こま。仲間と一緒に撮ったアクションスター「ヤンドンクン」
 ヤンドンクンも3年前にクリスチャンになった。
 ※ヤンドンクンとは「風のフィター」の主演俳優)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑱ 長い9回の裏の俺の攻撃

俺はサッカーマンだったから90分の試合で

終わり5分になって6対0なら

ちょっと諦めモードになるかもしれない

野球の魅力的なところって100対0でも

コールドゲームがなければ一応

可能性としては時間に制限などない

だから好かれるのかな?

俺の9回裏はこんな展開

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(芝公園のオランダ大使館の横の人工サッカーグラウンド 教え子と共に)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑰ 試される俺の許容量

人はそれぞれ

できる範囲が違う

それを人に押し付けたら人はつぶれる

またその逆もあって

誰かのキャパの範囲と経験と前例だけで判断されてもまた困る

人それぞれ新たな領域とステップがあって

それを乗り越えられる範囲で見極める識別力が本当に大切

それを俺は見つける日々を送るようになっていた

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(港区芝公園にある聖公会の中  写真撮影提供 たけしげる)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑯ え?また来たの?

⑮の続き・・・

確か

お金を渡して1週間もしないころに

え?

またあのおじさんが俺を訪ねてやってきたのだ

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(雪の日の旗の台、品川。素足にサンダルであえて歩きたくなる。
 写真撮影提供 たけしげる)

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2008年05月07日

五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑮ 突如現れた新顔

公園のテントに住むおじさんたちとの仲が良くなっていくと

その話がだんだんと広がっていった

最初に理解を示さなかった人達も

だんだん応援してくれるようになった

すると俺の行動は思わぬ人達にも知られていて・・・

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(自由が丘で家族3人 写真撮影提供 たけしげる)

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2008年05月06日

五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑭ 事実は小説よりも奇なり

一人の人をとことん愛したことありますか?

自分のことのように自分以外の誰かを愛し抜いたことありますか?

かつて自己中心だった俺が神の愛で人生変えられ

いつしか人の人生も大切に扱えるようになった

一人の人をとことん愛していく時

そこには色んな試練がやってくる

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(救急車)


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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑬ 公園の主(ぬし)と友達に

隣人を自分を愛するように愛しなさい

聖書で誰もが知っていて

誰もが大事にしている箇所だ

実践しやすく、そしてすぐにマンネリ化しやすいものでもある

隣にいる人を大事するってできるようで難しい

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(スマトラ沖地震被災地での一こま)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑫ ブルーテント

祈りは思いがけぬ時に答えがきたりする

ホームレスのおじさんたちと友達になるきっかけを求めて半年

学校の1年に1度のイベントのために寮を掃除していると

いらない布団や毛布が出てくることになった

さっそくそれを持っていざ城北公園!!

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(城北公園の噴水)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府⑪ 10年ぶりの大阪に変化が・・・

4年間も時間を経て

まさか

またかつて生活した場所に戻ってくることになるなどは

少しも考えてはいなかった

まさか

同じ大阪であまりにも感動的な日々を過ごせるようになるとも想像していなかったが・・

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(大阪)

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五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑩ いざ決断の時

18歳から22歳までを送った和歌山県田辺市

今でも頭の中に景色が思い浮かぶ

一つ一つのシーンが蘇る

それくらい大事な場所であり時間となった和歌山

いよいよ次の道へ決断をしなければならない日が近づく・・・

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(オシム監督。監督は決断力が必要だ)

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2008年05月05日

五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑨ 自分の価値探しをもう一度

新潟ー大阪ー新潟ー和歌山と人生勉強をしてきた引っ越しの数々

人生はまるで旅のようだと例えられるが

転勤族でもないのに現在で8ヵ所目に移動して来た品川区

その度に色んなことを考えさせられる

特に和歌山で自分は改めて一体何が本当にしたいんだっけ?と

ゆっくり考えることができた4年間だったのだ

一言で言うと

「どうやったら人は輝いて生きれるか?」だった。

それが人というより俺が警備会社にいながら輝いた人生を送れるかだった。

その答えは・・・・

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(宇宙の輝き)

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2008年05月03日

五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑧ 苦手な人を克服する

和歌山での生活で忘れられないできごとが沢山ある

その一つは

列車見張り員という仕事をしていた時の現場にいた難しいおっさんとのこと

残念ながら名前は忘れてしまったでもあのおじさんの顔と存在は忘れていない

そして俺が一つ乗り越えた壁だった

聖書でイエスが教えた「敵を愛しなさい」

人生のテーマだ

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(イメージ画像)

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2008年04月03日

五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑦ 人に好かれる為の秘訣

さて

いままでざっと

生きてきた足跡をまとめてきたが

和歌山でのことはたくさんみんなに伝えたいことがある

その一つ一つをしばらく

細かく焦点をあてて紹介したい

まずは人に好かれるためには???

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(イメージ)

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五十嵐義隆ヒストリー 和歌山県⑥ 社会人になって

いざ鎌倉ならぬ

いざ和歌山

しかも田辺市

ご存知ですか??

五十嵐義隆のほとんど誰も知らない4年間が展開します
(もちろん和歌山の知人たちは知っています)

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(和歌山県田辺市のJR紀伊田辺駅)

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2008年04月02日

五十嵐義隆ヒストリー 新潟県加茂市⑤ 高校ミラクル編

奇跡ってあると思いますか?

奇跡ってなんですか?

俺は俺で奇跡を体験することになります

そして俺の人生はサッカー命から神様一番の人生へと変わっていくのです・・・・

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五十嵐義隆ヒストリー 新潟県加茂市④ 高校編

いよいよ

高校生

プロサッカー選手になる為に1からスタートだ!!

そんな矢先・・・・・

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(加茂高校の特徴的な天文観測できる場所)

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五十嵐義隆ヒストリー 新潟県加茂市③

新潟県三条市で12年

大阪市旭区で2年

人生15年目を今度は新潟県でも加茂市に移ることになった

おいおい!!!

まさか まさか まさかですよね・・・・

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(加茂市を上から)

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五十嵐義隆ヒストリー 大阪府大阪市旭区②

さて

人生で初めての引っ越し先が大阪

小学校の時、いつも転入生、転校生にあこがれがあった

その転校生にいよいよ俺がなれる日が来たのだ

いきなり大阪でのカルチャーショック・・・

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(写真は淀川)

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2008年04月01日

五十嵐義隆ヒストリー 新潟県三条市 ①

せっかく作ってもらった僕のミニストリーのホームページ

あまり変化もなくここまで

来てしまいましたが

今年の春から自分のスタンスを新たにする為に

今までの僕とキリストの関係を振り返りたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

ブログももっと頻繁に更新します。

まずは、なんでクリスチャンなったのかの話です。

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2007年10月16日

「Spiritual Warfare」リリース

ここに渾身の一枚が登場

僕と山本香織とYoshi Blessedと渋谷ハーベストのケビンが

日本の未来の為に全てをかけて作った歌がいよいよ登場です!!!

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2007年10月02日

やまごもりから もう少しで 解放

いやはや
ひさしぶりの疲労困憊でした
時間が短い短い
9月17日からばったばったで今に至りましたが
その理由は・・・・
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2007年09月24日

9月18日 会議会議会議

この日は

Yoshi Blessed との会議

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9月17日分 いよいよ レコーディング 

いよいよこの日がやってきました
待望のレコーディング

島根に向けて準備してきた音楽がいよいよ

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9月16日分 教会ってなんだ?うちらは家が教会?!

この日は家族で・・・

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2007年09月17日

9月15日分 Love Revolution in 立川

毎月恒例 ラブレボ立川 が 15日に行われた

うーん

毎回感動する

なぜならそこに愛があふれるからだ

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9月14日分 サッカーのコーチングで学ぶもの

僕は5月から港区のこどもサッカーのコーチに就任することになった

そしてもともと青春の全てを捧げたサッカーを今こうして

不思議な形で子供たちとサッカーできていることはぼくにとって良い刺激になっている

一度捨てたものをもう一度取り戻す時のタイミング非常に興味深い

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2007年09月14日

9月13日分 祈りは呼吸

毎週木曜日東京のアメリカンクラブでクリスチャンのアーティストやメディア関係者の為の祈り会をしている。
なぜ祈るのだろうか。
祈りってそんなに大事なのだろうか?
祈りとは・・・・

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2007年09月12日

9月12日分 日記や色々なことここで

ミクシーで毎日日記を書いている
なんでミクシーなんかを大切にしてきたか
それは自殺した僕の友達が招待してくれたからだ
ただそれだけ
他に理由はない
遺産として大事にしているこのミクシーそれが・・・・

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久方のブログ復活

僕が持っていたドメインの更新がうまく行かずに、ドメインが変更されて回復期間ページは眠っていましたが復活しましたのでお知らせします。
今後ともよろしくお願いします。

2007年04月27日

ラブレボリューション 誕生のいきさつ

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2006年の元旦に年越しカウントダウンで始まったイベントが
2006年1月から「Love Revolution」という名前でスタートした
そして、あっというまに二年目に入り
2007年はいよいよ全国展開を始めさせてもらっている

新潟、福島と神の祝福のうちに終えた愛の革命のムーブメントが
神様のガイドの中で全国に愛の波紋を広げていただきたいと思っている

このラブレボリューションはどういう経緯で行われるようになったのか
ぜひ知っていただきたい

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2007年04月25日

Gospel Radio Station 誕生秘話 

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ただ今、ゴスペルレディオステーションの収録のために
長野県は佐久市と小諸市にやって来ています
5月分の収録をするために4月24日、25日と二日間に渡って滞在しています

さて、今年で4年目を迎えたこの番組が
始まるいきさつはこうだったのです・・・・・
www.church.ne.jp/grs

(写真は からし種と一円玉)

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2007年04月17日

初メッセージ

この場所では

心から日本のリバイバル

トランスフォーメーションを願って

メッセージや証を展開していきます

私に与えられたメッセージがいくらかでも

お一人にでもお役に立てたらと願っています

それでは

メッセージの為にもお祈りください